最終話「未来のはじめ」
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その光景を目にしたのは、丁度夕暮れが名残惜しげに世界を覗いている時分であった。長い夢の後に、ネオの様子をルウが心配しやって来たのだ。シカゴとキュゥ郎もその場にいた。だが、ルウは思わぬ事態に目を見開いた。
オレンジ色に染まるネオの目には何も映っておらず、どこか遠くをぼんやり眺めて立ち尽くし、足元にはトルネとロッドが冷たく倒れていた。ネオの手に握られた銃を見て、その結末に手を下した人間が誰なのかは容易だった。
「ネオ……」
微かに名を呼ぶ。緩く一歩一歩を踏み出し、最終的にふつふつと湧き上がる感情のままネオの肩を思い切り掴み揺さぶった。
「おいネオ!どういう事だ……!説明しろ」
しかし、ネオは黙り込んだままゆっくりとルウの方へ顔を向けるだけだ。その死んだような瞳に、ルウはぞくりと背が震え、手が止まった。まるでロボットのように感情が感じられなかった。
「これはトルネじゃない。ロボットだった……。やっと平和が訪れた。俺達が望んでた未来が始まる」
その言葉を聞いて、地面に転がるトルネの顔をよく見詰めた。反ロボット連盟で何体ものロボットを倒してきたルウには直ぐに見分けがついた。ネオの言う事に間違いはなかった。
影のように身を揺らしネオはシカゴとキュゥ郎が居る方を目指して歩き始めた。ルウははっとして、引き留めようと背中に向かって叫んだ。
「よせ!」
「マスター、ワタクシは――」
キュゥ郎の声が終わらぬうちに、光はキュゥ郎の胸を貫いていた。静音と共にキュゥ郎は何もないただの金属の塊になってその場へ崩れた。シカゴはポケットに両手を入れ、その様子をただ傍観している。ルウは唇を開いたまま声が出せずに微かに震えていた。そうして雲を染める程に濃いオレンジの行方を目指して、ネオは一歩を踏み出す。
「待て、これからどうするつもりなんだ」
ルウは追いかけようと、少し前のめりになって問いかけた。どうするかを聞く時には、いつもネオは既に背中を向けている。そうして振り返る頃には、今じゃなく未来を両眼に描いている。
「この国を二度とロボットに侵略されないように、俺が総帥として未来をつくる」
「無謀だな」
口癖のように返す。
「……未来は変えられる」
その言葉にも聞き馴染みがある。だが今は、遥か遠くの方で聞こえてくるかのように、頼りない。
「今が死んでいても、未来を変える事は出来るのか?」
「ああ」
「何故言いきれる」
そう問われ、ネオは顔を前に向けて、僅かに俯きながら呟いた。
「俺は元々死んでいた」
ルウはネオを引き留めようとはしなかった。ネオの足取りは、自ら生きる道を探して真っ直ぐに突き進んでいくようだ。シカゴはその一部始終を眺め、またどこかへ歩き始める。そしてルウも、途方もないような未来に向けて一歩を踏み出し、三人は夕暮れに消える。
街が息を殺して夜を迎える準備をしている。崩壊しているビルの谷間を美しい機械鳥が優雅に飛んでいた。少年はまた、はじまりに向かって歩き始めた。地上では風と足音だけが響き渡る。その足音は、希望によく似た音色である。