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R-001  作者: 白宮 安海
第一章 自由を求む暴発
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第7話 「R-001」

 

 脳内を駆け回るノイズが酷くなり、ロッドは床に何度と冷たい床に頭を思い切り打ち付けた。額に血が滲もうが構わずに何度も。

「これは、夢だ。起きろ。起きろ」

 ──オマエハオレノモノダ

「俺の頭の中に、入ってくるなァ!!」

 己の脳内に巣食う化け物へ、発狂をした。

 震える足で何とか立ち上がり、恐る恐る寝台へと近づく。台の上へ指を滑らせて弱々しく笑った。

「はは…、そうか。またいつもの夢か」

 不愉快な感情を無理矢理消すように、己に言い聞かせる。体中の血液が沸騰する勢いで脈打っていた。台の上に卵型の映像記録データがあった。それを手で拾いあげると、表面にはこう記載されてあった。ロッドはその文字を読んで、心臓がどきりと跳ねる。


 〝実験番号001 Rod(ロッド)


  急速に思考を巡らせるも理解不可能な疑問がとめどなく押し寄せるばかりで混乱した。鼓動が脈を速める中、ロッドはそれを再生した。卵が四方向に割れ蓮の花のような形に変わると、中の球体から光が帯びて記録された実験映像を空中に映し出した。

  そこには、若かりしテドウとヤマダの姿があった。

  ヤマダは眼鏡をくいと持ち上げて言った。

『えー、電気信号による知能および感情の伝達方法、筋肉の動作、苦痛・快感や刺激に対する反応、学習頭脳、自由意志、運動神経、記憶の経路、脳への指令――のテストはどれも迅速に吸収しております。このR-001はとても人間に近いロボットとなるでしょう。テドウ様の息子として、育ち過ごしてきた偽造の記憶も後にインプットすれば、最早ホンモノの人間です!ああ、どうしましょう。興奮してきました。僕はとうとう人間を作り出してしまいましたっ』

『まだ完成はしていない。それにこの子はお前の作品ではない。本物の人間として育てる。分かったか』

  『ええ、分かっております。費用を工面して頂いたテドウ様には逆らいません。定期的なメンテナンスをする際にも、少し記憶を弄れば問題ありません。しかし、テドウ様。このR-001をご覧下さいませ。この美しい顔を』

『R-001ではない。今日からこの子は私の息子。ロッドだ。ロッドにはアレの影響を受けさせぬようにしてくれ。私が全て管理する。私の支配から逃れられぬようにしろ』

『かしこまりました』

「ふざけるな!!」

  ロッドは映像を見て抑えきれない興奮に、映像データを掴んで思い切り投げつけた。映像は途切れ、現実が浮かび上がると、目に入ったコードを引きちぎり台を蹴って、叫び狂った。一頻り暴れ回り、誰にも届かぬ咆哮を一つ発したと思えば今度は放心状態になって膝から崩れ落ちた。

  最早、景色を明確には捉えない。時間がただ曖昧に過ぎていく。麻痺してきた脳内がこの現状を受け入れるか拒否をするか葛藤をしている。あるいはまだ夢ではないかと、小さな希望に縋ろうとしていた。


  呆然と、ここではないどこかを眺めながら、過去を思い出していた。銀の髪をした小さな子どもは無邪気に笑い、父の肩の上に乗って幸せそうに笑っていた。そして母もそれを見て幸せそうに笑った。父も楽しげに笑っている。

  お前の瞳は母とよく似ている。父はそれが口癖だった。その瞳が誇らしく、母が亡くなり厳しくなった父にもどこかで尊敬の気持ちがあった。それも全て作り物なのか。この感情も緻密に誰かの手で作られたものなのか。

──神経回路。感情の伝達。R-001、R-001。

思考を止めて何もない場所へと逃げ出したくなった。手のひらに刻まれる皮膚の皺の細部をくまなく眺めて呟く。

「俺は一体誰なんだ?」


  手袋を外し右腕に爪を立ててみる。皮膚に先端が食い込むと柔らかな肉の切れ間から血液が滲み出た。痛みは感じる。それでもロッドは止めず、力を加えながら奥へ奥まで抉ろうとする。爪では限界を感じると、先程投げつけた記録機の壊れた破片を拾い、ぐさりと皮膚へ突き刺した。

  生物らしい生暖かい音がして、痺れるような強い痛みがかけずり上がる。歯を食いしばって痛みに耐えながら己の肉を抉り続ける。

 これが現実でないという確証を欲した。血がこぼれ落ちる肉の中を指でまさぐる。

  気持ちの悪い見た目に吐き気がし、汗が床まで滴り落ちた。やがて掻き分けた肉から血管のような無数の細い線が見えた。ロッドはその物体の正体に気づくと、屈みこみ床の上に嘔吐した。電気回路だ。己の体に、あってはならないものが確かに存在している。それから右腕を掴んで今まで出したこともない力を入れて、肘から下をもぎ取った。ブチブチと音を建てながら外れた。断面からぶら下がる機械物質に電気の火花が散る。右腕を持ちながら呟いた。


「俺は、人間じゃない。ロボットなんだ」

 口にした後、おかしな事に涙がこぼれ落ち、こぼれ落ちた後で今度は笑いがこみ上げた。自分が壊れてしまったようだ。

今まで己が破壊してきたロボット達が脳裏に蘇ってきた。人間であった以前は、憎しみすら正義だと思いこんでいた。だが今は何一つ正解が見当たらない。


  記録データの球体をズボンのポケットにねじこむ。それからその場を立ち去った。生きる目的も目指すものもない。ただ二つの文字が浮かんできた。「破壊」という文字が。ロッドは部屋を出て、もう二度とこの場所へ戻る事はなかった。

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