第20話 「世界で一番美しい音 4」
キュゥ郎の内部に潜り込んだセンサーがある領域を感知すると、アクセスの再操作が可能となる箇所を発見した。
「やっぱり。原因は外的傷害じゃないな。誰かがロックをかけていた。これに手を加えれば元の機能を取り戻せるはずだ」
インネットグラスへ内部の映像が送られ、それを頼りにシカゴは緻密に内部への緻密な作業を始めた。
改造チップに不正アクセスを試みる。結果的にそれは成功した。しかしキュゥ郎の身体は途端にガタガタと振動をし始め、勝手に音声を発し始めた。
「ワタクシ、の名前……は、S0N9……平和兵器……デス」
それを見たルウは慌ててシカゴの方を見た。
「おい大丈夫なのか?失敗か……?」
キュゥ郎の異変を見てルウはそう言った。しかし、シカゴは冷静に機器をキュゥ郎の身体から引き抜きながら、
「成功だ」
とだけ告げた。
キュゥ郎の目は高速で光を点滅させていた。
そして頭部が機械音を立てて、四方向に割れたと思えば、中から何かの装置が現れる。身体の部分もそれに伴い変形していく。肩の部分は花弁型の音響機器に変わり、アームは翼の形となり、身体や足の部分はステージとライトに変形し、カラフルな光が溢れ出る。と思うと、光の粒子はホログラムを形成する。目の前に居るのはあの旧型ロボットではなく、淡い海月色の髪を長く漂わせる、白い肌の女性が、薄い布地のドレスを身にまとって悠々と立っていた。女神がそこに居る。と、ルウとシカゴは思った。
「これは……、ヒューマンソングロイドか」
と、ルウは目を丸くして、その光景を見詰めている。風を感知して、まるで本物のように全てが生きて動いている。
「これが平和兵器さ。さあ、キュゥ郎。いや、S0N9。歌えるかい?」
「ハイ、ただし然るべきところで。ワタクシは子守歌を唄います。世界は再び眠りにつき、深い夢のあとに目が覚めた時、人々は幸福に包まれ、平和が訪れるでしょう」
「然るべきところというのはどこだ?」
と、ルウは問いかけた。
「思い出の欠片が集う場所にて、澄んだ空に音が交われば、何びとも夢が溢れ出でる事でしょう」
「思い出の欠片が集う場所」
ルウは一つの場所しか思い浮かばなかった。
「澄んだ空、思い出の欠片。忘幻郷……。あそこは確かジンクスがあったはずだ。あそこで願えば仲違いも再び引き寄せ合う事が出来ると」
「迷っている暇はない。早くそこに行こう」
と、シカゴは言った。ルウは黙って頷くと忘幻郷の居場所へと急ぐように機械鳥に頼んだ。
機械鳥は優雅に崩壊しかけている世界の空を泳いだ。この間に流れる時間はどれだけの自由を二人に痛感させただろう。やがて風をきって忘幻郷に辿り着くと、キュゥ郎はどこか遠くを眺めていた。
二人は忘幻郷の草の上を踏みしめながら、その様子を見守る。キュゥ郎は、瞳を青く光らせ唇を開くと両手を大きく広げた。地球を抱きしめているかのように。それから世界一美しく優しい歌を歌いだした。何もかも飲み込む程の音楽は世界に響き渡った。だがその音波は優しく人々を包むだけで、誰一人苦しみを漏らすことはない。
崩壊していく都会の下敷きとなっている人々、暴動を起こしている人々、皆がその声に耳をすました。
そしてこの音楽は、ネオが空に投げ出された時に丁度聴こえたのだった。その歌声はロッドの耳にも届いた。
「この曲は……」
ロッドにはこの歌にどこか聞き覚えがあった。記憶の奥の方に、この歌が刻み込まれていた。
「母さん」
その歌声は、記憶の中でしか会ったことのない母の声だった。ロッドの言葉はネオの耳にも届いた。
「え?」
しかし問うことなど叶わず、響き渡る音の中で堕ちてゆく時間はまるでスローモーションのようだった。その歌声は司令塔や他の建物を次々と崩壊させていった。そして、リアンやロボット達は機能を停止させ、人々は深く眠りにつく。
落下中、ネオの隣を横切ったロッドも機能を停止させ、眠りについたようだった。ネオもまた、その子守唄に瞼が段々と落ちていく時、誰かが自分の名を呼んだ。
――ネオ。
頭上には天使がいた。
それは、初めて見る夢の前のことだった。
そしてネオは、深い眠りにつき、夢の中へおちた。




