第9話「崩壊するあなた3」
機械のパーツが何重にも重なり混ざりあったアームをロッドの元へ伸ばす。ロッドは、ただその場から動かずに瞼を閉じた。
しかし、アームの先端はロッドの鼻先で止まった。ゆっくりと目を開いて、目の前の母の姿を見つめた。
リアンの行動を察すると、テドウは、信じられないとばかりに声を上げた。
「何故だ!リアン。私の声だけに反応するはずだろう。早くロッドを壊すんだ」
ところがリアンは一向に反応を示さない。テドウは、側に駆け寄って顔を上げた。
「リアン。この子はこの先、生きていても幸福になどなれない!それでも壊さないのか。壊せないというのか!」
リアンの顔はかたかたと微弱に振動をさせながら、テドウの方へと向いた。
「テ……テドウ。ワタシヲ、見テ」
アームが、テドウの視界を長く閉ざしていた
レーザーグラスを壊した。破壊されたグラスに瞼を動かすと、ゆっくりと目を開いた。光が強烈に瞳を刺した後、輪郭がはっきりとしていく世界で、テドウは目の前の妻の、既に妻でなくなった姿を見た。
機械で周りを覆われたその顔は未だに美しさを損なわずに、瞳は少女の頃のままだった。テドウは思い出した。あどけなく自分に微笑みかけてくる少女の事を。そしてその瞳に激しく恋焦がれていた事を。
「テドウ。アナタ、ハ、間違イマシ…タ」
音声がたどたどしく、リアンの唇から発せられた。テドウは目を見開いた。
「リアン……、リアンなのか!?生きているのか?」
「ワタシ……ハ、モウ……死ンデ……イマス」
「何を言っているんだ。まだ生きているじゃないか。リアン、家族で幸せに暮らそう。何も無い場所で、私と幸せに」
「ソレハ……出来マセン」
「何故だ!!」
テドウは、喉が張り裂けそうな程叫んだ。
「テドウ……ワタシハ壊レル。ロッド……ヲ……ワタシノ息子ヲ……守ッテ」
リアンの瞳から黒い涙が伝った。そしてリアンは発狂をしはじめた。空気、いや大地全体が振動をし始める。甲高い不快音に国中の人間が耳を塞いだ。
「くっ!リアン!!」
テドウはリアンに手を伸ばそうとするも、体ごと風に押し返された。必至に床に這いつくばって身を守ろうとした。視線の先にはロッドの姿がある。黒い塊と化したリアンは、ロッドに鋭いアームの先端を向けた。
「ロッド!!」
その光景に、テドウは思い切り名前を叫んだ。避けなかったのはロッドの方だった。胸から背中をかけて、細い線が貫いている。テドウは額を床につけて、嘆いた。
「何て事だ……。私は間違っていたのか?私はただ……幸福な未来を築こうと」
絶望に打ちひしがれていると、テドウの心の中に聞き覚えのある声が語りかけてきた。
――未来は何度でも、その手で作る事が出来る。
太陽のように温かく、大きい背中を、見上げながらあの時の少年は思っていた。
「未来を変えてみせる」
吹き荒れる風に抵抗してテドウは立ち上がる。自分が創り上げた未来のすべてが、そこにあった。退廃し、崩壊しかけている未来が。思わず鼻で笑った。
「これが私の望む世界か?愛する妻を化け物にし、息子をロボットに変えて。本当にこれが私の望んだ未来だったのか」
そして、重々しく一歩、また一歩と前へ進んだ。不意に顔を目掛けて飛んできた、機械の欠片を避けながらも、テドウは妻と息子の前へ辿り着いた。
「ロッド」
テドウはロッドの肩に手を置いて、顔を見据えた。ロッドはゆっくりと顔だけを動かし、テドウを見た。
「愛している」
そう告げた後、テドウはリアンに向かって両腕を広げた。
「リアン、狙うのなら私を狙え」
リアンの瞳はテドウへ向いた。そしてアームがロッドの身体から引き抜かれると、一瞬のうちにテドウの心臓を突いた。
その光景に、ロッドは声を発した。
「トウ……サン」
しかし、不思議なことにテドウは痛みを感じなかった。血が伝う唇を微かに開いて、言った。
「あり……がとう。リアン」
アームが引き抜かれ、その場に倒れ込んだ。朦朧とした意識の中、テドウは懐の中から、かつてリアンに貰ったオルゴールを取り出し、開いた。月と太陽が戯れるように踊るのを見て、笑顔が溢れ出す。いつしかそれは、子供の頃とリアンとテドウの姿に変わっていた。無邪気に笑いあって。天使の歌を歌って。