第8話「崩壊するあなた2」
光線は当たらずに、ロッドは他の軍用機へと飛び移りながら、司令塔の方へ向かって行った。
限界に達した飛行車は瞬く間に落ちていった。
「またかっ!」
完全にコントロール不能となった飛行車に、何も打つ手はなかった。だが、ネオは最後まで諦めずに祈った。
「頼むよ……!このまま終わらせたくないんだ!」
ルウは静かに瞼を閉じていた。キュゥ郎は慌てて、ネオと同じく祈りを放った。
「ああ、誰か助けて下さい!」
都会の輪郭がはっきりとしかけた時、その祈りが通じたのか、飛行車は再び空を舞った。ネオとルウは、この風の心地よさを以前も味わった事があった。飛行車を乗せて飛んでいるのは、機械鳥だった。鳥は自由を謳歌するかの如く建物の間を緩やかに飛んでいく。
「機械鳥……!あの時の」
ネオは驚きを隠せなかった。
「何て美しいのでしょう!」
思わずキュゥ郎は感嘆の言葉を投げた。
「何故機械が人間を助けるのか」
と、ルウが疑問を呟く。その疑問に答えたのはキュゥ郎だった。
「私達ロボットは、本来は人間の味方デス」
「なぁ、司令塔に向かって貰えるか?」
ネオは機械鳥の頭部に話しかけた。機械鳥は、巨大な鉄の羽を上下させて迂回した。そうして都会を呑み込むかのように、前進した。
*
「ようやく貴女を目覚めさせる事が出来る。リアン」
桃色のスターチスに囲まれる最愛の女性へ、テドウは愛しげに見詰めながらその頬へと手の甲を滑らせる。外は最早戦争が始まっている。自由権利を訴える革命運動の輩も暴動をし始めた。全てを終わらせる時が来た。
頑丈な窓が勢いよく割れ、テドウは咄嗟に顔を向ける。
「――む!」
その衝動的な侵入者は声も発さずに、一歩、二歩と近づいてきた。その足音で、テドウは侵入者の正体に気づいた。
「ロッド!」
名を呼ぶと、足音は止まる。ロッドは父の傍の眠っている母の姿を見下ろした。
「母さん」
「そうだ。お前の母親だ。もうすぐ目覚める。お前も帰ってきてくれて嬉しい。ロッド。また私が記憶をリセットしてやる。そうすれば人間として生きられるぞ」
ロッドは目を見開いたまま、テドウを見据えていた。テドウは両腕を広げると自分の息子を迎えた。
「さあロッド。おいで。お前は私のものだ」
昔は純粋に父であった、テドウの元へと歩いていく。数歩歩いた先、その腕の中にロッドは抱かれた。腕は大きく、確かな力をもっていた。
「愛している。ロッド」
テドウは5ミリ程度の小さな針を、顔部の装置から取り出すと、ロッドの後頭部のリセットボタンが内蔵されている箇所を指で触れた。
「愛しているのなら、俺を壊してくれ」
何の感情もなく、ロッドは言った。
「壊す必要はない。お前は未来にとって必要な存在だ」
「なら……」
ロッドは赤い目をテドウの顔へ向けた。そして、その首筋へと手を這わせると力を込めた。
「俺がお前を壊してやる」
無機質な掌が首筋に伝うと、テドウは眉を寄せて締まる喉から声を発した。
「ぐっ、ロッド…っ、お前は私を殺すつもりか」
テドウはいつの間にか、ロッドの手を掴んでいた。そして、まだ生に縋ろうとしている自分の愚かさに笑みを浮かべた。滑らかな掌は異常に冷たく、確かな力で息の根を止めようと目論んでいる。その手からは感情の抑制は感じられない。
「そうか。分かった……ならば私といこう」
瞼の裏に光が飛び散ろうとした時、テドウは右目の瞼を開くと、数回瞬きをした。目の奥の起動装置は信号を宙に乗せて届けた。その信号を受け取ったのは、リアンだった。
途端に、部屋全体が強く振動し、壁や天井が少しずつ崩れ始めた。足元がぐらつき、ロッドの手はテドウの首筋から離れた。こんな状況にも関わらず、テドウは高らかに笑っていた。
「これで全てが完璧だ。未来は変わる。永遠に美しい未来に変わる」
ベッドに横たわるリアンの双眼は大きく開いた。暴風がリアンの身体から吹き荒れる。膨大なエネルギーを噴出するかのように。地響きが鳴り、ロッドは腕で風を防ぎながら、母の姿を見て言った。
「母さん」
やがて崩壊した壁の外から、小型ロボットが吸い込まれたと思うと、リアンの体へ引き寄せられた。ロッドは母に近づこうとするも、風に阻まれ、近付くことは出来ずに、腕を伸ばした。
「ロッド、リアンは生き返る。そして、我々人類の希望となる!」
テドウは笑いながら叫んだ。天井が二つに割れて自動的に開くと、青い空が広がっていた。幾数もの機械達が、こちらへ向かってくるのが見えた。ロッドの視界の中では、この国のほとんどのロボットがこちらへ向かってくると、探知した。
空を飛行する人々は、吸い寄せられるロボットと衝突し、下へと落ちていった。母の姿は異型の塊と化し、見る見るうちに巨大化していた。
「母さんを怪物に変えたのか」
ロッドは、記憶の中の母が変わりゆくその光景を見上げて言った。
「いや、違う。永遠を与えたのだ」
まるで地上全体が震え、神が怒りを露わにしているようだった。
リアンの体がどんどん禍々しく、機械に覆われて膨らんでいくのを、下から見上げる人達も恐怖に戦慄した。まるで悪魔のような存在を指さして口々にこう言う。
「何だあれは!」
「ロボット……いや、怪物だ!皆あいつに殺されるぞ」
「私のお世話ロボットちゃんもアレに吸い込まれたのよ」
吹き荒ぶ風は、ロッドとテドウの髪を乱暴に掻き乱す。
「全ての不幸を終わらせる。まずは、ロッド。お前を楽にしてやる」
と、テドウはロッドに顔を向けて言った。
「リアン。このロボットを壊すんだ」
黒い塊はその声に反応を示せば、両目を赤く光らせ、ギギと錆び付いた音を鳴らして、ロッドへと体を向けた。