第20話 「彼方の君へ」
時計すらないような檻の中に閉じ込められているようだった。何も打つ手がなく、絶望感に打ちひしがれていると、扉は、ネオの意思を尊重するかのように開いた。
「え?」
不思議に思って上を向くと、扉の前でルウとキュゥ郎が立っていた。
「迎えに来た」
そう言って、ルウはそれ以上なんの説明もせずに部屋の中へと入る。
「よく見舞いに来られたな。絶対安静の患者は、面会も駄目なのかと思ったぜ」
ネオは密かに安堵しながら立ち上がると、部屋の奥に移動するルウの背を追った。長い髪がいつものように揺れている。
「勿論面会は不可能だったが、上の連中に申請を頼んでおいた」
「本当に助かった。サンキュウ。危うく監禁される所だった」
深く感謝の意を述べると、自身の周りをぐるりと一周するキュゥ郎に気づいて見下ろした。
「ネオさん、腕が治りマシタね」
「一応な。まあ、リハビリが必要なんだろうが」
「良かったデス。腕がなくならなくて」
「無くなってもおかしくねェ程の傷を負わせられたからな……」
二度とあんな目には合いたくないと、本能は拒否反応を起こしている。思い出すだけで体は震えてしまう。それを必死に隠すように、ネオは無理矢理に笑みを浮かべた。
「ネオ、リックの遺言は見たか?」
相変わらず背中を向けているルウが聞いてきた。
「いや、文字が画面に流れ込んできたのは覚えてるが、気が動転してたからな。きちんと読んではいねェ」
「そうか」
ルウはようやくこちらへ顔を向かせると、ピアスをネオに向かって投げた。放物線を描きながら宙を舞うピアスを、ネオは両手でキャッチした。
「お前のインネットピアスだ」
「悪いな」
早速ピアスを耳に装着し、インネットグラスを起動させる。画面が視界に浮上すると、ネオはリックの遺言を探した。
「これだ」
送信されたデータの中に、リックの最期の言葉が記されていた。
[僕は死んだのか。最期に見た景色はどんなだったろう。
これまで生きてきて、嫌な事も多かったけど、自分の使命が出来た時、チームの仲間達と出会えて、嬉しかった。
いつ死んでも後悔のないように、今まで分析してきたデータと、それから長らく僕らを苦しめてきたロボットの自由意志について僕の見解を送る。
僕の知識が皆の知識になるのなら幸いだ。
死んだら夢を見られるのかな。
おやすみ。
リック]
ネオは、膨大な量が凝縮されているファイルを開いた。図面と共に説明文が添えられている。これを全て読んで理解するには時間がかかるだろう。
「ルウ、しばらく一人にしてくれ……」
インネットグラスを起動して、今の時刻がようやく分かった。あれからまだ三日しか経っていない。それならば、データに目を通す時間もあるだろう。
ルウは、ネオの申し出に頷くと、部屋を出ていった。キュゥ郎も軽くお辞儀をしてから、後に続いた。
一人になったネオは、データの初めから目を通し始めた。
「トルネ、リック……。俺は、絶対に未来を変えてみせる」
流れてくる文字の羅列に視線を流しながら、呟いた。ネオのいない所で、暗くなり始めた空がジャポニのビルの群れに、影を落とそうとしていた。