第18話「非情な正義4」
ネオは何も言い返すことが出来なかった。床に転がるリックを見て、ただ、悔しげに眉を寄せて歯を食いしばると、目を逸らした。ルウは、ネオの襟元から手を離し、しっかりと目を見据えて言った。
「お前はここで死んだらダメだ。ロッドを捕らえられるのはお前しかいない。そしてロボットからこの国を救うんだ」
ネオは一瞬間を置くと、心に直接響く言葉に小さく頷いた。
「歩けそうにないな。鎮痛剤は飲んだか?」
「ああ、リックから貰った。だがさっきのエネルギー放出で体に力が入らねェ。なんてザマだ」
ルウが立ち上がったと思うと、ネオの体は宙に浮いて、気がつくと肩に体重を預けていた。
「なら俺はお前の足の代わりだ。お前は注意深く見ていろ。敵の行動、居場所をな。お前の視界を共有する」
「悪いな……ルウ。こんな時に役たたずで」
拳を握りたくても握れずに、ネオは唇をきつく結んだ。
「しおらしいな。お前らしくもない。俺に任せておけ。つまらない心配をする前に目を動かせ」
「了解。裏の経路の出口は一番近くてここから500メートル先の場所にある。左から二番目の通路を真っ直ぐ行ってくれ」
「了解」
 
自身の体をルウに預け、疾走感に全てを委ねると、小さくなっていくリックをロボット達が囲んでいるのを見た。ネオは感情を押し殺して瞼を閉じた。その様子は、ルウの視界にも映っていたが、ただ黙って前へ進んだ。
一番近い出口へと続く通路を走り抜けていく。まっさらな壁に行き止まると、ルウは力を込めて金属をも溶かす刀を振りかざし外へ続く道を築いた。
自然の光が導くまま、二人は脱出した。
「ようやく帰れる」
ネオは安堵した。が、銃を構える音に、一気に安堵感は奪われた。
「お前達に平和を奪う権利はあるのか」
荒い息の混じった声色は、パリョだった。
「お前達にはあるのか、人間の命を奪う権利が」
ルウは言い返す。ネオは死んでいった人々の顔を思い出しながら、眉を寄せた。トルネ、リック、そして母親。
「うるさい!私達はロボットの味方だ。人間は醜い。人間の方が残酷だ。生きてても無意味な愚かな人間は死ぬべきだ」
パリョの後ろで、シカゴはフードの中で俯いた。
ネオは静かに言った。
「ルウ、降ろしてくれ」
「しかし、危険だ。奴は銃を持っている」
それでもネオが頷くのを見て、ルウはその場に降ろした。地に両足を着けると、パリョの前へと歩いていった。
「止まれ、止まらないと撃つぞ」
銃を構える様子を見ても、足を止めることはなく進んだ。
「心配すんな。俺はテメェに何も出来ねェ」
目の前まで歩いてネオは立ち止まった。そしてゆっくり顔を上げて言った。
「ロボットを破壊する俺達は悪かもしれねェ。でもな、お前らのしてる事は悪でも正義でもねェ。自己満足だ」
「何だと」
「お前らなんてロボット以下だ。殴る価値もねェ」
そう言いのけ、ネオは背中を向けた。途中がくりと意識を失いかけた。限界に達する足を引きずると、無防備な背中をパリョは狙っていた。
「私達は正義だ。人間の身勝手でロボットを破壊してはならない」
ネオは振り返らなかった。ルウは、瞬時に銃を構えた。
だが一向に、光線は発射されなかった。代わりに聞こえてきたのは、くぐもるパリョの声だった。生ぬるい風が横切り、ネオはすぐに振り返る。
パリョは首を絞めあげられ苦痛に顔を歪ませたまま、地に足もつけず身動きが取れずにいた。筋肉を感じられない無機質な腕を辿ると、ロッドが居た。
「ネオは俺が殺す」
ネオは思わず、その場に膝をついた。何も出来ず、ガタガタと体が震えていた。先に、後ろにいたシカゴが、光線銃をロッドに向かって撃った。だが、最悪な事に、シカゴの放った光線が貫く前に、ロッドはパリョを盾にした。
シカゴはその光景に、光線銃を手のひらから落とし、ロッドによってぐったりとなったパリョの身体は地面に放り投げられた。
ロッドはネオを見据えた。ぞくりと、一度経験したあの恐怖がまた蘇り、身震いをする。
 
 
 
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