第5話「電気信号.1」
ぽつりぽつり。小さな雨粒の集合体が、地上から落ちては地面へと吸収されてゆく。都会の光はいつもより色褪せている。月も姿を隠していた。
ロッドの身体は重い。雨が降ると調子が鈍って仕方がない。昔からそうだった。憂鬱な足取りで司令塔に向かう。水溜りを繰り返し踏みつけると、何だか気分が晴れた気がした。司令塔の玄関エリアに足を踏み入れる。
己を見張るように見下ろす塔はどこまでも高く、飲み込まれそうだ。逃れられない支配の目で監視されているような気分がし、思わず目を背けた。
門前に辿り着くと、センサーが自動的に発動しレーザーで全身チェックをされる。異常なしと判断されて塔内への扉が開く。
ワープフロアに乗り「最上階」と告げ、一気に統帥室へ移動する。指紋チェックを済ませ、統帥室へ入る。父は窓の前で雨の景色を眺めていた。
「じきにこの景色はお前のものとなる」
ロッドは興味なさそうに視線を外した。
「雨は残念だ。世界に活気がない。ロボットも人間も、鼠のように穴蔵へ潜り込んでしまう。気が滅入る」
「父上」
「黙れ。任務すらまともにこなせない息子の話など聞くに耐えん。どこで何をしていた。余程大事な用だったのだろう。この私の命令よりも」
テドウは振り向きロッドの方へ歩いていくと正面に立った。威圧感に息を殺される気がした。
「答えろ!」
ロッドはびくりと肩を揺らし、おずおずと目を合わせた。
「…あの丘にいました」
「なるほど。任務を放棄してまで、余程の用事があったのだろうな」
父の言葉に黙りこんだ。
「任務の事はすみません。しかし父上、話があります」
しかしテドウは息子の言葉を遮って。
「どうせ色恋に溺れていたりでもしたのだろう。全くどうしようもない息子だ。恥を知れ。お前は次期統帥になるのだ。この国の。分かっているのか!」
「父上、少しは私の話を聞いて下さい!」
「黙れ!」
張り詰めた怒りの声が響き渡った。それからテドウは額に手を宛がい溜息を吐いた。ロッドが手をきつく握り、沈黙を破った。
「俺は、貴方の言いなりになんてならない」
「父親に向かって何て口を聞くんだ!」
テドウは顔を真っ赤にして声を上げた。
「お前は私なしでは生きられないぞロッド。これ程今まで欲しいもの全てを与えてきたつもりだというのに、一体何が不満だと言うのだ」
「父上は俺の本当に欲しいものなんて知らない!」
バチン。皮膚に針を刺すような痛みが張った。掌で抑えると、ロッドは父を睨みつけた。
「欲しいものか!言ってみろ。何が欲しい」
「自由だ!!」
「素直に言ったらどうだ。あの緑頭の女に恋をしているとな」
何でも見通したような口振りに、ロッドは声がひっくり反りそうだった。
「監視していたのか?機械虫は壊したはずだ」
「お前は私の目から離れられんのだよ。例え海を渡ろうと。世界のどこへ逃げたとしても。宇宙の果ても」
開いた口が塞がらず、目の前の男を見上げていた。最早男は自分にとって父と思えなかった。この男は神だ。ロッドは震えが止まらなかった。
「俺は貴方の所有物じゃない。絶対に貴方の元から自由になってやる」
「お前は今まで一人で生きてきた事がないのだ。哀れな息子よ。自由にはどれ程の代償があるか。それともあの女と同じ、汚れた自由主義と同類になりたいのか。お前の母親もきっと絶望をするだろう。何故こんな息子を産んだのだろうと、後悔をするに違いない」
「母さんは死んだ!!父上こそ自由になればいいじゃないか!」
テドウは静かに声を詰まらせた。それから両手を後ろに組み、体を他所に向けた。
「聞け。リアンは生きているのだ。今は眠っているが、この私が必ず目覚めさせる」
ロッドは父の言葉に複雑な感情を抱かざるを得なかった。その感情を表に出さず、眉根を寄せて、
「失礼します」
と頭を下げると、その場を去って部屋から出ていった。扉を閉める間際、「ロッド!」と叫ぶテドウの声が聞こえたが、足を止める気はなかった。下階に移動し、外へ出てみると雨は、より怒り狂うかの如く激しく降り注ぎ地上を濡らし尽くしている。向こうの空で雷鳴が轟いた。雨に濡れながら天を仰いだ。
「あああああ!!」
雲の上の誰かに己の叫びを届けた。頭の中に夢の中の声が聞こえたのはそれからだった。