題9話「機械だけのユートピア 1」
オエストロス号はネオ達を乗せて、核エネルギーを燃やして機体は、青く澄んだ空へと浮かんだ。
操縦席に座るネオは、座席に搭載されている額までのヘルメットを被り、自動運転をオフに変えて、ホログラムに映る空の道路を走り始めた。
「こんなに間近で雲を見たのははじめてデス」
一体だけが旅行気分で、透けた頭上の機体を眺めている。
「ところで、マスターは運転免許をお持ちなのでしょうか」
「俺の事をマスターって呼ぶな。俺はネオだ。運転くらい出来なきゃ反ロボット連盟にも入れねェよ」
操縦機を握り、空を滑るように走らせながらネオは言った。
「反ロボット連盟とは、ロボットを壊す人々の事デスか?」
「そうだ。俺達は訓練されてそこに所属してる」
「何故そんな恐ろしい事を、人間はするのデスか?」
キュゥ郎の質問に、ネオは操縦機を強く握った。
「恐ろしいか。人間みたいな事を言うんだな」
ネオはそれだけ答えた。代わって、ルウが律儀に対応を始めた。
「自由意志を持ったロボットは危険だ。人間に敵意をもって反乱をする。だから俺達は人間を守る為に戦わなくてはならない。例え、それが元々仲間だったとしても」
その答えを聞いて、ネオとリックは黙り込んだ。無論、頭の中にはロッドの事が浮かんでいた。
「そうデスか。ワタシもいつか壊されてしまうのでしょうか。その時、この空の青さも一緒に消えてしまうのでしょうか」
何の感情もあるはずがないロボットの言葉は、どこか物憂い気に思えた。ネオは空の向こう側を見詰めた。
「人間だって同じだ」
しるされた標識を曲がりカーブを描いた時、機体によって雲の形が崩れ散った。
「皆が仲良くなればいいのデスが」
「そんな平和、口にした所で理想に過ぎねェ」
と、ネオはばっさりと切った。
「そう言えば、ロボットは夢を見るのかい?」
リックがキュウ郎に尋ねているのを耳にして、ネオは呆れた顔を浮かべる。
「おいおい、勘弁してくれリック。またその話か」
「夢……デスか?」
ネオは二人の会話に耳を閉ざそうと、運転に集中し始めた。
「人間は昔、眠る時に夢を見ていた。それはまるで現実みたいで、感情や、感触も感じられる。僕は生まれた時から夢を見た事がない。君は、ある?」
「夢……、ワタシが暗闇をさ迷っていた時、そのようなモノを見た記憶があります。しかし、目覚めた時ソレは現実には無かった。もしかして、ソレは夢だったのでしょうか」
「それ……!多分、夢だよ。内容はどんなだった?」
ネオは聞いていない振りをしながらも、繰り広げられる会話に耳を澄ましていた。
「ワタシが見た夢、ソレはとても長く短い」
キュゥ郎は語り始めた。
「見知らぬ少年が、ワタシをとてもとても強く抱き締めました。しかし、次の瞬間、少年は涙を流してワタシを見つめているのデス。不思議な事に、ワタシはその少年の顔を思い出せません」
「へぇ、夢っていうのは断片的なんだ」
初めて聞いた夢の話に、リックは感心して頷く。ネオとルウも、機械が話す夢の内容に、不思議な感覚を覚えた。
「ふっ、映画みたいだな。夢というのは」
と、ルウ。
「だけど、ロボットが記憶を保存できないなんて」
リックは何か引っかかるのか、指に顎を乗せて考える仕草をした。
「人間は、何故夢を見たいのデスか?現実でモノを見ているだけではダメなのデスか?」
キュゥ郎のその質問には、ネオが答えた。
「俺達人間は、機械と違って、痛みと感情というものがあって、それを自分でセーブする事は難しい。夢の中なら、きっとそんな痛みを忘れさせてくれる。夢の中なら……」
景色を跨いで、機体を逸らす。気がつくと空に浮かんでいる飛行車はこれだけになっていた。
「また過去にも戻れる」
ネオはそう言いながら、スピードを上げて真っ直ぐ風を切った。車内が急に揺れ動いた為、ルウとリックは体勢を崩さぬようバーを掴んだ。
「一気に飛ばすぜ!」
操縦機を前に倒すと、機体はガクンと勢いよく傾いた。
「ネオ。急ぐのは構わないが、あまり飛ばし過ぎると空中警備ロボに追われるぞ」
「ハッ、捕まらなきゃいいんだろ?行くぜ!」
想像も出来ないスピードで雲が後方に流れていった。ネオは道路を無視して空を走り抜けた。どこからか警報音が響いたのが聞こえ、ルウは頭を抱えた。
「ほら見ろ。追ってくるぞ。やったからには、最後まで捕まるな」
「分かってるっての!!」
赤い光を放ちながら、球体型のロボットは機体を捉えて追いかけてきた。一機、また一機と数を増やし、まるで影の集合体のように、青い空を黒く染めた。
「おい、前から来るぞ」
ルウが警告をする。球体型ロボが三体、ネオの視界を遮った。
「くっ……!これだから嫌いなんだ。ロボットは!」
顔を歪めて声を上げると、ネオはそのまま前進し、ロボットへと突っ込んで行った。「危険デス、ネオさん!停止しましょう」と、キュゥ郎が声をかけた。流石のリック達も、動揺して「キュゥ郎の言う通り、一旦止まろう」と促した。
破損した球体ロボは、頭部の中央が左右に開き射口を構え、姿を変形させた。それを見たルウは口走る。
「まずい。攻撃用にモデルチェンジした。……この飛行車じゃ持たんぞ」
明らかに不利な状況に、ネオは舌打ちをした。そして、自身の腰から銃を抜き取った。
「何をする気だ?窓は制御されて開かないぞ」
ネオの動きを不審に思ったルウは言った。
「光線銃なら割れるだろ」
操縦機を片手で操作しながら、窓に腕を伸ばす。
「馬鹿か!」
ルウが引き留めようとするのも束の間、光は天蓋を目掛けて貫いた。硝子に穴が開くどころか、割れて車内に降り注いだ。
緩やかに見えた景色は途端に殺意をもって、風の刃を振りかざした。車体から放り飛ばされないように、踏ん張った。
そんなネオ達に、モデルチェンジした球体ロボは、容赦なく放線を撃つ。操縦機を横に倒して攻撃を交わすと、ネオは一体の球体ロボを狙い撃ちした。ロボットは空の下へと落ちていった。
ルウとリックも、続いて援護する。光線銃でロボットを撃ち落としていくが、一向に数は減らない。向こうの反撃が、機体に見事に当たると、翼部分が破損し、ぐらついた。何とか態勢を整えようとネオは操縦機を強く倒すも、前方のパネルにERRORと表示された。
「っ!嘘だろ、おい!反応しろ、ポンコツ」
いよいよ、機体は力尽きたように頼りなく重力へ身を任せ始める。
あっという間に、空の警備隊の姿は小さくなっていった。
「う、うわぁああああ!」
広大な空の中、ネオ達の叫び声だけが響く。
ネオは懸命に操縦機やパネル操作をやってみるも、状況は変わることがなかった。腹をくくって、瞼をぎゅっと瞑る。
――もうここで終わりか。
そう思った時、空気の流れが微風のように優しく髪をかすめた。瞼を開くと、一面の青い大空を飛んでいる。
「どういう事だ?」
「あっ、下をご覧下さい!コレは機械鳥デス!」
ネオは、キュゥ郎の指さす方角を覗いた。破損したオエストロ号の下に、それよりも遥かに巨体の機械鳥が優雅に空を飛んでいる。
鋼色の美しく精巧な翼は、キラキラと太陽の恩恵を受けてより一層美しく輝いていた。
「まさか……俺達を助けてくれたんじゃ。いや、そんな馬鹿な事ある訳ねェか」
ネオは暫し、その翼に見とれていたが、自分では気づいていない様子だった。
「もしかしたら、機械鳥にも自由意志があるかもしれないね。僕らには分からないけど、でも僕らを助けてくれた。ありがとう」
リックは機械鳥に向かって感謝を投げかけた。ネオは何とも言えずに、口を開いたまま、機械鳥の頭部に目をやった。すると、機械鳥の赤い目と、目が合った。
「このロボットはどうやら人間の味方のようデス。もしもし鳥さん、このまま、離島に向かって貰えませんか?」
キュゥ郎の言葉に反応したのか、機械鳥は大きく翼を上下させ、高く空を飛んだ。
大きく揺れ動いて、ネオはしっかりとアームレストを掴んだ。
瞳の中に映る、荘厳な景色は、今まで見たどの景色よりも間近に見えた。まるで自分が自然の一部に溶け込んだようだ。
風を受けて、ネオはその景色を心の奥にしまいこんだ。心なしか唇は緩く曲線を描いていた。