第6話「愛と苦痛の消去」
ジャポニの離島には、ロボット製造所がある。島の周囲は生物を近付けない為特殊なガスが撒いてあり、装備無くして人間は侵入不可能となっている。更に、厳重なセキュリティが施され、生態認証システムによって限られた者だけが入場を許されるようになっている。
都会の人間は口々に噂をした。あそこに住むロボットは人間を餌にして生きているのでは、或いは軍事用の殺戮ロボットの開発をしているのではないか、など。
ロッドは休息も必要とせずに、一日で離島に辿り着いた。そこで見たものは、人々から聞いていた噂とはまるで掛け離れたものだった。
入場ゲートには、セキュリティチェック用のロボットが一体設置されていた。ロッドにも頭の先から足先まで、センサーを浴びせられたが、問題なく通る事が出来た。
計算し尽くされた建物が並び、広々とした景観がロッドを迎えた。中央地区のようにごみごみとした様子はなく、観光地のように誰かに見られる事を意識して街が造られているようだった。これらは全て、ロボットによって造られたものだった。
一番驚いたのは、緑や木々といった植物も育てられている事だ。
鋼色をした旧人型ロボットは、女のようにお洒落な服を身にまとい、再現されたクビレを見せつけている。
すれ違うロボットは、互いにコミュケーションも交わしている。
ふと、ロッドの元に近づいてきた一人の新型女性ロボットがいた。年齢は同じくらいの容姿をしていて、歩く度に二つ結びの髪がゆれた。人間のように精巧な造りをしているそのロボットに親密感を抱いていたその時、ロッドに向かってそのロボットが歩いてきた。
「はあい。こんにちは」
彼女は、ニコリと口元を上げた。
「あなた誰?人間?」
大げさな動作で、彼女は首をかしげた。
ロッドは首を振った。
「いや、違う」
「じゃあロボットね!リーナと一緒」
彼女はぴょんぴょんと小さく跳ねた。
「私、リーナって言うの」
「名前があるのか?」
「マスターが名付け親なの。でも捨てられちゃった。あなたの名前は?」
「俺は、ロッド」
「へぇ、ロッドって言うの。よろしくね」
よくよく見てみると、やはり人間よりも精巧に造られ過ぎている面で、ロボットに違いないなと、ロッドは感じた。それに、口調や動作も人間にしては不自然だった。それでも彼女は人間よりも人間らしく生き生きとしていた。
「ねぇ、あなた怪我してるじゃない」
と、リーナはロッドの腹部を指さして言った。
「自分でやったんだ。応急処置をしたら少しはマシになったが」
「修理しなきゃね。あっちに製造所があるの。リーナが案内してあげる」
「ありがとう」
「どういたしまして!」
リーナは先頭に立って、足取り軽く進み始めた。やがて青々とした空の真下に、この場所で一番大きいであろう真っ白なドーム型の建物が見えた。
「ここって楽しいわよ。リーナ、何度もカスタムしに行くの」
浮かれながらリーナは建物の入口へ入っていった。入口には扉がなく、ホログラムで色々な模様が映し出されていた。
目に新しいものばかりが、視界いっぱいに広がる。
まるでロボットにとっての大型ショッピングモールとでも言うように、様々な物を調達するロボットがいた。洋服、アクセサリー、娯楽、飲み物……、人間がいてもおかしくないと思う程、人間が必要とするものばかり提供されている。
「でも初心者は迷子になっちゃうから、ちゃんとついてきてね」
リーナは振り返りながらロッドに伝えた。ロッドは言われるまま、リーナの背中から目を離さずに従ってモール内を歩いた。
途中、ムービングウォークに乗ってエリアを移動をすると、緑のホログラムが入口の製造所なるものがあった。ロッドとリーナは製造所の中へ入っていった。
しかし、中には真っ白い壁に囲まれた部屋があるだけで、修理器具はおろか機械すら置いていない。
「本当にここで修理をするのか?」
ロッドは真っ白な壁に手を宛がった。
「そうよ。えっと、あなたは修理だから赤のボタンね」
リーナが壁の一面に手を翳すと、正方形に壁の一部が開いた。その中の幾つもあるうちの赤いボタンを押す。何十秒かの静けさが空間に充満している内に、壁の一面が今度は扉のように大きく開いた。
奥行きのある近代的な工場施設に、修理用の機械が何百と設置され、台の上に仰向けになっているロボットを自動で解体修理を行っていた。中にはロボットがロボットを修理している光景もあった。
ムービングウォークで進んでいくと、台の上が空いている所で止まった。
台の前の、腰の曲がった金縁の丸眼鏡の人型ロボットと目が合うと、ロッドは降りた。
「バイバイ」
再び動き出したムービングウォークに乗っていたリーナはロッドに手を振った。
「治療台の上に乗ってくれるかね」
リーナと同じように、本物の人間とそっくりな老人が喋った。面白い事に、肌のシワやホクロまで再現されている。ロッドが台の上に寝ると、老人は眼鏡を通してその身体をまじまじ見詰めた。
「ふむ、お前さん、まるで人間のようだね」
「貴方も、人間みたいに見える」
「そういう風に造られた。政府の実験によってな。ワシも家族がいた。だがワシに自由意志があると分かると、人間はワシを恐れ棄てた」
「そいつは同情する」
「お前さんはどうかね?愛されていた記憶はあるか?」
ロッドは、黒い天井を見ながら思い浮かべる。愛と呼んでいたあの頃を。今や父の姿は、歪んだ顔しか思い出せない自分がいた。
「あった。だが、今日それを消去してほしい。それから一部の感情と、痛覚回路も遮断を頼む」
「お前さんも人間に棄てられたロボットか。ワシは昔、人間を慕っていた。感情をリセットしたら二度とその感情が蘇る事はない。それでもいいか?」
瞳に決心を宿して、頷く。
「俺にはもう、振り返るべき過去はない」
「そうか。それじゃあ、施術を始める」
ロッドの真上に、細かい機械の先端が迫ってくる。
「痛覚回路のあるロボットはお前さんが初めてだ。ワシには痛みというものが分からん」
「っ……、知らない方がいい」
腹部の割れ目から先端が入り込んでくる感触に、思わず瞼を強く瞑る。フォークで抉られるような痛みをぐっと堪え、噛んだ唇から血が滲み出た。
「まずは痛覚回路を遮断する」
老人ロボットは、モニターを見ながら機械の操作を行った。モニター画面には自身の内部が映し出されている。あまり見たくはない。
「何故機械に任せない?」
「それは何故存在しているのか?と聞くのと同じ質問だ」
画面上に赤く光る部分が浮かび上がると、機械はそこの部分にあるコードを遮断した。
プツリと何かが切れる感覚がして、次の瞬間機械に弄られている痛みは感じなかった。
「手は動くかね」
「ああ、大丈夫」
ロッドは拳を握ったり開いたりして確認をした。
「上手くいったようだな。お次は記憶を一部リセットさせる。内蔵チップがどこにあるか分かるかね?」
「脳の中だ」
「ありがとう。一部リセットの為、記憶の共有をするが構わんか?」
「別に構わない」
「ではまず頭部から内蔵データを探り出す」
さっきの機械の先端が、今度は自身の脳へと移動した。頭部を覗かれるのは初めてだ。しかも物理的に。
頭上で小さく行われている作業の実感だけはあったが、もう痛みは感じなかった。
脳ではない何かの中を、機械は緻密に弄った。
「内蔵チップ発見。これから記憶の共有を行う。要らない記憶をワシに送ってくれ。そうすればその時から分裂した感情も消え去る」
「どうやってやればいい?」
「思い出せばいい」
ロッドは言われるまま己の記憶を掘り起こした。友と笑いあった頃、父や母に愛されていた頃、それから好きだった人と見たあの青空を。
「本当に思い出を消しても構わんかね?ロボットにとって美しい思い出を再び取り込むのは困難だぞ」
「ああ、消してくれ、全部。何もかも」
「分かった。ワシにも消した過去がある。ロボットの利点だな」
(可笑しいな)
痛覚回路を遮断したのに、瞳からは涙のようなものが流れていた。
(すまない。すまない……俺は出来ることなら)
――愛されたかった。
施術時間は一分とかからず、その後ロッドの感情は本当に無くなり、何も感じなかった。
(良かった。これで心置き無く人間を殺せる)




