第2話 「拠り所のありか 1」
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「夢もなけりゃ、希望もありゃしない」
バーのカウンターで、ミルクコークを飲みながらネオは湿気た顔をして呟く。
ここは、A地区の酒場が立ち並ぶ通りにある、ロボット立ち入り禁止が売りの中型のbarだ。
ネオ達はよく、作戦会議にこのbarを訪れる。
目が痛くなるような緑やピンクの明かりが交互に揺れ、ダンスホールでは最新のテクノミュージックに男女が乱れるように踊っていた。
「そんな事を言っても、今は立ち止まるわけにはいかない」
ルウは壁に寄りかかって立ったまま低アルコールのカクテルを一杯やり、カウンターに座るネオを見下ろし冷静に言った。
「これから、どうする?」
リックはネオの隣で、ソルトサイダーを片手に飲みながら、二人に尋ねた。だが、ネオは何も答えず黙り込んだまま口に飲み物を放った。
「トルネ、一体どこに行ったんだろう」
不意に、リックがぽつりと呟く。その言葉に反応したネオは顔を上げると、コップをテーブルに勢いよく押し付けた。
「トルネを探すのが先決だ」
「ネオ、トルネを探すよりも先にロッドを探すべきだ。分かっているだろう」
ルウは内心、トルネがまだ生きているとは考えられずにいた。リーダーに現実を見据えて貰いたいと思う一心で口を挟んだが、ネオは聞きたくないと言わんばかりにガタッと席を立ち上がり、二人の方へ体を向け、拳を握った。
「俺は諦めねェ。リック、お前ならトルネを探し出す事が出来るだろ?」
「無理ではないけど、時間がかかる。先に、ロッドを見つけ出した方がいいよ」
「人間よりもロボットを優先するってのか?」
ネオはほくそ笑んで、僅かに残っていたミルクコークを全部飲み干し、席を立った。
「どこ行くんだよ、ネオ」
どこか知らぬ場所にでも行ったしまいそうな背中に、リックは声をかけた。
「探しに行く」
出口の扉へ向かおうとするネオの前に、ルウが立ちはだかった。
「一人で出歩くのは危険だ。特に今はな。一度冷静になったらどうだ?」
ネオは一旦歩を止めた。ルウがその顔を覗き込むと、苦しそうに眉を寄せていた。
「これ以上待っていられねェ。何もしないで過ぎていく時間を、どう受け止めりゃいい?……不安に押しつぶされそうだ」
トルネの事を思い、締め付けられる胸の痛みに、顔を一層歪めた。
ルウとリックは顔を見合わせた。二人も、ネオの気持ちに感化させられずにはいられなかった。
「へー、ここ結構いい感じの店じゃん」
店の扉が開いて、二十代前半くらいの若い派手な女が三人、向かい側からやって来た。三人とも奇抜で流行的な、露出度の高い服を身にまとっていた。
眉と唇に三連ピアスを付けた切れ長の女は、目の周りに黒いタトゥーをしていた。他の女も目の周りをカラフルなタトゥーで染めていた。
その女を先頭に、三人はネオ達の前へ笑顔を浮かべながら歩いてきた。
「ねぇ、君たち楽しんでる?」
ネオとルウを囲んで、女の一人が質問をした。
「私達退屈なのよね。一緒に楽しい事しましょうよ」
もう一人の女もカウンターのリックに近寄ると、メットの中を覗き込んだ。
ネオ達は誰一人反応を示さなかった。
「ちょっと、スルー?」
女は未だにヘラヘラと笑いながら、まとわりついた。
ネオは首を横に振って、女の傍を通り抜けた。
「悪い。遊びたいのは山々だけど、俺達やる事があるんだよ。他に行ってくれ」
「皆不健康そうで魅力ないんだもーん。君達、若い割に健康そうじゃない。もしかしてロボットだったり?」
「ロボットだったら、むしろお断りなんてしねェよ。それにこの店、ロボットは立ち入り禁止だぜ」
「ネオ」
袖を引っ張られて後ろを向くと、リックが意味あり気に自分を見ていた。
「何だよ、リック。遊びたいのか?」
リックはそうじゃないと首を振ると、手招きしてネオの耳へ小さく話しかけた。
「本当か?」
ネオは驚いた顔をして、女達を眺めた。
「ああ、間違いないよ」
と、リックは答える。
「ねぇ、どうするの?遊ぶの?遊ばないの?」
急かすように体を揺らす女の肩を、ネオは抱きながら言った。
「分かった。そんなに言うんなら、遊ぼうぜ」
「やった!何して遊ぶ?」
「こんなのはどうだ?」
ネオは女のこめかみに銃を突きつけた。
「ネオ!何してるんだ」
突然の挙動に、ルウは慌てながら叫んだ。
「遊んでやってるんだよ」
「気でも触れたのか!?」
ルウの声に構うことなく、ネオは光線を女のこめかみに浴びせた。女は呻き声をあげ、その場に倒れ込んだ。
「おい!大丈夫か?」
ルウは女に近づき、上体を抱きかかえた。だが、ある異変に気がついた。光線を浴びせられたこめかみから、血が一滴も出ていない事に。
代わりに、女のこめかみからは、ビリビリと電流の火花が散っていた。
「こいつは、ロボット」
続けてネオは他の二人に向けて銃を構えた。二人の女は友達が倒れたというのに、何の反応もせず、不気味な笑みを浮かべたまま「ねぇ、私達とも遊びましょうよ」と、繰り返していた。
ダンスホールで踊っていた男女は、倒れたロボットを見て悲鳴を上げて騒ぎ出した。
「ネオ、ここは一旦引こう」
リックがそう促すも、ネオは銃を降ろさない。
「駄目だ。こいつらは自由意志を持ってる。ここで倒しとかねーと後で危険になる」
そう言って、ネオは片方の女に標準を定めた。一発かましてやろうとしたその時、ネオのか前髪を一筋の光が掠った。カウンターのボトルが盛大に割れた。
ネオは、左を向いて光の発生源を確認した。
そこに立っていたのは、総帥室の前でネオに殺すと言い放った女だった。
「な、にしやがんだ」
ルウは咄嗟に武器を構えて、黒いボディスーツの女を睨みつけた。
「ネオ、銃を捨てろ。さもないとお前を撃つ」
「何言ってんだ!ロボットを処理しなきゃならねェのに」
「降ろすつもりは無いんだな?」
「当たり前だろ!」
「それなら仕方ない」
「ネオ!危ない!逃げろ」
リックの忠告に、ネオはたじろぐばかりで直ぐに動けなかった。ボディスーツの女は容赦なくネオに向かって撃ってきた。ルウは瞬時にネオの体を押し、床に倒す。
しかし今度は、顔半分が機械面の男が、ルウに向かって発砲した。ルウは寸でで鞭刀を構えた。光線は反射して跳ね返った。機械面の男は、床を転がりそれを避けた。
店内にいる人々は皆騒ぎ立て、急いで逃げ出した。
そんな事もお構い無しに、ボディスーツの女は床に伏せているネオに光線を撃つ。ネオは身を翻すと、ボディスーツの女を目掛けて撃ち返した。
「くっ!」
女が怯んだのを見ると、ネオは走って距離を縮め、その身柄を後ろから押さえつけた。
「このっ」
羽交い締めにされた女はもがくが、ネオは簡単に逃がす気などなかった。
「おい!何が目的なんだ?」
「ふん、目的を教えてやるよ。これが答えだ」
女はネオの顔に唾を吐きかけた。そして、その隙に男の弱点を狙って蹴り上げた。
ネオは声にならない叫びを上げて、腰を落とした。痛みに悶えながらも女めがけて銃を構えようとした。
「ストップ!」
騒動を切り裂いたのは、今まで闘いに参加しなかったリックだった。
「そいつらの狙いは僕達を殺す事じゃない」
「はぁ!?何言ってんだリック。こいつらは、明らかに俺達を殺しにきてるじゃねーか!」
ネオは、リックの言葉に耳を貸そうとしなかった。
「そうじゃなかったとしても、こいつはぜってーに殺す!」
既に怒りが湧き上がって手が付けられない状態となっていた。
「僕達を殺すつもりなら、最初の一発を外さなかったはずだ。でも、あえて外した。何か理由があるんだ」
女はゆっくりと銃を降ろした。それを見た機械面の男も同じように銃を降ろす。フードの男は依然、ポケットに手を入れたまま突っ立っていた。
女は口を開いた。
「ソイツは話が分かっているな。そうだ。私達は理由がなくお前達を殺そうとしたんじゃない」
ネオは納得いかないといった風に口を尖らせた。
「今までちゃんと教育を受けてきたか?随分物騒な挨拶だな。お前が女じゃなかったら、殴ってるよ」
ブツブツとネオは愚痴った。女は謝ることなく、堂々とした態度を貫いていた。癇に障る女だ、とネオは思った。
「私は反ロボット連盟の特殊チームのリーダー、パリョだ。後ろのでかい方の男はオーニュリンズ。ちっこい方の男はシカゴ」
「ハッ!わざわざ自己紹介ありがとよ。半殺しにあう前にそれを聞きたかったぜ」




