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R-001  作者: 白宮 安海
第二章 迸る粒子達よ、それぞれの道へ進め
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第1話 「宙吊りの世界」

かつてない不思議な光景だった。日常的景色と何ら変わりのないはずが、全てが丸っきり違って見えた。


ロッドは、素早く道を通り抜けていった。車道を走る車など目もくれず。誰も捉えられないくらいの俊敏さで。

中央地区から、真っ直ぐのA地区へ行く途中、機械の破裂音が聞こえてきた。思わず足を止めて、その音を目で辿ると、そこにはビーム光線を受けたロボットが道端に倒れていた。発砲源は、若い男だった。男は倒れたロボットを見下ろして言った。

「俺達人間に歯向かうと、こうなるんだ」

ロッドは、その男とネオが一瞬重なって見えた。反ロボット連盟、即ち、それに所属している人間は何らかの事情でロボットに対し、憎悪を持っている連中だ。

熱で一部分が焼け溶けたロボットは、煙を噴き出しながら内部をさらけ出していた。

初めて見た訳でもないその光景に、反射的に胸の動悸が激しくなった。ロッドは、自分に言い聞かせる。

(冷静になれ。冷静になるんだ。さもなくば、次にあの光線を向けられるのは自分なんだ。絶対に、自分がロボットだと悟られてはいけない)

目を見開きながら、残酷な様子を前に立ち尽くしていた。

その時、銃を持った男が、具合の悪そうな少年に近づき心配そうに肩を叩きながら声をかけた。

「おい、大丈夫か?」

男は怪訝な顔をして瞬時に手を引っ込めた。ロッドの身体が返り血に染まっていたからだ。

「怪我をしてるじゃないか。見せてみろ」

と、強引にロッドの腕を掴んだ。怪我の場所を探るつもりだったが、男が見たものは、穴の空いた肌の下の機械構造であった。

男の目が見る見るうちに、不審を持ち出したのを、ロッドは気付いた。

そして、銃を持った右腕を静かに上げようとした。その瞬間的動作を見逃さずに、ロッドは男の額を人差し指で突っついた。結果的に、男の額には穴が開き、コルクが外れたワインのように赤い液体が噴き出して、倒れた。


「アイツ、人間じゃないぞ!」「ロボットよ!」 ロッドの行為を目の当たりにしていた周りの人間は騒ぎ立て、男の仲間――反ロボット連盟の連中――が、ロッドを次々に狙い出し始める。

「俺が仕留める」

そう言いながら、死んだ男と変わらぬくらいの若い男がロッドを狙い、銃を構えた。そして、容赦なく光線を放った。ロッドは、避けるまでもなく、傍にあった車を縦にして防いだ。車体は跳ね上がって爆発した。

それと同時に、ロッドは素早くその場から逃げ去るように走った。


「あれは総帥の息子だぞ。何をやっている!」

と、一人の貫禄ある老けた男が、大声で叫んだ。

しかし、耳の中の通信機を抑えて頷く所作をすると、ロッドに狙いを定めた。

最早、周りは敵だらけであった。この多勢を相手にするのには、自分一人では分が悪いとロッドは感じた。



(もう自分の正体は連中にバレてしまった。誰にも見つからぬ場所へ身を隠さければならない)


ロッドは一時的に、目的地をA地区から地下の禁止区域に急遽変える事にした。

(俺はもう、人間じゃない。完全なロボットだ)

街に警報が鳴り響く。人々は逃げ出した。ロッドは、力を込めて車の底を持ち上げ、銃で狙ってくる奴らに向けて思い切り投げた。

「うわぁ!」

と、敵のひるむ声が聞こえた。

ロッドはその間に、姿を消した。



走って走って走って、地下の禁止区域へ間逃れた。息を漏らして腰を下ろす。やっと得られた静けさにグズグズしている暇はない。

普通なら、自分の居場所を示す装置を探し出す事は安易ではない。ロッドの場合、それらが解説されている資料を読んだ為に、すぐ実行する事が出来た。

何かで知った記憶の中に、医者が自分の体に自分で外科手術を施すというシーンがあった。それに似ている。人間に出来るなら、ロボットの自分になら楽勝だと、言い聞かせた。

とは言え、痛覚回路の遮断は今の段階では難しかった。そればかりは他人に任せなくてはならない。

その辺に落ちている鋭利な破片を拾い、深く息を吸いこんだ。内部構造を思い出しながら、腹部に先端を押し付け、抉った。

「ぐぅぅっ!!」

信じられない程の痛みに悶えながら、ロッドは自分の体内を素手でまさぐった。鉄砲玉くらいの大きさの装置の発見に成功した時、手も体も赤い血液のような何かで染まっていた。それに失禁もした。

二三度気を失いかけたが、舌を噛んで免れた。いっそ死んだ方が楽かもしれない。


この国に留まっていれば、必ず狙われる。人間に危害を加えたロボットに居場所などどこにも無い。頭の中で響くざわついた音は消えていた。いつの間にか雨が止んだせいだろう。ネオ達もいずれ自分を探し出すに違いない。

当分灯りの下を歩くことはできない。この姿なら尚更。しかも都会は夜でも昼のように明るい。変装をする必要がある。

それとも、自分の姿自体を変えてもらおうか。ロボットになった今、自身の外見などどうなろうが構わない。


泥鼠が何食わぬ顔で横切った。壁には虫が這っている。地球も生き物であるとするならば、湿った地面を踏みつけている己は一体何なのか?

空っぽの、造られただけの存在。

人間とは、過去の経験や記憶によって自分というものがつくられていく。だが過去すらも、プログラムによって偽造されているものだとしたら?

いや、多分そうなのだろう。何せ、自分はプログラムに従って選択、行動をしているに過ぎないのだから。

そんな空っぽの人生を、生きている意味があるのだろうか。

まるで、蟻の巣をつくっているようなものだ。数学的動作で行動を選択し、実行する。

「馬鹿げている」

父は自分を利用しようとしていただけなのだ。


「何者も許せない」


壁に寄りかかり、呆然としながら(くう)を眺める。

人間が憎い――。この憎悪すらも自身のプログラムにより蓄積していったものなのだろうか。

結局、ロボットなどは人間にとって便利用品に過ぎない。古くなれば捨て、壊れれば捨てる。特にこの発達しすぎた都会では。

ロッド自身、その小さな戦争に加担していたのも事実だった。

(人間がそれ程賢く偉いのか?いや、違う。奴らは愚かな事を繰り返すだけで、学ばない)

ロッドは剥げた壁から覗くワイヤーを利用して、自身の裂けた腹部をかろうじて閉ざした。

「この傷も治さなくてはならない」

向かうべき場所は、離れ島のロボット製造所だ。そこは、限られた人間しか侵入を許されない、完全な機械だけの街だ。

ロッドは腹部を抑えながら立ち上がると、片手で壁に手を付きながら、ふらふらと歩き出した。途中、自分を攻撃をしてくる人間がいようものなら、どんな手段も厭わないと心に誓った。



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