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R-001  作者: 白宮 安海
第二章 迸る粒子達よ、それぞれの道へ進め
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第18話 「種 2」

 

  残り僅か12メートル。赤い点滅と同時に心臓も点々と鼓音するようだ。もうすぐそこに、奴がいる。

 緊張で喉が乾き、唾液を飲み下した。手の中の指標を確認してみると、赤い点は一定の場所に留まったまま動かない。一歩一歩距離を縮めていく。日が沈みかけ、夜の気配を察して地面の影たちがどこか他所へと向かおうとしている頃合い。標的との距離はゼロメートルとなった。


 だが、見渡す限りどこにもそれらしきモノはいない。すぐ隣では、男女のカップルが存在を気に留める事なく唇を重ねて戯れている。その頭上の木の葉が小刻みに揺れた拍子に、テドウは「伏せろ!」と叫んだ。二人共目を丸くして顔を向けた。が、その途端、男の顔面に透き通った線が一つ光を成したと思えば、そのまま憐れにも頭から胴体が左右共々泣き別れとなった。女は悲鳴を上げた。

  木の葉の影から人が降りてきた。否、ソレは人の形によく似た人でないモノだと、テドウは瞬時に理解した。女は恋人の血飛沫を浴びて泣き喚いた。悪魔は淡々かつ冷酷なる所業を、何事にも思い煩わぬ、ただ静かに血の通っていない不気味な蝋人形のような顔で、テドウの方を、冷えた瞳で見つめるのだった。

「久々だな」

  様子を窺いながら、テドウは慎重に口を開いた。後方で女は、誰か助けて!と叫んでいる。

「もう助からない。君も早く逃げるんだ」

 と、後方の女に告げると、女は靴を片方置き去りにして狂ったように駆けだしていった。

「シヴァ」

 テドウは目前の人間によく似たソレを、懐かしい呼び名で呼んだ。ソレは全身黒の洋服を着ていた。首元、手首、膝下まで覆い尽くす丈のワンピースである。ソレは人形のような血の気のない白い顔をして、黒い髪は丁度頬骨の辺りで切り揃えてあり、狐のような長い切れ長の目をしている。その形相から、ソレが今の今まで人間社会に紛れて生活をしてきたという事が伺える。

「出会った頃より随分と人間らしくなったな。一瞬お前だと分からなかったぞ」

 眼前の殺戮兵器に動悸は散々と激しくなり、肌から米粒大の汗が滲んでは滴り落ちて、下肢は震えて止まない。だがそんな恐怖を小気味よく笑って誤魔化した。

 自分から何もかも奪った悪魔が今目の前に立っている。何秒が何時間かのように思え、また何秒も生死を行ったり来たりしているかのようだった。

「気に入ったか?貴方に会える日まで、私はフォームチェンジとアップデートを積み重ねてきた。今ではこの通り、人間と暮らしても正体がバレない程となった。今日、貴方は私に会いに来るだろうと予測をしていた」

「お前は、私の大切な人の命を奪った。処分しなくてはならない」

「処分…。はははははは!!」女――の形を模したモノが機械的に笑い声を発した。その様子にゾクリと心臓が蠢く。

「ここで私が貴方に殺された振りをしたら、貴方は牢獄の中だが、どうするつもりだ?」

「どこへ閉じ込められようが構わない。これは俺の責任であり、贖罪だ」

「罪。だが貴方は生きる価値がある。私の計算では貴方は生きてこの国を統べる者となる必要がある。貴方は私の創造者であり、この国の創造主となる。そう、シヴァ神のように」

「どういう事だ。何を言っている」

「貴方の頭の中は幼少期の頃から恐怖に支配されている。体は緊張し、体温と心拍数の上昇及び発汗が現れている。それに瞼が痙攣している。貴方は幼少の頃から瞼に緊張が現れる傾向がある。そして今、腰のポーチの中から私を殺す為の武器を取り出し、その手で捕らえようとしている。しかしそれは、どう考慮しても得策ではない手段だ。貴方はこんな所で愚かを働き、未来を無碍にするつもりなのか」

  全て見透かされていた。羅列する言葉が体を縛り付けていくようだ。だがテドウは奥歯を噛み締めて、敵の隙を探ろうとした。

「それにここはまた新たな犠牲が生まれるかもしれない。どうだろう。私と一緒に、人気のない場所へ移動するというのは」

 罠かもしれない。テドウはそう考えた。しかしここにいれば、癪にもその惨事が見舞われる可能性は高い。

「分かった。案内しろ」

  「私は先に行く。貴方はその機械で私の居場所を確認し、後から来るといい」

 そう言うとソレは俊足で道を駆け抜けて行った。また己のせいで残酷が放たれた。ベンチの上の死体を見てこめかみと胸が痛み、吐き気を催した。

  それでも殊更に足を止める事は許されない。テドウはその場を置いて走り出した。画面の中の赤い点滅は猛スピードで移動をしている。それを追って歩を前進させてかき出す。

  その間も自責の念は頭から終始離れずに、ぐるぐると螺旋を描いた。言葉の螺旋の終着点は、ヤツを殺せという声で埋まり、それ以降は繰り返し殺戮の呪詛を唱え続けた。


 日が沈み、暗闇を街頭がちらほらと照らし始めた時分。人気のない廃墟へ辿り着く。立入禁止の黄色いテープを潜り、解体工事の最中である建物へと誘われた。

  この建物の中に奴がいる。ここならば奴の言うとおり、人目を憚らぬ事もない。階段を登る。足を踏み出す度に嫌な興奮が喉を詰まらせて呼吸を急かす。五階の踊り場から、何もないコンクリートの広間へと顔を出した時、青白い気を纏った機械人間は奇妙なことに、ガラスの割れた窓の外を眺めていた。まるで生に未練のある亡霊のようだった。こちらの気配を察知しているはずなのに、ソレは微動だにしない。

 テドウは一か八か、ソレに銃口を向けた。女の皮を被っている機械は、一切の動揺の色を見せず顔をゆっくりとこちらへ向ける。

「そんなものは聞かないと貴方はよくご存知のはず」

 抑揚なくそう言って、首を傾げた。武器を構える手は震える。脳裏に嫌な場面が思い浮かんだ。だがままよ。テドウはぐっとトリガーを抑え込んで機体に一発弾を振る舞った。ソレは避ける事なく弾は顔面の右部に当たり、派手に穴が空いては、人間らしくない内蔵が剥き出しになった。

「ほう。流石は私の創造者。武器を改良したのか」

  テドウは相手の口を封じるように執拗にトリガーを数回押し込んだ。弾ける音とと共に弾丸が繰り出される。が、初めの弾が届く前にソレは目の前から姿を即座に消した。突然背中に無機質な冷気が帯びる。

「ただし私も同じだ」

  生の危険を知らせる、畏怖が全身に生じる。まさに一触即発だ。その危機感と、圧迫感に無闇に追い打ちをする事も、ましてや身動きすら封じられる心地だった。

「一つ…、教えてくれ」

 標的の挙動を背中の気配だけで感じ取りながら、問いかける。

「何故、あの時俺を殺さなかったんだ。何故。俺を殺した方が良かったはずだ。こうなると予想出来たのなら、お前にとっての不都合になったんじゃなかったのか」

 ドウリの亡骸を思い出し、また心臓が痛むみだすが、歯を食いしばって堪えた。

「それは違う。私は極めて正常な判断を下した。人間は感情に左右され、本来の推測を邪にする傾向がある。私は戦争のない未来を作り、平和の耐えない世界を作る。そのようにプログラムされた平和兵器。その為に彼らを殺した。彼らの種は平和を阻害すると私が判断を下した。種の劣等遺伝を防ぐ為、彼らを処分した。貴方は極めて優秀な遺伝子で、平和な世界の実現を可能にする力を備えている。その為私は貴方を殺さない」

「劣等遺伝子…平和兵器。いや違う、お前は平和兵器なんかじゃない。お前はただの殺戮兵器だ。俺が作り出した、単なる殺しの機械だ…!!」

「私は平和になる為の理想の未来を計算し、導き出したまで。彼らの子孫が将来この国にとって良い結果をもたらさないという答えに達した。一方、貴方はこの国にとって重要な役割を担い、創造主となる。それにドウリという男は近代進歩についていけず、感情に左右されやすい。こういった人間がまた愚かな過ちを繰り返すのだ」

  急激な殺意に見舞われ、テドウは振り返りざまその機体へと銃を乱射した。

「そんな理由で彼を殺したのか!ふざけるな!」

  脳内が荒れ狂う。怒りで全身の血が沸騰するようだった。青白い気配を消してソレは他所へと移動する。

「とは言え平和な世界を作るには犠牲が重要なのだ。心を鉄にして余分な人間を切り捨てなくては貴方も狂気に溺れるだろう。確率は99%…必ずしも予測は完全ではない」

  幾度も幾度も銃弾の音が壊れた部屋の中に反響する。


「人間は感情的になりやすい。それは目標に到達するには余計な性質だ。私を完成させたのは彼じゃない。貴方だ。貴方は一時的に感情的になっているが、近い将来完璧に平和な未来を統べると誓い立てるだろう。ドウリも本望に違いない。彼の願いは平和な未来を築く事だった。その為の礎になれたのだ」

  鼓膜に伝う単調に繰り出される言葉の数々が苦しく脳を貫き、胸を引き裂き泣き崩れながら狙い撃った。

「ふざけるな。俺の家族、だったんだぞ。初めての…!」

  平和とは何だ。愛する者達を失ってまで築く平和とは何なのか。一弾、また一弾。ソレはこちらの動きを予測するように、寸でで消えては、また別の場所で現れる。次の瞬間、青白い顔は至近距離に近づき、目を見開くと一寸のうちに銃先をひん曲げた。

「っく…!」


すぐ様使いようのない銃を投げ捨てると、後方に数歩後ずさり、煙幕玉を投げた。それからリュック横のチャックを外しエネルギー銃を構え撃ち放つ。

煙が捌けると黒い影が浮き出し、今度こそヤツに当たったと思った。その甘い考えは、ソレの姿が映像のように消えた事によって、打ち砕かれる。今し方撃ったものは幻影、いや、ホログラムだったのだ。

「気が済んだか?」

 と、傷一つない女の成りをして壁際に実像が立っていた。

テドウは心身の疲労からやや戦意を喪失し始めていた。肩で呼吸をしながら、最早一筋の希望のみで武器を握っている状態だ。

ソレは音もなく歩み寄ると、己の頬へ手を這わせた。感覚のない冷たい手は、全ての気力を奪わせるようだった。

「私が人間ならば貴方と種を残すのに。そうすれば、優秀な遺伝子が残されるだろう」

「お前には分からないだろう。本当に大切なものは何なのか。俺には守らなくちゃならないものがある。その為ならこの国の平和なんて――」

 しかしテドウの言葉を聞いてソレは不気味な笑みを浮かべて、また不自然な笑い声を上げた。

「リアンの事を言っているのだな。私が彼女を生かした理由は貴方のその人格を形成させるため。そして貴方の身を守るため」

「まさかお前が…リアンを殺すつもりなのか?絶対にそうはさせないぞ」

「私ではない。戦争に負けた軍の残党が近頃、殺人を犯している。恨みを晴らす為に。貴方が今日ここに来たのは偶然ではないのだ」

「お前の言葉など信用するわけがない。お前は俺を騙して逃げるつもりなんだろう。そうはさせない」

「彼女と彼女の腹の中にいる種は劣等遺伝だ。貴方の遺伝が色濃く残ると判断したが計算ミスだった」

テドウは咄嗟に手首を掴むと力を込めた。無駄だ、と青白い顔が表情一つ変えずに見つめている。だが誤算があった。細い手首は、人間とは思えぬ圧迫をかけられて勢い良く凹んだのだった。

それから腹へとエネルギー弾を容赦なく撃ち込んだ。機体は溶けて後方に吹き飛んで地面に尻をついた。ソレはガタガタと故障して肢体を動かしていた。

冷ややかに見下ろしながらテドウは口を開いた。

「お前は完璧じゃない」

「テ、ドウ…その、手は」

「そう。右手を改造した」


靴を鳴らして近づき、最後の一発を撃ち込もうとしたその時、ソレが口をぱっくりと開いた中から黒い管が大量に吐き出されて体へと巻き付いてきた。

「ぐあっ!!」

管は首元を締め付けようとする。利き手を縛る力に抗えず武器を床に落とす。故障をしてイカれたのか、ソレはテドウを明らかに殺そうとしていた。

息が繋げず堕ちる寸前、震える手でポーチから蓮型の機械の塊を取り出し、片手でカチリとボタンを押して起動し投げた。


こころの花。花はひかり。ひかりは大地。

空を飛ぶ鳥よ。星よ降り注いで。愛はそよ風。眠れば訪れる夢の歌。


内核から光が発射して歌声が響く。それはドウリが平和兵器に取り付ける予定だったパーツだ。すると黒い管は力を緩めていった。ソレは壊れた声で言った。

「主…ヨ。何故、貴方…私ヲ、ッタ…ノ…デ…カ」

それから機動音が途絶えソレは完全に機能停止した。


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