第17話「種 1」
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目も塞ぎたくなる惨状は歳月と季節に埋もれ、地上はただの平地が広がり、冬を知らせる枯れ木が立っている。戦争は終わったが、何人も犠牲となったという事実は変わらない。背中には武器の入った鞄を背負い、防具を服の下に身に着け、穴蔵から梯子を登り地に足をつけると、リアンも一緒に外へ出てきて、心配そうな顔をして言った。
「ねえ、本当に行くの?今日じゃなくてもいいじゃない」
不安で仕方なかった。唯一の家族であるテドウがもし死んでしまったら、自分はこの先どう生きていいのかも分からなくなる。だがテドウは優しくリアンの頭を撫でた。
「リアン、心配するな。この日のために綿密に準備をしたし、シミュレーションもした。大丈夫。美味しいご飯でも作って待っててくれ。あと階段から落っこちるなよ」
「平気よ。私がそんなヘマすると思う?料理は任せといて。貴方が好きな温かいブロッコリーのスープを作って待ってる。だから絶対、絶対に帰ってきてね」
リアンは勢いよくテドウに抱きつくときつく腕を締めた。子供のような仕草に小さく笑って肩に手を添え軽く離すと、鼻先にキスを送った。
「必ず帰る」
「本当に本当よ。行ってらっしゃい。本当に気をつけて…」
「行ってきます」
背中を向けた時、武器のしまいこんである鞄が両肩に吊り下がっているのを見て思わずリアンは切なく呟いた。
「死なないで」
テドウは中央地区を目指した。始めは歩きで途中からは車に乗った。到着した頃には夕焼けが空を覆いはじめていた。戦争から十数年で既に近代都市の形を成し遂げられたのはこの国の人々の真面目さたる所以だろう。さて闇雲に探す所で埒があかないのはテドウも重々承知であった。そのために、体内に内蔵されている動力の基盤、磁気、熱量、全てを測定、探索するセンサーを発明した。機械であれば認識される仕組みだが、例のロボットの駆動力や熱量をもってすれば、即座に大きな反応を示すに違いない。
見つからなければ、他を探すまでだ。何年経っても見つけてやる。そう固く誓った。
工事中の鉄骨の晒された建物を横切ると頭上から声をかけられたため顔を上げた。
「よう、兄ちゃん。アンタそんなにでっかい荷物持ってどこへ行くんだい?」
陽気に笑っている大工の爺さんが汗水垂らしながら見下ろしている。
「少し、片付けなくてはならない事があって」構っている暇はないと、歩き出した。
「兄ちゃんその手に持ってるものは何だい。面白そうなもんだな」
爺さんは手拭いで自分の額を拭いながらテドウの手の中の機械を指さした。
「これは、探し物を探す為の道具なんだ」
「へえ、そんなもの初めて見たよ。へへ、高く売れそうだな」
「売り物じゃない」
「まあそうだろうな。気をつけるんだぞ。ここいらは最近通り魔被害が多い」
「通り魔…?」テドウは足を止めて振り返った。「詳しく教えてくれないか」
「あんたニュース見てないのかい。最近の若い子ってのはニュース見ないもんなあ。もう今月で10件以上の被害だって話だ。しかも狙うのは女ばかりじゃねえ。無差別に腹を刺される。それも凶器も証拠も何もねえ。驚くことに体を貫通しちまってるんだ。なのに凶器も見つからねえなんて、本当に人間がやったのかねえ」
「それは無差別なのか?本当に」
「って話だが。だからあんたもくれぐれも気をつけろって話」
「それもそうだな。ありがとう。気をつけるよ。そちらもどうか気をつけて」テドウは丁寧にお辞儀をしてその場を立ち去った。
「おうよ!」
大工の話を聞いて、その通り魔が例のアレの仕業だとテドウはピンときた。この街にあの恐ろしいロボットが存在する。どくりと心臓が騒ぐ。連続通り魔。もしもそれの正体が自分が作り出した機械の仕業だとすれば一刻も早く止めなくてはならない。奴はあの日姿を消して以来人を殺し続けているのだ。とんでもない殺戮兵器をこの手で生み出してしまった。恐怖心から足がすくみそうになった。手の中の探知機を握りしめる。アンテナを外側に向けながら、画面に表示される点々を見つめた。とある地点に大きく点滅が示されている箇所があった。
「…駅前の大通り。そんな目立つ場所に本当に奴がいるのか?」
歩道を真っ直ぐに1.2km進んだ場所が目的地だった。歩きながら点滅を確認すると、その点滅も動いた。どうやら奴もどこかへ向かって歩いているようだ。
点の所在する場所に辿り着くと、道行く人々で溢れかえっていた。点滅は別の場所へと移っていたが、ある場所で止まった。マップを確認してみればそこは噴水のある大きな公園だ。しかもここからそう遠くない場所にある。今度こそ奴を捕らえる。信号が赤になりかけるのも構わず横断歩道を駆け抜ける。クラクションの針を刺す音を横切って、人工的な緑が豊かに生え聳える公園へ迷う事なく侵入した。
赤い点は、公園の敷地内をゆっくり移動している。逃すまいと足を速め、木々に挟まれている道を辿り、獲物を探す。