第16話 「疑念」
二十歳の12月。冬は轟くような寒さを伝えていた。成長したテドウは成人男性よりは少々細い体をしているが、顔つきは端正で、内面の生真面目さや、奥に潜む暗い影が同居していた。一方のリアンも女性らしい豊かさを体に蓄え、何よりも金色の髪が益々艶やかに伸びて、まるで一輪の花のような美しさに成長した。
二人の関係は、雪が溶けるように密なるものへと変化していき、友情や家族以上の信頼関係が芽生えていった。
テドウの頭の中は相変わらず、例のロボットの事でいっぱいだった。冷静になるにつれ、己の中でいくつかの疑念が湧いてきたのだ。
あの時、アレは俺に手を出さなかった。アレは暴走状態だったはずなのに、俺とリアンを避けた。いや、あれは避けたのではなくまるで選別だった。俺がプログラムしたのは敵兵のデータで、ドウリがやられた意味が通らない。
脳裏に機械のアームが伸びてくる。ぎらりと光る殺戮の目がこちらを睨んでくるあの恐怖。ゾクリと背筋を震わせながら、かつてアレが眠っていた台を見下ろす。今やそこには、修復を頼まれた機械じかけの玩具や時計が置かれている。それから、アレを食い止めるために開発をした特殊銃も。何せ、あの日機体には通常の銃は効かなかった。
もしもプログラムに異常が発生し、己自身で学習、進化をしたのだったら。その解が本当だとすれば一刻も早く奴を捕まえなくてはならない。ルーペ眼鏡を覗いて工具で緻密な鋼色の内蔵を弄る。
「テドウ、食事できたわ。たまには一緒に食べましょうよ」
作業に没頭していると、室内のインターフォンからリアンの声が届いた。一旦手を止めると、テドウはその声に従って部屋を出た。
「邪魔してたらごめんなさい」
目の前に立っている女性は、子供だった頃とは違って佇まいも落ち着いている。知らない人のようだ。テドウはリアンを見て思った。
「いや、自分一人では区切りが分からなくなるからいいんだ」
「考えごとをしていたの?そんな顔をしてる」
労りのこもった、肉付きの薄い手のひらが頬を触れた。何でも見透かすクリムゾンの瞳を見つめ返すと、参ったと言わんばかりに溜息を漏らす。
「ああ」
「また例のアレのことね」
「何故俺を殺さなかったか、考えていてね」
「私の事も殺さなかったわ」
「恐らく自己学習をし、殺す人間を選別した。何を基準に選別しているのかはまだ分からないが」
「基準。年齢じゃない?私達はまだ子供だったから殺されなかった」
「それもあり得る。なら何故子供は殺さなかった」
「それは、分からない」
「俺が代わりに殺されていれば」
不穏な雰囲気を落ち着かせるように、リアンは背中をそっと撫でた。
「私は救われてる。あなたが生きていなければ孤独だった。愛してる、テドウ」
「すまない。気が動転して。君には昔から叶わないよ」手のひらの暖かさに穏やかな呼吸を取り戻すのが分かって、目の前の人が心底植物のような人だと感じた。
「別に、貴方って昔からそうだもの。もう慣れっこだわ」
ころころと笑った顔は昔の少女の顔のままだった。姿が変わろうとも、やはり芯の部分は純朴な彼女であった。
「俺は怖い。…もし、もしもアレが自分の意志を持って殺戮をしていたとしたら」
「テドウ。ロボットは人間じゃないのよ」
「ああ、だがアレは進化した。過去から学び何が最善かを自己の判断で決めた。それは人間、いやそれ以上の存在だ。俺は奴を始末しなくちゃならないんだ。贖罪のために。これからの未来のために。アレを完全に破壊しなくてはならない」
テドウはまた、何かに取り憑かれたような瞳を浮かべた。その為リアンは手を握り、代わりに小さく微笑んで言った。
「その前に一緒にお腹を満たしましょう。研究員さん。それをやっつけるためにも栄養を頭に巡らせないとね」
リアンはそう言ったが、本当のところもうテドウにはこの件に関わってほしくなかった。いっそこの地下で死ぬまで二人きりで平穏に過ごせたらいいとさえ思っていた。リアンは腹の奥の自分本意な欲望を隠しながら、食卓へ向かうべく、幼い頃よりも硬く大きく育ったテドウの手を引いた。