第4話「偽れぬ過去 2」
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少年は八つと幼かった。ボロを身に纏い、痩せぎすで、黒ずんだ両眼は飢えた獣の瞳のよう。空襲があちこちで聞こえる。敵国の攻撃は止まない。砂埃の匂いがする。少年は安全な地を求めて逃げる間、追い剥ぎ、盗み、殺人を繰り返した。そうしなくては生きていけない。何故なら奪わなければ、奪われるからだ。
激しい飢餓が、生への本能を忙しく掻き立てる。体中がからからに乾いたこの地面と一体化しているようだ。それから腹痛と朦朧とした意識。よもや一寸先の生命を紡ぐのに精一杯のこの身体は、身動きの出来る皮袋に過ぎない。
――生きろ、生きる、生きなくちゃ!
頭の中で繰り返し、こだまする。
敵は攻撃的で人工的な雨を降らし、恵みや豊かさを人々から奪っていく。必死に骨と皮の足を交互に前へ出し走る。
両手には、まだ土のついている野菜を抱えている。先刻、畑から盗む最中、猟銃で撃たれたから必死に逃げてきたのだ。襲撃の後遺症から荒地と化した廃街を抜け、敵軍に見つからぬよう、別の街へ逃げる必要があった。日が落ちる前には。
もしも捕まろうものなら、残酷な大人達から、死ぬよりも辛い罰を与えられるに違いない。しかし、そうして前だけを見て遮二無二に走っていると、石に躓いて勢いよくその場に転げ回った。抱えていた食糧は無防備に散らばり、すぐにそれらを拾い集めようと腕を動かしていると、壊れた建物の影から男がやってきた。ぞくりと、恐怖の感覚が全身に共鳴した。
黒いブーツのつま先が目の前に現れて、恐る恐る顔を上げてみると、そこには敵の軍服の男が立っていた。男は少年を冷ややかな目で見下ろしている。体格がよく、背も大きかった。
軍人は知らない言葉を喋って、後ろへ手招きをすると、もう一人、仲間の軍人が同じ所から姿を現した。大人の男二人に囲まれ、少年は怯えて震えた。
一人はしゃがみこんでこちらの顔を査定するように覗き込んだ。もう一人は地面に転がるトマトを一つ拾い上げ、なにか言葉を発し口元に愉悦を刻んだ。テドウは食糧を奪い返そうと手を伸ばしたが、屈強な兵士に難なく体を押さえつけられてしまった。
それからテドウの痩せた体を吟味するように見て、首を軽く横に振って、また二人で会話をしている。言葉の意味は分からなかったが、テドウはこいつらに食われるのだと察した。その途端奥歯や体の芯ががくがくと震え、涙が絶え間なく溢れ落ちた。
二人の会話が終えると、一人が頭に銃を突きつけてきた。そうしながら、同じ言語を繰り返し放っている。ジェスチャーから立ち上がれと察したテドウは、恐怖を噛み殺して睨みつけた。どうせ死ぬならこいつらの栄養になんてなってやるもんか。そう視線で訴えかける。
すると銃を突きつけている男は気に食わないように眉を寄せ、なんだその目はと言うように、靴底を少年の頭に乗せて踏みつけ、罵声を放ちながら頭に銃口を更に押し付けた。
逃れられぬ状況に涙でぐしゃぐしゃになりながらも、抵抗を止めようとせず、耐えず男を睨みつけていた。
その光景を見ていた仲間の軍人は、銃を持つ男の肩を叩いて冷静に話しかけた。男は銃をゆっくり下ろす。助かった、と思ったのは一瞬のことだった。男は銃の代わりに、ポケットからナイフを取り出した。反射的に身を跳ねさせた途端、背中に乗り上げるように体を取り押さえられた。何度も身動ぎを続けていると、大きな手のひらで顔を固定され、瞼を無理矢理こじ開けられる。
下卑た笑顔が目に焼きつく。ナイフの先端が目玉に近づいてきた。テドウはとうとう失禁をした。しかし男達は行為をやめない。ナイフがあと数ミリ距離を詰め、睫毛をかする。その時、銃声が大きく鳴り響いた。