第1話「反R連盟シヴァ」改稿
主な登場人物
ネオ…反ロボット連盟。Aチームのリーダー
ロッド…ジャポニをおさめる総帥である父の息子
トルネ…国権放棄の市民で自由主義
リック…反ロボット連盟、Aチームのメンバー
ルウ…反ロボット連盟、Aチームのメンバー
テドウ…20xx年現在でのジャポニという国における総帥であり司令官
二章
第6話~第27話まで、テドウの過去編
街が鳴る。東から粉砕の音が聞こえ人の断末魔が窮屈なビルの合間に響き渡る。T(東京)-town、歓楽街の派手な色の蛍光灯の下で事件は起きた。突然ロボットが暴走をし始め、通行人の女の首を絞めたのだった。被害者は抵抗したものの機械の圧迫に耐えきれず窒息。悲痛な死を迎えた。
つい三日前のニュースが壁のホログラムのテレビから流れる。淡々と喋るニュースキャスターの、スーツ姿の女性は恐らく人間なのだろうが、まるでロボットのように完璧に記事を読み上げてみせた。次のニュースに移り変わる途端、一人の酔っ払い客がカウンターでドンと酒をテーブルに置いて大声を上げた。
「また奴らのしわざか!」アルコールの飛沫と唾が溢れた。
「全くあいつらのせいでろくに外も出歩けん。あいつらがいるから俺達人間の生活はどんどん窮屈になっていく。政府は何を考えてるんかね。あんな殺人兵器を野放しにするなんて」
「それでも消費者はロボットを買い続けるんだから仕方ない。人件費よりも安いし、人よりも使える。壊れたらすぐに安く修理出来ると来た。多少のリスクがあっても、人間が何も出来なくなった今、ロボットが必要なのさ」
ハットを被っている白髭白髪の男は、少し離れたカウンターの席で言う。
「しかし、我々にはシヴァがいる」
と、白髪の男は続けた。
しかし酔っ払いの男は腫れぼったい顔を赤く膨れた鼻の方へくしゃりと歪ませて。
「シヴァだー? 奴等は政府に飼い慣らされた犬に過ぎん。十いくつものガキがいくら訓練を積んだ所でなぁ、結局無駄に過ぎんのだよ。この国はどこからか狂っちまった。だが大変なのは一番偉い人間がそれを見てみぬふりをしている事だよ。俺達は家畜も同然だ。おかげで不眠も酷いったらない」むくみきった手をテーブルにバンと叩きつける。
「わしも最後にスヤスヤと眠ったのはもう思い出せんくらいだ。国から支給される睡眠薬で何とか眠れているが」
「へっ。そんなもの飲んだって気休めにしか過ぎんさ。原因を突き止めない限りはな。テレビでは飾り付けて眠れる子羊病だなんて呼んでるが馬鹿馬鹿しい。どいつもこいつもふざけてやがる」
「眠り続けていればいつか夢とやらが見れるんじゃないか?あれは凄いと聞いた。何でもまるで現実にいるように映像が鮮明に現れるらしい。それに感覚まで」
「まるで神話だな。兎にも角にもこの国はあのいけ好かない統帥様が席を譲らない限りはお終いだろうよ」やさぐれたように空になったコップをバーテンダーの目の前で持ち上げる。
「おい。同じのを頼む」
「あんまり飲みすぎるとまた女にフラれるぞ」白い髭を吊り上げてからかうように笑ったその時、店の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
金髪の長い髪をした女が入ってきた。すらりとした長い腕と足に、細い体から曲を成すように膨らむ胸元がぴったりとした布一枚で強調されている。完璧すぎる美貌を持つその女はハイヒールで床を鳴らし、酔っ払いの男の隣へ座った。
「どうも。ねえ。一緒に飲みましょうよ」
男は思わず、女の真っ赤な口紅や、大きく曝け出された白い胸の谷間へ釘付けになって顔を緩めた。
「も、もちろん!マスターこの姉ちゃんにも俺と同じのをくれや」
「かしこまりました」
女はテーブルに頬杖をつき、足を交差させながらじっと男の赤ら顔を見て小さな笑みを浮かべていた。吸い込まれそうなブルーの瞳に男は照れ臭そうに頬を人差し指でかいて、へこへこと頭を下げた。
「そんなに見られっと照れるな」
すると女は身を微かに乗り出したかと思えば、男の耳元に艶のいい唇を至近距離まで寄せてそっと囁いた。
「ねえ。私をどこかに連れ出して」
男は全身から雄の本能が騒ぎ出す気配がした。バーテンダーが二人の酒をテーブルへと置く。その時、女に異変が起きた。がくがくと痙攣をし始めたのだ。男は心配そうに覗き込んで肩をさすってやった。
「お、おい。大丈夫か?寒いのか?俺がどこかで温めてや──」
女が、くっと顔を上げた時、確かに瞳の焦点が合っていなかった。一瞬で身の危険を感じたもののもう後の祭り。女は腕を伸ばすと彼の首を締めたのだった。それも半端ない力で。男は持ち上がり、唾液を溢しながら必至に抵抗して足や手をバタつかせた。
「ぐうっ、あっ…が」
他の客も動揺をし始める。白髭の男は叫んだ。
「ロ、ロボットだ…!こいつはロボットだ!早くシヴァを呼ばないとっ」
「た、だすげて……ぐれぇ」狭まる起動の中から必至に声を捻り出す。体中の体液が搾り出されるようだ。だが当然ながら一般客は誰一人この憐れな男を助け出そうとはしなかった。バーテンダーだけが冷静に、カウンターテーブル裏の通報ボタンを押した。男はギリギリと加わる圧迫に赤ら顔を更に赤く染めあげていった。
男の目に死の影がチラリとよぎった。瞬間。端の薄暗い丸テーブルの席で一杯飲んでいた青年──おおよそ歳は13程度──が、立ち上がり右手で銃を持ち上げ、静かに女を目掛けて撃った。見事命中し、額に小さな穴が開く。手の力が緩んで、スルリと肢体がその場へ崩れ落ちた。一連のことに客達は言葉を息を呑んで失っていた。床に尻もちをついた酔っぱらいの男は胸を上下させながら呼吸を荒らげ、眼前の故障したロボットに目を見張った。
弾を放った当本人は、残りのミルクコークを口の中にグイと追いやった。コップの底でテーブルを叩くとロボットに近寄りしゃがみながら見た目よりも重量感のある体をひっくり返し髪の束を持ち上げ、うなじの番号を見て呟く。
「型番はP-2100。最新モデルか。チクショウ。また任務外に仕事しちまった」
はぁ、と項垂れる。
「あの、アンタはシ、シヴァ?」と、白髭の男は声をひっくり返しながら。
「シヴァ部隊Aチームのネオだ。怪我はなかったか?オッサン」
「こんの政府の犬がァ!礼なんか言わないぞ。お前らもあの頭のおかしな連中と一緒だ。国民を騙して楽しいのか!!」酒臭い唾を散らしながら怒り叫んだ。しかしネオは男の怒号を他所に立ち上がり、ピアスへ親指を滑らせ指紋認証、ネットグラスを起動し報告をした。
「Bar Л(える)で一体のロボットを撃破。負傷者はゼロ」
そして男の方へ振り返ると一言「無事でよかったな。オッサン」と、口角を僅かにあげるだけの笑顔を向けた。
男は呆気にとられた顔をし、挙句に言葉が喉につっかえて黙り込んだ。
ミルクコーク一杯分を、カウンターに置くと、ネオは「ごちそうさん」と言って出て行った。残された客はしんとしていたが、しばらく経ってまた騒がしさを取り戻していた。
Barを出ると、湿っぽい路地裏が広がる。路地裏といっても巨大な蟻の巣といってもいい程の規模で、もう一つのT-townと言っても過言ではない。壁に伝うミミズによく似た電線から、鼠のようにそこで生活をしている人間の様子が想像出来る。
この界隈は政府管轄外なため、事実ホームレスなど居場所のない貧困層、レベル1の人間や犯罪者が住み着いていた。禁止区域(X区域)と呼ぶのが一般的だが、最悪の軽称に至っては糞の掃き溜め場と呼ばれている。
両ポケットに手を潜らせ、濡れた地面を踏みしめ狭い通りを歩いていると、壁に凭れ胡座をかいて座るホームレスの爺さんに声をかけられた。
「おいネオや。何か食いもんでも持ってないか?」
ネオは立ち止まって振り向く。
「あー、悪い。今日は何も持ってねえんだよ。また今度、持ちのいいモンでも持ってきてやるから待ってな」
「そうか、残念だ。まあいい。待つとしよう。ところでネオ。気をつけた方がいいぞ。最近ここいらで、やばい薬を売り捌いてる輩がいる」
「俺は心配いらねぇよ。そんな不貞な輩共はぶっ倒すだけ。それより眠れねえからって変な薬飲むなよ」
「睡眠より食欲の方が辛い。あー…腹が減ったなぁ」
「ちょっと待ってろよ」
上着のポケットをまさぐると、飴を一つ弧を描いて投げた。
「満腹中枢を刺激する飴だ。少しの間それで我慢してくれ」
ホームレスの爺さんは慌ててキャッチをするとにやりと歯を見せて礼を言った。
「恩にきるぞネオ」
「どういたしまして。いつか出世でもしたら倍返しだかんなー」
小気味よく笑いながら手をふらり揺らして、道とも言えない道を歩いていく。ひと気の少ない小さな階段を登る手前、ネオはネットを起動させた。
「メール」
音声認証でアプリを開く。目前の画面に知り合いの顔のアイコンが羅列される。
「ロッド」
と、名前を告げる。銀髪の、燃える火の色をした瞳の少年にメッセージを送る。だが、目の前に表示されたのはErrorの文字だった。ネオはチッと舌打ちをする。
「またか…」
酒場に赴いたのは何も休暇を謳歌するためだけではなかった。所謂人探しのため。ここのところ、任務にすら顔を出さないメンバーの行方を探していた。自分がシヴァ訓練生の時から彼の事を知っているが、性格も物静かで、真面目、規律を破るなんて以ての外という人間だ。そんなアイツが任務をサボるようになって一ヶ月経つ。この奇妙な事態の裏には何かある。ネオは真実を突き止めようと、当人の影を追っていた。
しかしどこを探してもいない。ネットも通信を切っている状態だ。ネオにとってもどかしさを簡単に取り払う事は難しかった。それは元来の正義感に由来するものであったが、己の闇の部分でもあった。ただ、今回のわだかまりは決して正義感のみに通ずるものではない。その正体が何か分からないからこそ、余計に苛立ちを募らせるばかりだった。
ホームレスの爺さんの言葉が脳に復唱する。危険な薬物を売り捌いてる連中がいるのは知っている。まさかアイツ、そんな連中の餌食になったんじゃ。
ネオは即座に首を振って、馬鹿げた考えにほくそ笑んで段差へ足を伸ばし、T-townの表の顔、メイン地区を目指していった。
ビルの谷間の外から都会の風が吹き抜ける。気のせいか電子の香りがする。夜0時を過ぎても街は眠る気配もなく、華やかさが色濃い。外へ出る前に呼び止められた。そこには同じシヴァチームのメンバーであるリックとルウがいた。ネオもそうだが、メイン街はロボット達がうようよと生活をしている為、特にシヴァに属する人間にとっては性に合わないのだ。
リックはドラム缶に座りながら、缶詰の中身を摘んで宙に投げて口内に器用にキャッチした。大きなヘルメットの影に潜む瞳は大きく、ぎょろりとしているがどこか子供のような愛嬌もある。身長が子供に似ているからかもしれない。リックは身長が150センチ程の体つきだった。
「なーに食ってんだよ」と、ネオが間延びして声をかける。
「G-メイト」歯でしゃくしゃくと咀嚼音を鳴らす。
「うえ。マジか、お前よくそんなもん食えるな」
「体にいいんだよ。レベル3の生活をしていた頃はこれがおやつだったんだ」
「俺は土下座されてもごめんだな」
「あれ? ネオは虫を食べた事がないのかい? 」
「虫ぃ!? んなもん食わねぇよ。ゾッとする。それなら草食ってる方がマシだ」
「上品なんだねぇ。ネオは」気にもせずにリックは黒いブツを口に運ぶ。
「ルウは…瞑想中か」
リックとは対象的に、長身で威風を放つ容貌をしている男は両瞼を閉じて両手のひらを合わせながら無の領域へと飛んでいた。左目には傷跡がみみずのように這っており、浅黒い肌をして、長い黒髪は頭上で一纏めに結っている。和の精神を倣え。それが彼の口癖であった。
ルウが日課にしている瞑想最中は、話しかけても岩のように返答がないため二人とも諦めてそっとする事にしている。
「ところでネオ。何か不機嫌な事でもあったのか? 」
と、リックが唐突に尋ねてくるものだからネオは内心驚いた。
「あー…いや。さっき一体ロボットを倒してきたから」
ネオはリックと向かい側の壁に背を向けてしゃがんだ。
「最近多いね。このご時世、X地区にもロボットが来るのか」
「ほんと嫌なご時世だよなぁ」
ネオは疲労しきって何だか笑いがこみ上げてきた。
「だけどネオは少しスルースキルを学ぶべきなんじゃないか。ルウみたいに」
「俺には無理だな。頭より体が先に動いちまう。昔から駄目なんだ。我慢がきかなくて」
「最近じゃロボットも独り歩きして厄介だ。もしかして夢を見てるのかも」
「ロボットの夢遊病か? 笑えねぇ」
「でもあり得るかも」
「くだらねえ。俺達人間を差し置いて、ロボットが夢なんて見るもんかよ! 」
ネオは語気を強めた。睨んだ先の壁にドス黒い血のような色の文字で、でかでかと“機械ニ死ヲ!”と書かれている。その横には、扇情的なポスターが貼られている。
と、ここで瞑想を終えたルウが穏やかな声で言った。
「何をそんなに憤っている」
「俺は夢なんて見なくていい。上から支給された薬を飲んでりゃ眠れるんだ。それに、幸せな夢を見た所でいつか終わりが来るんだろ。だったら夢なんて見ない方がマシだ。俺は、現実に夢を見てえんだ」
「ネオの夢は何だい」と、リックが最後のおやつを一つ口に放って問いかけた。
一旦待って「──自由だ」と答えた。その目は鋭く光っていた。
「それと証明だ」
「何を証明するんだ」
ネオは立ち上がると、出口の方へと向かって光が交差する街並みを見つめて言った。
「正義の証明。昨日も薬物を売ってる奴を捕まえた。もうロボットだけじゃねえ。この街は何もかも見失ってる。お前らだって分かるだろ?」
右の拳を握り締める。ただ怒りは静かに胸に燻り続けていく。
「高性能なロボットよりも劣る人間は、もう必要無いんだろう。まあ、悲しい事だけどこれが現実」
リックは時々棘の刺さるような事を淡々と放つ。ドラム缶から飛び降りて、ネオが眺めている出口の方へ歩み出ると、空になった缶を歩道へ投げ捨てた。即座にゴミを感知した掃除ロボットがゴミを己の体内へ吸い込んだ。
「少し落ち着いたらどうだ。お前は少々頭に血が登りすぎる癖がある」ルウは片目でネオを見遣る。ネオは気を落ち着かせようとルウの真似をして両目を閉じてみせた。少しばかり効果があるように思えた。
「僕だってネオと一緒さ。奴等が憎い。シヴァに属した人間は大体そうさ。ロボットに人生を、息を殺された連中だ。憎しみを糧に生きている。僕の夢は研究者になる事。この異常な原因を探って止めてみせる」
リックの決心も固く、瞳の奥はどこか遠くを見つめている。ネオは自分を恥ずかしく思い、くしゃくしゃと髪を掻いた。
「……そうだな。悪かった。すぐに頭に血が上るクセ治さねえと、これだからモテねえんだ」
「僕達に比べてロッドはモテモテだよね。やっぱ顔かなぁ」
「知らねえ。あいつ、一体どうしちまったんだろうな」
「何だ。ネオはロッドにご執心だったのか」
「はあ? ちげーよ。ただあいつ、昔はあんな奴じゃなかったな…って」
その時、警報が鳴り響きネオは顔をまっすぐ向けた。ネットグラスで情報を確認すると、すぐ付近で暴走したロボットが所在しているとのデータが送信されていた。
ネオは考える間もなく駆け出していった。リックのおいっ! という呼び声も無視をして。
「装備は!? 」リックの叫びに一度振り向いてから上着の襟元のチャックを降ろして黒のボディースーツを覗かせて見せ、それからまた走り出した。任務外にも関わらずしっかりと防御服を着ているのは、いつどんな時もロボットと対峙出来てもいい為にであった。
表通りへ出ると、人々は立ち尽くし車道を見つめていた。人の背中をくぐり抜け、銃を片手に構える。本日二体目となるロボットが、ひっくり返った車の前で立っている。情報から既に型番はp-315だと判明さ れていた。その全貌を確認すると、全身白の樹脂で加工された裸のロボットーー性別は男の造りをしているようだーーが、女児一名を片手に抱き捕えている。そして既にDチームのシヴァが到着しているにも関わらず、四人とも体のどこかに負傷を負い警戒態勢に入っている。
「ば、化け物……! 」地面に腰をつけている一人のシヴァ部隊の男が声を漏らす。 ネオは「化物? 」と首を傾げる。普段以上のどこか異常な事態を察知した。
「シヴァ部隊Aチームネオだ」そう言って両手に銃を構えまま車道へと慎重に前進。
「お願い! その子を助けて…! 」
泣き乱れる声の方へ目を向けると、長い髪を地面に垂らし突っ伏している女の人がそこに。その雰囲気からどうやら子供の母親らしい。ネットグラスでロボットの動力源である核の部分へ標準を合わせるが、丁度運が悪いことに子供がいる。そこでまずは他のパーツに一発いこうと思ったが、相手は制御が効かなくなっている。 下手したら子供に危害を与えかねない。さてどう立ち回ろう。思案戦は苦手だった。また焦る気持ちからイライラが募り出し、下唇を舐めながら冷静を取り戻そうとした。
「その子を離せ。利口なら法律を知ってるんだろう? ロボットなら人間の言うことを聞くんだ」
車や人と人との合間にビル風が吹き、ネオの前髪を揺らす。樹脂で出来た化物は表情のない顔を静かに向け。
「コノ子、イイ子。オマエはワルイ人間」と言った。
「お母さん。私は大丈夫だからジェリーをいじめないで」
幼い少女は泣き出すことはおろか自分を捕らえているロボットを庇っている。
「そうかジェリー。俺はその子をいじめる気はない。けどお前がその子を離さなけりゃ、間違えて撃っちまうかもな」
「ソウハサセナイ。この子ノコトはワタシがマモル」 しかしネオは弾を一発、少女の爪先に近い距離の地面に撃ってみせた。するとジェリーは少女を捕らえてない方の手をギュルギュルとゴムのように伸ばし攻撃を繰り出した。その異様な形態に一時目を見張ったが、動物の本能で即座に体を横へ滑らせ、寸でのところで攻撃をかわす。
アームは派手な音をさせながら地面へと埋まる。
「な、何だ今の」
こんな気味の悪い攻撃をしてきたロボットは今までいなかった。額から薄ら汗が浮き出る。
観衆はそんな中でも呑気にネットグラスで録画をしている。連中に喉が痛くなる程声を張り上げて注意をし た。
「お前ら死にたくねえんならさっさと避難しろ! バカっ」 その警告でようやく人々はまばらに立ち去っていった。観衆へ気が逸れている一寸の間にアームは 地面から埃を立てて持ち上がり更に容赦なく牙を向けてくる。無機質な手指が首や体に凄い勢いで巻きついた。その反動でうっかり銃を地面に落としてしまい、しくじった、と心で唱えたが、時既に遅し。それは人ではない力で体の節々に食い込んでくる。ぎしりと全身が唸るようだった。
「ぐううっ...! 」
引き剥がそうとアームを両手で掴み懸命に力を込めたが、水溜りに落とされたミミズのように蠢くことしか不可能であった。圧迫は精神と気力をほつれさせる。必至に抗おうと体を強張らせる。
「っ……」
こんな所で、死ぬわけにはいかねえんだ。鮮やかな記憶が頭によぎる気配がした。母の笑顔と、血塗られた母の死体。顔のない黒い機体。温かい声。最後に嗅いだ手料理の匂い。父の撫でる手の分厚い感触。こんな所で死ぬわけにはいかなかった。
その時、他所から一撃が放たれた。かと思えば機械の腕に風穴が開き、触手は緩んでネオの体は解 放された。間一髪、呼吸を思い切り吸い込む。顔を上げてみると、反対車線に銀髪の青年が銃を 構えている。ネオは詰まる喉から絞り出すような声で、ロッド……とつぶやいた。
「あいかわらず爪が甘いな」 冷静に告げるロッドに不満たっぷりに言い返そうとしたが今はそれどころじゃない。 ジェリーは暴走を止めることなく、矛先はロッドへ。ダメージを受けた箇所がボコボコと蠢いて なんと再生した。新品同様の腕はまたもや柔軟に伸びてロッドへ絡みつこうとした。
「そいつは他のロボットと違う! 気をつけろ! 」
「なるほど」 顔を掠める手前、ロッドは上体を屈めながら避け、間髪入れずにロボットの頭を狙い撃った。子 供は悲鳴をあげ、母親も同じく叫ぶ。通常のロボット製品ですら頭部は頑丈に造られている、 そのため、ガワは剥がれたものの簡単には破壊できなかった。あまつさえ、ジェリーは両腕を子 供の体に巻きつけ完全に危険領域へ達してしまった。子供は苦しげに声を出す。
「ジェリー、く……苦しいよ」
「ロッド、攻撃をやめろ! 」
だがロッドは、赤い双眼を冷ややかにロボットへ向けたまま腕を下ろさない。ネオは再びロッド!と叫ぶ。
「ネオ。どのみちこの子は助からない。暴走したロボットが人間の命令を聞いたことがあるか?」
子供は苦しげに顔を歪める。
「お前が撃つならまず先に、俺がお前を撃ってやる」ネオは睨みつけながら銃口をロッドへ向ける。 しかしロッドは冷静なまま。
「お前に俺は撃てない。お前は正義感が強いからな。だがそれじゃ何も救えない、守れない」
「うるせえ! 」
空気を裂くように撃ち放つ。閃光はネオの頬を際どく横切る。
「俺は決断する。先に決断した者が正解をつくるんだ」
そして改めて銃口を、子供越しの核へ向けた。やめろ、唇を大きく開けた瞬間「ストップ! 」 と声が間を横切った。ネオの後ろからリックが現れて言った。
「皆、武器を床に置くんだ」
ネオは素っ頓狂な顔をして、こめかみに人差し指を当てた。
「おいリック、頭バグってねえよな? 」
「彼はその子を守っている。だから僕達を攻撃するんだ」 ロッドは何の抵抗もなくリックに従った。しかしネオはそうもいかなかった。
「しかしよぉ、こいつはロボットだぜ!? 」
「ああ、でも僕にはそう見えてならない。まるで子供を守る母親のように」
「わかった。リックの指示に従う」苦渋の決断ではあったがネオも武器をその場に置いた。
「それから全員、このロボットから半径100メートル以上離れてください! お母さんも」 母親は心配そうに表情を濁した。
「僕達はこの子とロボットを二人きりにしてあげなきゃならないんです。お願いします」 リックは母親の方へ行き、誘導した。母親の目には去る間際まで、子供とロボットの姿が映って いた。そして負傷していたシヴァ部隊も肩を貸され、全員がその場を離れた。ただし、危険が起きれば即時対応出来るよう、その様子はネットグラスのモニターで、その場にいるシヴァ全員で共有をした。
緊張が走る中、全員固唾をのんで見守る。すると、ロボットジェリーは、ゆっくりと腕を解放した。そして少女の目を見つめ精巧な機械の音声で言った。
「モウ、イジメル人間ハ、イナイ」 少女は怯えて逃げるだろうと誰もが思った。だが、少女はジェリーに抱きついた。
「ありがとう、ジェリー。…私を守ってくれて」
「ジェリー、永遠ニ、マモ――」その時、杭は打たれた。上方右斜め付近から別のシヴァが発砲、見事命中。 ジェリーは体躯を弓形に反らし、ドス黒いオイルの血を流して地面に倒れた。ピアスから破壊完 了の報告が流れると、ネオは走って子供を腕に強く抱き、身の安全を確保した。それから母親がやってくる と、子供は泣きながらその体へ抱きついた。その光景を目にし、ネオは安堵にほっと息を漏らす。
母はネオに深々と頭を下げた。
「娘を守って下さって本当にありがとうございます……!」
しかし当の子供は寂しそうな目で、ネオの顔を見上げた。
「ねえ、ジェリーはどうなるの」
それは純粋無垢な声だった。ネオは膝頭の裏を折りたたんで目線を合わせながら、丸く小さな頭を撫でた。
「悪い所を治してまた戻ってくる」
「本当?」
「ああ……」ネオは複雑な顔をして呟いたが、子供はどこまでも素朴な顔で嬉しそうに「良かった」と笑った。
一連が去って一息吐くとネオは、ロッドの姿がいつの間にか無い事にはっとした。
「ロッド……」
俯きながら悔しげに名前を吐露すると、大きな人影に包まれる。顔を上げたそこにはルウが立っていて、思わずあっ!と声を上げた。
「お前、何してたんだよ」
「モニターで観ていた」
「呑気だなあ…こっちは大変だったってのに」
「任務外にアーマーをつけているのはお前位だ。だが…」
と、ルウはそう言いながらこつりとネオの頭を小突いた。
「忘れているぞ。ヘッドアーマーを。わざわざ死にいった訳じゃあるまい」
「あ、やっべえー! 完全に忘れてた。何か頭が軽いと思ったんだよ」
両手で己の頭を防ぐ仕草をする。
「全く。少しはネオも精神統一を学んだ方がいいぞ」
「まあ死ななくて良かったじゃないか」
ルウの背後から伸びをしながらリックがやってきた。
「リック。お前のおかげだ。ありがとうな」
ネオは歯を見せて笑顔を浮かべると、リックの肩を叩いた。
「ただのボランティアさ」どこか照れ臭そうにヘルメットの影で己の顔を隠して呟く。
「ロッドには逃げられちまったけどな」
「でも元気そうだったね。あの調子じゃ薬もやってなさそうだよ」
「……そうだな」先刻のロッドの残酷な審判を思い出すと手放しで頷く事が叶わなかった。
*
三人は寮に戻る前に、コンビニでアイスを買って公園の噴水の前でたむろした。噴水の中には、どういう原理か光る小魚のロボットがヒレを瞬かせている。
ネオは地べたにしゃがみ、長方形の塊を齧って今夜の出来事を思い返した。というのもあのジェリーというロボット。明らかに今まで闘ってきた機体とは異質だった。
「あのロボット。異常だった。ついに政府は腹の中を見せてきやがった」
ベンチに座り、リックは噴水の魚を眺めながら答えた。
「きっと表向きの会社とは別に、極秘の製造施設がある。そこをバンしない限り、この騒動は永遠に終わらないだろうね」
「なあ、そう思うだろ?多分。俺達は実験されてるんだ。軍事用ロボットと闘わされて。いつか戦争で通用するか……クソ、統帥に文句言ってやる」
「無駄だ。俺達の言葉など、家畜の鳴き声にしか聞き取らんだろう。シヴァを辞めるか問われるだけだ」リックはベンチの傍で瞼を閉じ、アイスを一口しゃくりと鳴らして言った。
確かにルウの言う通りだった。ネオは自分の頭をくしゃくしゃと掻き毟る。
「あー、なんか気が滅入るな。久しぶりにドライブでもしてぇなあ」
「お、いいね。久々に風を切りにいきますか」リックは意気揚々と。
「最近可愛がってなかったしな」さもやる気のある顔をしてネオはさっさとアイスを食べきってしまうと腰を持ち上げながら伸びをした。
「ルウも行くだろ?」
問われると、小さく笑みを含んで「程々にな」と頷いた。
ネオはネットグラスから自身の航空バイク、愛称ギデオンを呼び寄せる。他の二人も同様に愛車を呼んだ。ところが次の瞬間、事情が変わってしまった。
「ネオ! リック、ルウ! 」
肩口までの髪を揺らした、細い足をした女子が向こうから手を振って駆け寄ってきた。
「ト、トルネっ」ネオは突然顔を赤らめてひっくり返るような声を上げた。
「な、何でこんな所に? 」
「たまには夜の散歩をしたくなって」
「明日学校なんじゃねえのか」
「ネオって、先生みたいな事言うね。明日午前は通信だからいいの」
トルネはクスクスと笑った。その笑顔に気を取られていると、モーターの音が鳴り、視線を横に向けるとリックとルウは既に自分達の愛車に跨っていた。
「あ! おいっ」
慌てるネオに、リックは気を回すように声をかける。
「僕達は先に行くから二人で空の旅楽しんできてね。トルネ。ネオのことよろしく」
ネオが何か言おうとする前に、二人の車は空へ向かって浮き上がり飛行してしまった。二人きりで残されてしまうと、途端に気まずく、心臓も体温も本調子でなく狂って、どうしようもなかった。いつもの調子を装ってゆらゆらと体を揺らしてみるものの、返って不自然な格好になる始末。
「行っちゃったね。ごめんね、私邪魔しちゃったかな」
と、トルネが言うとネオは首を横に振った。
「いや、いいんだよ。あいつらとは嫌ってほど顔見合わせるんだ。あー……」
咳払いを一つして、乾いた喉から絞り出すように呟く。
「良かったら、後ろ乗れよ。家まで送ってく」
と言ってネオは、着地しているギデオンに跨った。
「いいの?」
「ロボットに襲われでもしたら大変だし。市民の安全守るのがシヴァの役目だから」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
そう言って、笑顔で後部シートに跨ったまではいいが、両腕は腰に巻かれ、背中に当たる胸部の小さな膨らみやら、髪から香る甘い匂いやら、全てが直接的に五感を擽るような、ほぼ距離感ゼロの状況に、ネオの心臓と体温は勢いを増すばかりであった。
だがそんな顔色は見せまいという妙な思春期の意地で下唇を噛み締め、そして冷静に見えるように指紋認証をクリアし、車体を唸らせた。
―――――――――――改稿
*豆知識
・Gメイト……レベルの低い貧困層の人々は安くて栄養価のあるものを食す。リックは元々レベル2の生活水準だった為、その名残でGメイトをよくおやつ代わりにしている。中身は……秘密。
・ネットグラス……インターネットや通信手段、様々なテクノロジーを可能とした最新型ホログラム。目元を覆うため、グラスと名前がついた。