その5
シンガポール楽しかったよww
その5
「うっ……うう…」
マットの上に叩きつけられていたネズミはやっと目を覚ました。自分は確かメリスを救おうとして、情けなく吹っ飛ばされたのか… まあ無理もないアレがなかったのだから。 ネズミはグッとまだ微かに痛みの残っている頬をさすり、数回頭を振るった。 あれからどれくらい経っただろうか…
ネズミは辺りを見回す。 そこにはメリスの姿もノイハウスの姿も無い。
(マズい…あいつまさか!)
ネズミはすぐに跳ね起き、1人の囚人に大男と少女の行方を訪ねた。 聞くとトイレの方へ行ったと言う。
(あの子のことだすんなり受け入れるわけが無い…マズいぞ、これはマジにマズい!)
ネズミは尋ねた囚人を跳ね飛ばしトイレへ走る。
「メリス大丈夫かッ!」
ネズミはトイレのドアを開けた瞬間に叫んだ。それと同時にドアを開けた瞬間、ネズミの目に飛び込んで来たのだ。白眼を向いて仰向きに倒れたノイハウスと同じように倒れた取り巻き、そしてトイレの奥の壁に放心状態でもたれかかったメリスの姿であった。
「な、何があったんだ……」
ネズミはノイハウスを避けながらメリスの元へ向かう。床を見ても水が落ちているだけで血は流れていない。
「おい、大丈夫か?」
ネズミはメリスの肩を揺する。 見る限りでは服には乱暴された後はなくなぜこのような状況になったのか、それは全くを持って分からなかった。
メリスの顔は何か一点を見つめたように放心していた。
ネズミがとりあえず彼女の部屋へ運ぼうとメリスを担ごうとしたその時、メリスが右手に蛇口が握りしめられているのを発見した。
「なんだこれ…」
ネズミは右手に握りしめられていた蛇口を取り上げ眺める。 蛇口には特に変わったところはなく普通の蛇口であった。しかしそれは洗面台から引きちぎられるように取り外されていた。
「こいつが…? まさかな…」
ネズミは蛇口をポンと放りメリスを担ぎ上げた。
その時、ネズミは個室便所の中で震えている取り巻きの1人を発見し、
「一体何があったんだ? 答えられる状況じゃないか…」
と声をかけた。
「銃から…銃から水の弾丸が…水の…」
取り巻きは意味不明な言葉を発した。
「水の弾丸…?」
ネズミはメリスを背負ったまま首を傾げた。
少女の腕では受け止められないほどの強力な衝撃の後、目を瞑り顔には血?が飛んで来た。でも血にしては冷たく粘度が弱かった。
そして再び目を開けた時には目の前には倒れたノイハウスの姿があった。 そして自分の顔についていたのも血ではなく…水?…そうだ水だ。 あの時発射されたのは圧縮された水だったのか…それから…それからは……
そこから先はなぜか思い出せない。 思い出そうとすると頭が痛くなる…なんだこの感覚は……
その瞬間、メリスは目を覚ました。
無機質な鉄板製の天井。天井からぶら下がる白熱灯は船室らしく独特の加工が施されている。そうか自分は船に乗っているんだとメリスは改めて気がついた。
「お目覚めの気分はどうかな?」
不意の声にメリスは状態を起こし部屋を見回した。 視線の先には男がコーヒーを入れながら立っていた。ネズミである。
この男、何処まで図々しいのか…メリスはため息を付いた。
「まるで彼氏見たいなセリフね…勝手に人の部屋に入って来ておいて」
「まあそう言うなよ。俺はおトイレで倒れていたお前をわざわざここまで運んだんだぜ」
この男が助けてくれたのか…メリスは感謝の言葉を放とうとしたがそれは喉元まででまた飲み込んだ。 それを言えばこの男が調子に乗ると思ったからである。
「でもお前もなかなかやるネェ…あんな大男と4人をぶっ倒すなんて」
ネズミはコーヒーを2つのカップに注ぎながら言った。
「多分……でもあんまり覚えてない…のよ…」
俯きながら言うメリスにネズミはコーヒーを差し出した。 メリスはそれを受け取る。
「砂糖は何個いる?」
「失礼ね……ブラックで飲みます」
メリスはブラックコーヒーもといコーヒー自体苦手であったが強がった。バカにされるようで嫌だったのだ。
「やっぱりね。君みたいなのはブラックを飲みそうだ」
ネズミは笑いながらコーヒーを口に運ぶ。メリスも気づかれぬようにコーヒーを口に運び無理やり飲み干した。
「一つ………聞いていいか?」
ネズミは少し溜めて言った。声のトーンが明らかに今迄とは違っていたのでメリスも身構える。
「何…?」
「今までに何か不思議な力を発揮したことはあるか?」
「不思議な力…?」
「ああそうだ。例えば…動けと思った物が動いたり…瞬間移動したり…」
その言葉にメリスは笑いながら答えた。
「もしかしてバカにしてる? まさか私がエスパーか何かだとでも言うの? で、サイキックを使って悪党をばったんばったん…」
「いや、ないならいいんだ」
今までならばポジティブなツッコミを入れていたネズミだったが今回ばかりは冷静に答えた。
「なんなの…」
「なんでもないよ。少し気になっただけさ。あの大男をどうやって倒したのかってね」
メリスは正直に話そうと思ったが自分ですらなんだったのか分からない為、説明しようが無い上に自分でもその事実を喋ってしまうことが怖かったのだ。そして、この一件よって自分の殺人の罪がますます信憑性を帯びて来ていた。だからなんとしても認めたくなかったのだ。
「あ、あの大男が滑って伸びちゃったのよ多分…全く笑っちゃうわ」
メリスは無理に冗談を言って笑った。
「そうだな。 まああんな巨大じゃバランスも取りにくいだろうしな」
ネズミも今まで通り笑ったことにメリスはなぜか不思議と安心感を覚えた。
「そろそろ夜明けだ。朝になれば島に着く」
「ナイネトラズか…」
「あっちに着いたらとりあえず俺と行動しろ。さっきの奴みたいなのとかそれ以上にやばい奴がいるからな」
「なんか守ったみたいなこと言ってるけどあなたは情けなくワンパンで気絶したってことを忘れないでね」
「ま、まあ久々だったから慣れて無かったんだな。普段の俺ならあんな雑魚……と、とりあえず船が港に着いたら身体検査と囚人番号を言い渡されるけどそれは無視していい。 それが済んだらゲートから街に解放される。とりあえずお前はそのゲートの前で待っててくれ。俺が後から向かう」
「まあいいけどさ、なんでそんなに私のこと気遣うの? 言っとくけど何もないわよ」
「やれやれ、俺はそんな奴に見えるか?」
「うん。見えるわ」
「はぁ〜…最初に言ったとおり俺はお前みたいな可哀想な子を見ると放っておけない、いい性格なんだよ」
「ったくなんてウザい奴なの……」
メリスがボヤいたと同時に窓から日光の光が差し込んで来た。
ーー続くーー