黒の騎士の話をしよう。③
①、②を読んでからお読みいただければと思います
捻れ曲がるは神の槍。
銀翼の剣は勝利の宣告をはね除ける。
神を怨み、世界を怨み、そして己を怨んだ子供達の想いの結晶体。
滅び行く身体に抗い、薄れ行く命火に抗い、絶対的絶望に抗った小さな勇者達の命を背負い、黒騎士は希望の剣を降り下ろす。
触れるもの全てに災いを。
犯すもの全てに抗いを。
呪いという概念の中にある、生きたいという渇望。
その思いに答えるべく、黒騎士はここにいる。
「こ、の―――道化風情が―――!」
『王』の怒りは天を突く。神話の象徴、その原点。数多の英雄を育て、殺し、君臨した一柱神にこれ程までに牙を剥き、爪を立てたモノが、名も無き英雄であるなどあってはならない―――!
「くたばれ贋作の英雄がァァアアァァアァ――――ッ!!」
絶叫の果てに空は裂け割れる。
捻れ曲がった誓勝宣告が今一度赤い光を放つ。
同時に、銀翼の剣の羽が散る。
そのたびに、誰かの嗚咽が反響する。
しかし、その爆心のただなかで、黒騎士は笑っていた。
ああ―――今を、生きている。
これまで脳裏に巻き付いていた黒い影は見当たらない。
思考は完全にクリアだ。
何故戦わなければならないのかを思い出した。
思考と身体を覆っていた鎧が打ち砕かれた瞬間に。
勝つことは最早眼中にはない。
あるのは、『みせてやる』という想いだけ。
見せてやる。この想いを。
見せてやる。この希望を。
魅せてやる―――このあまりにも純真な生への憧れに―――
黒騎士の左肩が吹き飛んだ。
荒れ狂う風に薙がれただけ。それはなんと出鱈目か。
顔の左半分が焼け落ちた。
黒い雷が掠めただけ。
凄惨な有り様だった。
一、黒騎士の胸は空洞が開いている。
一、黒騎士の皮膚は焼けただれている。
一、黒騎士の顔面は半壊している。
一、黒騎士の左肩は引き千切られている。
一、黒騎士の右足は圧潰している。
一、黒騎士の腹は抉られ、臓器が零れ出している。
その数多の敗北を、生きる意思で捩じ伏せる。
ついに右腕がひしゃげた。
持ち手のいなくなった銀翼の剣は重力に身を任せ、
黒騎士の口に掬われた。
腕が無いなら足を使え。
足が無いなら口を使え。
黒騎士の身体は、もう数秒も持たないだろう。
それでもなお、黒騎士は敗北に抗い続ける―――!
「―――、――ぇ―」
不協和音。
何万もの虫が羽ばたくような声。
「か――、――せ」
それが黒騎士の言葉だと気付いた時、大地が啼いた。
それは、偉大なる敗者の――子供達の言葉。
黒騎士の口を使い、彼らの想いを吐き出していた。
『宇宙飛行士になりたかった』
『ケーキ屋さんになりたかった』
『冒険家になりたかった』
『お母さんになりたかった』
夢がある。死してなお思い描く夢がある。
その夢を叶えるため、子供達は願うのだ。
さぁ、僕らの英雄よ。
『神を、殺せ―――――ッ!!!!!』
銀翼は金翼へ。直視し難い光が瞼を焼く。
その光が収まった時。
『王』の玉座は半壊し、誓勝宣告は砕け折れていた。
そして―――
黒騎士が立っていたその場所に。
彼が最期まで握り続けた折剣が、まるで墓標のように突き刺さっていた。