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妖魔襲撃

二人は部室を飛び出した。胤も一瞬遅れてその後に続く。

「今のは……?」

「緊急妖魔速報よ。あんたの携帯にもついてるでしょ」

 緊急妖魔速報とは妖魔が発生する直前に携帯が独特な振動をして避難をよびかけるもので、今では法律で全機種の携帯、スマートフォンに設置されている。

原理は妖魔が発生する直前、大きな磁場の乱れが妖魔本体の発生に先んじて出現する。

その乱れを携帯電話が感知できるようにし、配布したものだ。携帯電話自体が電磁波である上に今はほとんどの人間が持っているから、うってつけだった。 

「……それは知ってる。疑問は何で校庭、ということがわかったか」

 胤は走りながら携帯を取り出し、液晶の表示を見るがそこには「妖魔発生、地図の矢印の経路に従い速やかに非難してください」という文字と地図の表示しかない。

「野次馬を防ぐために詳しい場所を特定せず、パニックを避けるために避難経路を図示するのはわかる。先輩たちの携帯は特別製?」

「さすが、胤ちゃんは頭がいいね。退魔師、退魔師見習いの携帯には妖魔がどこに出現したかと、その退魔師は至急そこへ向かうべきか住民の避難を誘導するか、どっちかの指示が出るんだ」

 疾風は走る速度を上げながら、携帯をほうって胤によこす。そこにはこの学院の周囲のかなり縮尺の細かな地図と、いくつかの点が表示されており、そのうちの二個の点が運動場に向かっている。

そして運動場に禍々しい赤さの点がひとつだけ表示されていた。

 三人が走っていると、校内に設置されているスピーカーから声が流れてきた。

三人は走る速度を緩めずにその声に耳を傾ける。

「妖魔が近くに発生しました~。生徒さんはみんな、大至急体育館に避難してください~。繰り返します……」

 スピーカーからおっとりとしたというか間延びしたというか、女性というよりも幼女に近い声が聞こえてきた。

「学園長だ」

 学園長の声とともに廊下を歩いていた生徒、教室に残って雑談に興じていた生徒、グラウンドに見える野球部やサッカー部などの部活中の生徒は表情を強張らせ、早足で体育館の方向へと駈け出した。

 グラウンドの生徒たちは泥だらけの服装のままバットやボールといった道具を運動場の隅に置いて走る。

「……行動が早い。それに迷いがない」

「授業の一環で避難訓練はやってるしね、それに避難訓練といっても小学校のとは比較にならないわよ。整列、駆け足から始まって避難時の事細かなところまで徹底して指導されるから」



 ボールが周辺の道路や民家に飛び出さないためのフェンスで一角を覆われた、野球部の使う運動場。数分前まで野球部が青春の汗を流していた運動場には、無数の足跡だけを残して疾風たち三人以外は誰もいなくなった。

 運動場の中央で、今まさに妖魔が発生しようとしていた。

 西に傾いた太陽が照らす運動場で、光が寄り集まる。

 光といっても携帯の液晶の光でもLEDの光でもなく、魔力光でもない。

 おそらく人間は決して作り出せない、禍々しさに満ちた色。黒にも灰色にも似て、光が吸い込まれていくような錯覚を覚える。

「あれが、妖魔の発生……」

 胤はいつもと全く変わらない調子で呟くが、寄り集まった光からは一瞬たりとも目をそらしていなかった。

 疾風は戦闘に向けてうるさいほどに高鳴る鼓動と、汗ばむ手のひらを感じる。

碧は黒い宝石のような瞳を鋭く細め、小さくつばを飲んだ。

やがて光は形となって、妖魔が出現した。

 今度の妖魔は金属ゴミをより合わせて人間の形にしたような感じだ。リヤカーのタイヤが人間でいう太腿辺りにはめ込まれて足の代わりに地面を捉えており、腕は人の腕ほどの太さのドリルで作られ、頭部と胴体は缶やくず鉄、釘やネジなどが寄り合わさってできている。

「……変な形」

 初めての実戦というのに、胤は場違いな呟きを漏らす。

「外見で判断したら駄目よ。あくまであれは妖魔、人を傷つけて、殺す存在」

「……失礼。それより、同じような妖魔と戦ったことはある? あるなら戦いやすいと思って。妖魔の写真は何千か見てきたけど、あんなのは初めてだから正直とまどってる」

 とまどってると言うわりには胤の口調はいつものように淡々としたままだった。

「あるけど、せいぜい金属が寄り集まってできた、ってくらいしか似てないな。それに形が似ていても攻撃方法が同じとも限らない。妖魔をパターン化するのは無意味だと思う」

「……わかった」

「でもみんなさすがに行動が早いわね。街中だとこうはいかないわ」

「他の班は皆出払ってるみたいだね、僕たち以外にだれもいない」

運動場から校舎内部を見上げても、一人も見当たらない。皆校舎の奥に避難しているのだろう。

「……でもさっきの放送を聞いた時思ったけど、妙。退魔師を養成する学園なのに、なぜ間近で見学させない?」

 胤が横目に校舎を見上げながら呟く。運動場に面した校舎には誰の姿も見えなかった。

「妖魔が出現したら、退魔師か退魔師見習い以外は全員非難が原則だから、マニュアルどおりにしたまでだと思う。土壇場で変更すると混乱が起きるしね。それに妖魔は人を見つけると手当たり次第に襲ってくるから見学させると、校舎のほうに向かってくる恐れがある」

「……合理的」

 胤は納得したように呟く。

「……もう一つ気になる。ここは退魔師を養成する学園。退魔師の教師が間近にいるのに、なぜ教師が迎え撃たない? 危険性を考慮したら、見習いよりベテランが迎え撃った方が合理的」

「僕も同じような質問を学園長にしたことがあるよ。退魔師見習いなんて制度を作ってまで、なんで未熟なはずの学生が妖魔の相手をするんですか、って。プロの退魔師が全ての妖魔をなんで迎え撃たないんですかって」


「できる生徒だけでも~、実戦をガンガン積ませて経験を積ませるためです~。そうしたほうが即戦力ですからね~、即戦力が求められるのは一般企業だけじゃないんですよ~」

「わたくしは反対なんですけど~、近々退魔師見習いだけでなく飛び級の制度も作って、早く卒業させて退魔師が少ない地方に派遣しようって話も出てるくらいですから~。退魔師の絶対数にあまり余裕がないので~」


「……成程。兵隊の数が足りない、そういう問題」

「でもなんだか妙ね。今まで五行院学園の敷地内に妖魔が出てきたことなんてなかったのに」

「今はそんなこと考えている暇、ないよ」

 校舎を見上げていた校庭の妖魔が、視線を下ろして三人の方を向いた。人を見れば襲い、傷つけるだけの存在がその目標を三人に定める。



 急に体育館に集合するように指示された生徒たちは、当然のことのように騒然となっていた。

 誰もが大丈夫か、これからどうなるのかと口々に不安を呟きあい、友達が逃げ遅れていないかと心配になり必死に携帯でメールを打つ生徒もいた。

 国旗と校旗が掲げられた体育館壇上に小柄な女性が立った。

「はい~、皆さん落ち着いてください~」

 女性は手をぱんぱんと鳴らしながら、生徒たちに呼びかける。

「学園長」

 たったそれだけのことで、騒々しかった体育館内は一瞬で静かになる。

 学園長というからには年をくっているはずなのにその外見は二十代前半にも見えないほど若く見える。

 高価そうなブローチを胸元にあしらったスカートタイプのスーツに身を包んでいる。胤よりやや高いほどの身長なのに、胸は藍よりも大きい。アップにした髪をバレッタでまとめていた。

「皆さん放送で聞かれたかと思いますが~、この付近に妖魔が出現したので急きょここに避難してきていただきました~。ちなみに場所はこの学園の運動場内です~」

 体育館内がどよめく。

「はい、皆さんお静かに~。あ、避難していない生徒さんがいないか、ほかの先生方が探し回ってくださってるから心配要りません~。それよりもここに集まってもらったのはもう一つ大事な目的があります~」

 学園長はそう言いながら片手の人差し指と中指を交差させ、魔法を詠唱する。

「五行の一つ、万物を潤すもの、彼方の景を、我が前に顕したまえ」

 体育館に突如、十メートルほどの水の壁が現れる。

その水の壁にまもなく、五行院学園の運動場と、疾風、碧、胤、そして妖魔が映っている映像が現れた。魔力の「対象」を制御して、運動場という戦場と体育館という後方基地に魔力の対象を定めて操った。

「対象」制御の魔法は感知系、探索系、感覚強化系、などだ。

「ごらんのとおり、梔子疾風さん、青葉碧さん、倉敷胤さん、以下三名の第三班の皆さんが戦っています~。みなさんにはこの戦いを見学していただきます~」

 生徒は水を打ったように静まり返る。過去の妖魔との戦いを写した映像は授業で見たことがあるが、実戦の生の映像、しかも知り合いが戦っているのを見るのは初めてなのだ。

 一人も例外なく、視線を映像へと向けた。

だがその中の何人かはほくそ笑んでいた。

――――――梔子疾風など、基礎の基礎の魔法しか使えないおちこぼれ。大勢の前で戦いを見られれば、化けの皮が剥がれる。その時がチャンスだ。疾風をクビにして、自分が退魔師見習いに成り替わってやる。


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