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英雄の負の側面

戸を開けて教室に入る。

「あら、おはよう。落ちこぼれ」

 戸を開けるや否や、疾風は嘲りの言葉で出迎えられる。その言葉とともに教室内にいた他の生徒も疾風の方を小馬鹿にするような視線で一瞥する。

 嘲りの言葉を発したのは戸のすぐ近くの席に足を組んで腰かけていた女子だった。

 細く長い脚に黒のストッキングを履き、人差し指を口元に当てて笑みを浮かべている。

 肩まである髪を銀色のピンで止めている。

 高い鼻、その下の小さくつぼんだ滑らかな唇、白い陶器に薄紅を刷いたような皮膚、ブレザーを押し上げる形の良い胸は美少女と言って差し支えなかった。

だが目の奥にある人を見下したような光がその魅力を幾分殺いでいる。

 彼女は祇園藍といった。疾風や碧のクラスメイトで、「水」属性の魔法を得意としていた。

 疾風は苦笑しながら側を通り過ぎようとしたが、碧はそうしなかった。

「なによ、いつものことながらずいぶん偉そうな言い草ね、藍」

 碧は足を止めて椅子に座ったままの祇園藍を正面から睨みつける。両の瞳は怒りに燃えていた。

「だって本当のことじゃないの。ナイチチ」

 藍は碧の胸を見ながら言葉を返す。

「うっ」

碧は藍のそれをたっぷりと凝視した後、自分のそれを一瞬だけ見る。藍のそれはおわん形の隆起がはっきりとブラウスとブレザーを押し上げているのにかかわらず、碧のそれは申し訳程度のふくらみしかなかった。

やがて碧はがっくりと項垂れた。勝敗は歴然としていた。

「確かに本当のことね。神様は不公平だわ……」

「あんたの話じゃなくて、落ちこぼれの話。それにナイチチが言うと嫌味にしか聞こえないの」

「当然よね、ナントカはステータスで希少価値なんだから」

 碧は痛々しい乾いた笑いを浮かべた。

「そっちの話じゃないの」

 藍は忌々しげに碧の制服に付けられた退魔師見習いのバッヂを見ながら返答する。

 その視線には強い妬みが宿っていた。

「まあそれはいいの」

藍は足を組みかえて、疾風を横目に見ながら話を戻した。その際にスカートの奥が見えそうになる。

「教師のお情けとナイチチの金魚のフンで妖魔狩りのチームに入れてもらっているけど、魔法なんて基礎の基礎しか使えてないの。高等部の二年になったんだからせめてもっと応用魔法が使えるようになりなさい、なの」

「五行の一つ、万物を潤すもの……」

 藍は片手の人差し指を立て、短く詠唱して指先に蒼い魔力の塊を作り出す。それが手を離れ、ふわふわと豆電球ほどの強さの光が宙に浮いた。魔力は水へと変わり、疾風の方へゆっくりと飛んで行ったかと思うと疾風の額の前でパチンと弾けた。

 だが疾風の額は濡れてはいなかった。髪の毛から生えた数枚の糸瓜の葉が疾風の額を護っている。

「フン、小細工は上手いの」

 藍が右手の人差し指を自分に向けてくいと動かすと、弾けた水は糸瓜の葉の裏へと回り疾風の目に入る。

「痛っ……」

 疾風は目に染みるような痛みを覚えて顔をしかめた。

「それはそうなの、酸性の水だから。ああ、レモン汁くらいの濃度だから眼医者に行く必要はないの」

 碧は机を叩き、藍を睨みつける。

「陰険な真似するんじゃないわよ!」

 怒りに満ちた声に、教室内にいる他の生徒が震えあがる。だが藍は涼しげな顔でそれを受け流した。

「陰険とは心外なの。実戦で困らないように鍛えてあげてるの。もしわたしが妖魔ならあいつの目は今頃使い物にならなくなってるかも知れないの」

「それでもっ……」

 碧はなおも藍に食ってかかる。

「いいよ、碧。祇園さんの言うとおりだ。避けられなかった僕が悪い」

 疾風はやっと目を開けられるようになり、碧の方を見て宥めた。

「それに祇園さんの言うことは本当だよ、僕はしかも枝や葉を作るくらいの魔法しか使えないから」

 疾風と同じ「木」属性の上級魔法となれば、家を突き破るほどの木を創造したり瞬時に地面から竹槍を無数に生やして妖魔を串刺しにしたりするような魔法も存在する。

 教室内にいる同級生にはすでにそれに近い魔法を使える者も存在するのに、疾風は未だそれらの魔法に手が届く実力とは縁遠かった。他の一般科目や座学で点を稼いでいるといっても、高等部の二年に進級できたのは奇跡的だった。

 にもかかわらず、疾風はとある出来事がきっかけで一年前に碧とともに退魔師見習いとして抜擢された。自分より遙かに強い魔法を使う同級生を差し置いて。

 そういった同級生からは常に嫌がらせを受けており、藍はその中の筆頭といってよかった。

「そんなので妖魔狩りをやってるなんて、どんな汚い手を使ったのかしら」

 藍の人を嘲るような色が一層濃くなり、ついに碧が激昂した。 

「少なくとも疾風は妖魔と戦ってるわ、あんたなんて闘ってすらいないじゃない、この口先だけの臆病者!」

 その言葉に藍は色をなし、涙目混じりに碧を睨んだ。

―――――そんなの、わかってる。わたしはスタートラインに立ってすらいないの。

 藍は妖魔狩りに参加することを許可されておらず、戦うことは許可されていない。妖魔狩りに参加することを許可されているのは五行院学園でもごく一部の生徒だけだ。妖魔との戦闘では大怪我をすることも多いので、学園長から許可を貰った生徒でなければ妖魔狩りに参加することはできず、勝手に参加した場合は良くて停学、下手をすれば退学という重い処分が下される。

 事実二年前に一部の生徒が先走った結果、二人が一生の障害が残るほどの重傷を負った。

 しばらく藍と碧は掴み合い、引っ掻きあいの喧嘩を繰り広げる。髪が乱れ、制服のボタンが外れてブラウスの隙間から首筋や二の腕が露わになる。

 鬼神のごとき戦いに、誰も止めに入る生徒はいなかったが担任の教師が入ってきて仲裁に入ったことでやっと治まった。

 一時間目の授業が終わった後、藍の友人が席により、話しかけてきた。

「藍、さっきの大丈夫なの? 授業以外での魔法使用は厳禁なのに。いつ教師が教室乗り込んでくるか、気が気じゃないんだけど」

 その友人は教室の戸をちらちらと見ながら話す。彼女は好奇心から一度学外で強めの魔法を使ったことがある。それを生活指導の教師に咎められ、教師から厳重注意、次にやったら停学だと言われた。

「大丈夫。人に実害を与えたり、犯罪に使われる類の魔法じゃないし、あれくらいの魔法なら生徒同士の自習ってことで許されるの」

 先ほどの喧嘩がなかったように藍は平然と言い放つ。

魔法は使用する人間が限定される以上、常に悪用される危険を孕む。

 事実他国では魔法を使用した軽犯罪からテロリズムまで後を絶たず、妖魔と戦うより人間の退魔師へ割く人員の方が多いほどだ。

 器物破損、傷害からテロリズムまで使用される可能性・実例はあるので妖魔が近くにいない場合、正規の授業以外に魔法を使用した場合は容赦なく刑罰が適用される。

 しかし授業以外に全く魔法を使わないと魔法を使用する際の咄嗟の判断力や創造力というものが育たない、という意見もあり結局ごく軽度の魔法はこの刑罰の対象外となった。 


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