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実戦

 それから十年後。

 大きな川が中央部を流れ、海に面した街。夜の闇に逆らうかのようにネオンが輝き、繁華街が隆盛を極めるそのさまは先進国ならどこにでもある不夜城。

 その中心部から少し離れた場所。一本の大通りと、それに面するマンションやスーパーが立ち並んでいる。地下鉄駅の出口から仕事帰りのサラリーマンや学校帰りの学生が大勢出てきた。

 不愉快に近い震動音が人という人のポケットやカバンから同時に起こる。

 談笑していた人々は会話を止め、酔って千鳥足の人間は一瞬で目を覚ます。

携帯を一斉に取り出し、そのディスプレイを見る。

皆、一斉に逃げだした。あるものは悲鳴をあげ、あるものは脇目も振らず逃げ出す。地下鉄の駅へと続く階段を駆け下りたり、店の近くにいた者は手近な店へ駆け込んだ。

 その中で二人だけ人の波に逆らって進む者がいた。

 一人は青と緑のチェックのスカートとブレザーに蒼いリボンという制服に身を包んだ少女だった。艶やかに腰まで流れる黒髪は鏡のように街灯と月光を反射し、その瞳は黒い宝石をはめこんだかのように輝いていた。

 もう一人は少女と対照的に目立たない容姿で、街に出れば似たような顔の人間が必ず一人二人はいそうな顔だった。背丈も高くも低くもなく、筋骨隆々でもなければやせぎすでもない。

服装は蒼いネクタイに紺の上下のブレザーで女子生徒と基本的なデザインは同じだった。

 二人とも同じ意匠の制服だったが、菊の紋と数字があしらわれたバッジを胸につけている。

 道行く人々は二人に応援の声をかける人も多かったが、逆におびえたような表情を見せる者もいた。

 二人は十分ほど走り、やがて公園にたどりつく。

 少女の方は公園の入口付近で立ち止まったが、少年の方はさらに公園の中の方へと突き進んだ。

「五行の一つ、万物を灰燼へ帰すもの、地より溢れよ」

 古めかしい口上とは不釣り合いなソプラノボイスが夜の公園に響く。

 その声と共に公園の地面がひび割れて、暗い裂け目から弾丸のような勢いでこぶし大ほどの橙色の炎が放出される。

炎は空間を切り裂くように闇に線を描き、目標に向かい一直線に飛んでゆく。

飛んでゆく先には奇怪なものが浮かぶ。足の長いクラゲのような形をしていて、白く透き通った頭部の下から無数の滑らかな触手が生え、蠢いている。大きさは頭部が半径二~三十センチほど、半透明の触手は数メートルもあった。 

 十年前に世界中に発生し、欧米では聖書の堕天使をもじって「ルシ」、日本では「妖魔」と名付けられた化物の一体である。哺乳類、両生類、機械など色々な形態がある。

妖魔は形態にかかわらず手当たり次第に人間を襲い、時には命をも奪い、そして忽然と消える。

 そしてまたどこかに現れ、人を襲う。世界中でその繰り返しだった。

 そのクラゲ妖魔は触手を数本蛇がのたうつように動かし、炎の攻撃をかわした。炎は火の粉をまき散らしながら闇を切り裂いていくが、空気が抜けた風船のように萎んでゆき夜の闇に消える。後には炎の残像だけが残った。

「そう簡単には当たらない、か。クラゲのくせしてすばしっこい……」

 先刻のソプラノボイスが再び聞こえた。

 公園の白い街灯にその声の持ち主の姿が照らされる。

 軽くリップを塗っただけの唇は瑞々しく、切れ長ぎみの瞳は宝石の如し。

 だが悲しいかな、唯一胸だけはどう見ても標準以下の大きさだった。

 妖魔は攻撃をかわした後、間合いを詰めず、かつ開かずにふわふわと宙空をさまよっている。逃げも攻撃もしないその行動は、攻撃を当てられなかったことを嘲笑しているかのようだった。

「なめた真似してくれるわね」

少女は苛立ち混じりの声で呟く。

向かって左、妖魔の右側の闇から突然石つぶてが飛んできた。といっても何の魔力も込められていない、際立ったスピードもない、ただの石つぶてだ。

だが石つぶてに気を取られたのか、妖魔は触手を動かして再び回避動作に移る。

だがその隙に少女は次の魔法の詠唱を始めた。人差し指と親指を伸ばした形で両手を妖魔に向けて張るように伸ばす。

「五行の一つ、万物の富、天空を切り裂け……」

声が夜空に響き始める。少女の両手から白い光が迸るようにあふれ出し、全身を包み込むほどになる。だが詠唱にしたがって光は凝縮し始めた。

 妖魔はその隙に再び触手を動かして少女に攻撃を加えようとする。触手の一本鞭のような奇跡を描き、少女の首目掛けて飛んできた。

 だが少女はクラゲ妖魔を見据えたまま詠唱を続行する。かわそうとも払いのけようともしない。一切の回避動作を起こさないのに、動揺も恐怖も見られない。

「はっ!」

 少女の声とは全く違う平凡な気合の声が少女の隣から聞こえると同時、妖魔の触手が公園の遊具の影からでてきた腕に弾かれる。腕にはぼんやりと緑色の魔力光を放つ植物が巻きついて腕を護っていた。親指ほどの太さで藤の蔦に似ている。だが今の一撃を受けて大分損傷したのか蔦に裂傷が刻まれ、厚い皮に亀裂が走っている。

 藤の蔓というのは決して脆くはない。太く硬く、曲った木という表現が当てはまり、大の大人が二人がかりで引っ張って千切れるか、という頑丈さを誇る。

そして腕の後から少年が出現した。中肉中背で、容姿も平凡。制服の基本的なデザインは少女と一緒だった。

 少年は少女の首筋や体に目をやり、無傷なことを確かめると安堵したかのように息を吐いた。

「怪我は無いね」

「当り前でしょ、それより次の攻撃に……」

「!」

 妖魔は弾かれた触手に加えて数本の触手を、蛇が襲いかかるように伸ばす。少年の右から、左から、上から触手が迫る。胴体と同じく透明の触手は街灯の光を受けて鈍く、禍々しく輝く。

 だが少年は慌てなかった。

 三方から襲い来る触手をすべて視界内に捉え、先ほど受けた攻撃の強さ、今までに見たスピードと照らし合わせて軌道を予測する。

 といっても軌道を完全に予測できるはずもない。だが少年はこの攻撃を完全に防ぐ魔法は持っていなかった。だからかわすしかなかった。

 少女に比べれば少年は弱い魔法しか使えない。

 足のバネではなく体幹からの動きで、触手が襲ってこない方向に体をかわす。妖魔の触手は虚しく空を切り、数本がぶつかり合って同士討ちする。

 その隙に少年は片手の五指全てを伸ばして掌をやや内側にすぼめ、朝顔の花のような形にして短く魔法を詠唱する。掌から淡い緑色の光が霧のように浮き上がる。少女と比べて光は弱く、小さい。だが光はすぐに掌の中心で凝縮され、魔力の光はやがて色形の変化とともに実体化し、毬栗の形へと変わる。

魔力によって生み出された毬栗は本物の毬栗よりも硬く、重い。少年は手裏剣を打つようなコンパクトな動きで素早くそれを妖魔へと投げつけた。

一見手投げにしか見えないフォームにかかわらず、鋭く勢いよく妖魔へと飛んでゆく。

 だが妖魔は触手の一本で毬栗を全て、やすやすと弾いてしまう。弾いた触手には数か所掠り傷のような線が入っているだけだ。触手が透明なので入った線が街灯の光に照らされ、よく見える。

自分の魔法ではこの妖魔にかすり傷程度しか負わせられない。それを知りながらあえて攻撃を繰り返し、妖魔の攻撃はその身に受ける。

 少年は自分の成すことを心得ていた。

 妖魔は少女の方に触手を伸ばそうとするが、少年はすかさず棘付きの枝を生み出して槍のように伸ばしてけん制する。

 妖魔は少年へと矛先を転じ、数十本すべての触手を四方八方より向けてきた。無数の透明な鞭の中に少年は放り込まれる。

 右、右上、左、足元、あらゆる方向から鈍い音を立てながら触手が少年に襲いかかってくる。

 少年は腕の枝を伸ばし、腕を振り払い、体捌きも併用してその攻撃をいなそうとする。

 だが触手の数が多く、今度はかわしきれなかった。

妖魔はすべての触手を使って少年の腕を縛り上げてくる。更にそのまま他の触手も伸ばし、無数の蛇のように襲い来る触手が少年の両手両足全てを拘束した。

 弾かれた半透明の触手には傷一つついていなかった。動きも鈍っていない。そのまま少年の四肢を、右腕は藤の枝ごと締めあげてくる。

 少年は痛みを皮膚に、肉に、さらにその奥の骨にまで感じた。

「両手足、引きちぎる気だなっ……」

少年の四肢は街灯の明かりでもわかるほど赤黒くなってゆき、魔法の蔓で守られている右腕以外は触手の下から血が滲み始める。

 だが少年は苦痛に顔をゆがめることは一切しなかった。ただ少女の方を向いて、笑みを浮かべた。

「詠唱、そろそろ終わるころだよね」

「刃の下、敵を屠れ」

 詠唱の終わりとともに白い光は鎌の形状に凝縮され、少女の手の中に現れる。大きさは少女の前腕部ほどで、少女の体を街灯とは違う色で照らしだす。

猛烈な勢いで回転し始めると同時に少女の手元を離れて、野犬の遠吠えのような刃音を立てながらクラゲ妖魔の方へと回転しながら飛んでゆく。

先ほどの弾丸のような炎よりもスピードは遅い。だが遠吠えを思わせる唸りは破壊力を感じさせた。

妖魔は再びかわそうと触手を動かすが、空中でつんのめったように動きを止めた。拘束した少年が重しになってかわすことができないのだ。

妖魔は他の触手全てを束ね、自分の頭部と回転する鎌との間に割り込ませた。

 だが束ねられた触手に鎌が触れるや、少年の攻撃にびくともしなかった触手は豆腐を包丁で切るかのように切り裂かれる。同時に少年の四肢への拘束は解けた。

 少年は顔に安堵の表情を滲ませ、軽く息をつく。

触手すべてを切り裂いた後、頭部も豆腐のように綺麗に切断された。

同時、妖魔の身体は霧のようになって夜の闇に消えていく。

だが鎌の勢いは止まらない、そのまま延直線上にあった公園の木の枝も切り裂く。大人の腕ほどもある枝が奇麗に両断され、派手な音を立てて地面に落下した。

だがその直後白光の鎌は急激に光を失い、闇夜に溶けるように消え失せた。


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