金属バット
「安保はんたぁぁぁァァァァァァーいっ!」
ブルンッ、スパーン!
「ストライーク、バッターアウッ!」
土木用の黄色いヘルメットにサングラス、口元を手ぬぐいでおおった男はバッターボックスを外すと、とぼとぼとベンチへ帰ってきた。力無く引きずるバットのカラカラという甲高い音だけが彼の歩みを追う。背後から斜陽が、若き日の輝きを失ってしまった男を照らしていた。
「やはりお前はこれじゃないとダメだったんだよ」
ベンチの仲間はそう言って男に釘付きバットを差しだす。
男は何も言わずかぶりを振るにとどめた。
「どうして、なぜこいつを使ってやらなかったんだッ!」
釘付きバットを握った選手が、目に涙を浮かべてしつこく男に詰め寄った。
男は引きずっていた鈍色のバットをそばの壁に立てかけると、ベンチに崩れ落ちるように座って遠くの山と空を見た。
「……時勢だよ」
ひとしきり夕日を愛でた後、それだけ言った。
遠くで、審判が試合終了を告げていた。
「俺達は、負けたんだ」
そう言って天を仰いだ男の頬を一瞬だけ滴が伝い、すぐに隠れた。声がこもっているのは、口元を隠す手ぬぐいのせいばかりではない。
男の隣りではとげも温かみもない丸い空洞バットが傾いた日の光を反射しているだけだった。
おしまい
ふらっと、瀨川です。
他サイトのタイトル競作に出展した旧作品です。2004年作品。
特に安保運動やらを賞賛しているわけではないです。