3話
8/11ヒロインちゃんの名前を間違えるというありえないミスをしてました汗。
ご指摘頂きありがとうございました。
空は快晴。時刻は6時25分。ふふふ、今日も目覚ましに勝ってやった。クローゼットから制服を取り出して、さあ2日目が始まる。
髪のセットもいつもよりうまくいった気がするし、今日の朝ごはんもおいしかったし、よし気合十分!だから、これから聡ちゃんと気まずい登校が待っていたとしても乗り切れるはずっっ!
「お嬢様、雌黄様ですが本日は急用により早めにご登校されるとのことです。ご一緒に登校できず申し訳ないとの言付けを頂いております」
なんと!それは助かった。けど平さんは私の心も読めちゃったりするのだろうか。
「そうですか、わかりました。ではうちの車を手配お願いします。今日は帰りも迎えをお願いしますね」
「かしこまりました」
昨日、車での会話を都合よく忘れているわけもなく、家に帰って覚醒した頭で思い出して恥ずかしさに悶絶した。いくら寝ぼけていたとはいえ、なに言ってるんだ私。会話になってないし聡ちゃんも戸惑っただろうな。
鞄を持って車に向かうとやっぱり平さんが先にドアを開けて待っていてくれた。聡ちゃんの家のものよりはちょっとランクの下なうちの車に乗り込んで、滑るようにとはいかないもののスムーズに発進する。前世の一般人感覚だと車で送迎ってだけでも凄いのに、車の乗り心地まで分かるようになってしまった。私もだんだんお金持ち感覚が身についてきたのかしら。
窓の外を流れる景色をぼんやりと眺める。そういえば一人静かな車内での登校は久しぶりだな。聡ちゃんに言っちゃったことはもうしょうがない、忘れたふりでやり過ごそう。一応は一緒にいてもいいって言ってたし、これも考えても仕方ないと思うことにする。たとえ乙女ゲームの世界だってここは現実、モブだって好きにふるまっていいよね。
「お嬢様、到着致しました」
運転手さんの声にはっとして、外を見るともう学校に着いていた。綺麗な桜並木は相変わらず、昨日ほど混みあってなかったから校門の前までつけてもらえた。やっぱり勘違いではなく、校舎は前世の記憶そのままだった。ぐっと気合を入れなおして、自分のクラスへ足を向けた。
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「はい、次の人どうぞ」
宣言通り、今日のはじめの授業はHRとなっていて、はじめに自己紹介が行われている。あんまり人の名前を覚えるのが得意じゃないから、頑張って顔と名前を頭にいれなくちゃいけない。
「初めまして、真白鈴音です。柊高校へ入学できてとても嬉しく思ってます。一年間よろしくおねがいします」
無難な挨拶でまとめたその子から目が離せなかったのはその子が美人さんだからでも、可愛らしい声をしているからでもない。昨日の夜にもう一度目を通したクラス表に探していた名前を見つけて今日会うだろうことはわかっていたけれど、実際目にするとなんとも言えない。ヒロインと同じクラスだったとは。
ヒロイン――真白鈴音さんの名前だけはゲームをやっていない私でも覚えていた。OPムービーで攻略対象達と踊るヒロインが可愛らしくて、唯一ヒロイン関係のグッズを買ってしまったくらいヒロインのキャラデザ(見た目)が好きだったのだ。昨日は他の外部生に囲まれてたからちらりとしか見えなかったけど、改めて見ると可愛いな。やや茶色がかったセミロングのふんわりウェーブしてる髪に可愛らしいけどどこか芯の通った強かさが垣間見えるぱっちりとした瞳、思わず守ってあげたくなるような小柄な体格。これで頭も良いなんてヒロインとは超人のことなんだろうか。うちの外部入学試験って難しいって有名だったと思うんだけどな。
自分の自己紹介も無難に終えて、そのまま校舎案内としてクラス全員ぞろぞろと行進したらHR終了。その後は通常授業が始まり、初日から苦手な数学に宿題が出た。ゲロゲロ。
あっという間に2日目午前中が終わり、昼休みのチャイムが響いた。これまでの学校生活とさほど変わらない様子に、拍子抜けした。もしかしたら何かしらのイベントが発生してたのかもしれないけど、ゲーム内容を知らない私には残念分からない。あの可愛い真白さんが誰を好きになって攻略するのか気になっていたんだけども。ちょっとだけ。ほんのちょっぴりだけ。
「恵美ーお昼どうする?」
「もちろん学食!高校の学食って三ツ星レストラン並みに美味しいって噂を確かめに行かなきゃ」
「はいはい、じゃあ本格的に混みだす前にさっさと行きますか」
中学校までの学食も美味しかったけど、それ以上に美味しいなんて楽しみだ~。あ、イベント云々はとりあえず置いておこう。私が関わるイベントなんてまず無いだろうし、真白さんをストーキングするくらいしか確認しようがない。これまた考えても無駄なことだ。とりあえず、お腹がすいた。
食堂は思った以上に豪華だった。食堂というよりも高級レストランのような雰囲気に気軽に食べられるワンプレートものから軽食、持ち運びできるランチBOX、オードブルからデザートまでのコースまである。一体どういう人たちが学食でコース料理食べるんだろう。前世感覚だと学食にはあり得ないお値段なんだけど。
私はふわっふわの卵が乗ったオムライスのワンプレート、涼子はチキングリルバジルソースのワンプレートを頼んで、かろうじて空いていた席についた。驚くことに、出来た料理は席まで運んできてくれるらしい。さすがセレブ。
「混んでるねぇ」
「座れてよかったわ。あいてるから注文できたんだろうけど、別々の席でとか嫌だしね」
「ううーお腹すいた。まだかな」
「きょろきょろしない。ついさっき注文したばかりなんだからまだ来ないって」
涼子に窘められつつウエイターの姿を探すと、入り口に一際目を引く美人さんを見つけた。真白さんだ。外部生の子何人かで楽しそうにお喋りをしている。席の空きがあるか聞いて、あ、あの顔は空きが無いって言われちゃったな。しょんぼりした顔も可愛いな。あれ、私の方指さしてる?いや、私の右横のテーブルか。わ、ウエイターに何か言って小走りでテーブルに向ってきた。食堂は走ったら駄目だと思う。
「よかった、空いてる。皆、こっちこっち、空いてるよ」
そう言って入り口に固まったままの友達に向かって手を振ってる。あー、友達の微妙な顔とウエイターのまずいって顔に気が付かないのかな?
「あなた、同じクラスの真白さんですよね。ここの席がどういった席かお分かりではなくて?」
空いてるテーブルの反対側の席から声があがった。そちらを見ると、同じクラスの紅さんがスッと立ち上がって真白さんの方を向いていた。紅さんは幼稚園からの柊学園生で、小さい頃からその美貌でよく話題になっていた。腰まであるつやっつやな黒髪に色白で華奢な体躯、整った顔立ちでまさに大和撫子と言われてたっけ。
「え、この席空いてるんじゃないんですか?」
「テーブルの上にプレートが置いてあると思いますが、お読みになってみては?」
「えーっと、生徒会専用??」
「そうです。その席は生徒会の皆様専用ですわ。一般のあなた方が使用して良い席ではありません」
「えっそうなんですか!す、すみません。知らなかったので……」
「あら、今日のHRで説明されていたのを聞いていらっしゃらなかったのですか」
そうそう、HRの学校案内で食堂の前で特別な席について先生から説明があった。柊学園では生徒自身にある程度学校運営が任されていて、生徒会となるとその仕事量はもうすさまじいらしい。忙しい時期には昼食をとる時間すらないと言われている為、食堂の一角のテーブルを生徒会専用席として短い時間でも昼食をとれるようにと先生からの救済措置がとられている。小学校から生徒会があるこの学園では当たり前の風習だから気にも留めてなかったけど、外部生からしたらなんだそれって感じだよね。
「すみません……」
「次からは先生のお話はしっかりとお聞きになったほうがよろしいですよ。それに、食堂では走らないようにお気を付けください」
「はい……」
すみません、と言って真白さんがだんだんうつむいちゃってる。紅さんの言ってることは正しいけど、ちょっと言い方がキツイような。そもそも、紅さんってこういう風に大勢のいる前で注意したりする人だったっけ。むしろ、ちょっと失敗しちゃった子に後でそっと指摘してあげてたのを見かけたことがあるんだけどな。
「何事だ?」
偉そうな言葉と共にその場に現れたのは生徒会長様だった。はっ!ということは!これってもしかして何かのイベントだったりするのか?そういえば紅さんってもろに色の名前入ってるじゃん。バリバリ主要キャラってことだよね。ヒロイン以外の女性主要キャラっていったら、ライバル役しかないよなぁ。確かに紅さんは美人だし、ヒロインの前に聳え立つ壁としてはバッチリだ。なるほどイベントだから普段の紅さんとは違った反応をしているのか。……イベントのこの世界への影響力って結構強いんだな。
「立ち上がってどうしたんだ麗奈」
「まあ、隆司さん。いいえ、ちょっと注意をしていただけですの。そちらの方が生徒会専用の席に座ろうとしていらっしゃったので」
確か紅さんと会長は遠い親戚で、家の都合で決められた許嫁だったはず。でも、嫌々許嫁になったわけじゃなさそうだな。あの表情は紅さんは確実に会長に惚れてる。ほんのり色づいた頬が可愛らしい。
「ふうん。別に俺は空いてるときは使ってもいいと思うけど。俺達だって空いてなきゃランチBOXでも買って生徒会室で食べるし」
「そういう問題ではありませんわ。決まりは守って頂かないと」
「あのっ本当にすみませんでした」
がばっと音がしそうなくらいの勢いで腰を90度にまげて真白さんが頭を下げた。
「まあ、そうだな。確かに決まりは決まりだ。それを守るのも俺たち学生の義務だからな。次からは気を付けるように」
なんだ会長って俺様なだけじゃないんだ。結構いい会長っぽいじゃん。顔を上げた真白さんにニカっといい笑顔を向けて、料理を注文しに去って行った。残された真白さんは……ああ、これは恋しちゃったって顔だ。
「お待たせしました」
と、ここで注文していたオムライスとチキンが配膳され、一気に意識がオムライスに向けられた。
「食べよっか」
「そだね。食べよう」
まだ隣の様子が気になる私と涼子だけど、そうジロジロ見てるのも気が引けるし、なにより目の前の美味しそうな料理を早く食べたかった。いやー、まさか本当にイベント場面が見られるとは。これで真白さんは会長ルートに入ったのかな。ってうわ!このオムライスすっごく美味しいー。ふわふわとろとろ卵に絶妙な味付けと炒め具合のチキンライス、深いコクのあるデミグラスソースが一体となって、口の中で踊ってるー。
黙々とスプーンを口と皿の間を行き来させて、女の子としてはちょっと恥ずかしいくらいの速さで食べ終えてしまった。向いの涼子を見ると、これまた綺麗になったお皿を前に少し恥ずかしそうな顔をしてて、お互い目を合わせて笑いあった。
「美味しかったね」
「すっごく」
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帰りはやっぱり聡ちゃんにつかまって、聡ちゃんの車で一緒に帰ることになった。前もってうちに連絡して迎えの車をキャンセルしちゃってるんだからたまらない。うちも、娘の迎えを他家に任せないでよね。
気まずいものになるだろうと思っていた聡ちゃんとの車内は別段いつもと変わりなく、主に食堂の料理がどれだけ美味しいかを力説して終わった。気にするだけ損だったのか。よかった。
ご一読ありがとうございます。
鈍足ですが、週に一度は投稿できるよう頑張ります。