2話
『rainbow days~虹色の君へ~』
OPムービーがネットで爆発的な人気を得て、動画サイトではOPムービーのみならず歌ってみた踊ってみた等々数々の投稿がされ、アニメ化・声優のコンサートイベント等を経て映画化、ついには一般人にも知られるようになった乙女ゲームとしては異例の大ヒット作。
軽めのオタクだった私も、その印象的なOPとそのOPを使って生み出された動画が面白くて動画サイトで相当見まくった。けれど、乙女ゲームには全くと言っていいほど興味が無かったから本編をプレイしてみようという気持ちは最後まで生まれなかった。それが今となっては非常に悔やまれる。
「恵美?どうしたの?」
聡ちゃんが突如奇行に走った私を心底心配そうな顔で覗き込んできた。
「顔色悪いよ。どこか具合悪い?立っていられる?」
「うん、大丈夫、なんでもない。ごめんね、びっくりさせて。」
全然納得してないといった顔をしてるけど、聡ちゃんに話せることが何一つ無い今はスルーするしかない。
「ほんとに大丈夫だから。行こう」
笑顔を向けて手を引っ張るとしぶしぶといった感じで校舎に向けて歩き始める。
校舎の入り口では入学案内書とクラス表を受け渡す列ができ、受け取った生徒達はそれぞれのクラスへと移動していた。もらったクラス表を入学案内そっちのけですぐに開く。私の名前が1-Aに、聡ちゃんは1-Bに書いてある。でも、探しているのはそれじゃない。
「恵美と隣のクラスだね。なに熱心に探してるの?」
「……」
「恵美?」
「えっああ、うん、隣だね。涼子と彩ちゃんがどのクラスかなって思って」
「新原さんは恵美と同じクラスに書いてあるよ。一宮さんは俺と同じBクラス」
「あ、ほんとだ。見落としてたみたい。涼子と一緒でよかったー」
一旦クラス表から目を離し、聡ちゃんに向けてにへらと笑ってみせる。もう一度クラス表を見直したいのをぐっと我慢して、クラスへ着くまではなんでもない風を装って他愛のない話題を振ってやり過ごした。
「じゃあ、私はAクラスだから」
「恵美、今日予定は?何も無かったら帰りも送るから一緒に帰ろう」
「う……。わかった、終わったら校門で待ってる」
「くれぐれも無理しないように。何かあったら俺に言うこと」
「はいはいわかったってば。聡ちゃんは早く隣のクラスに行ってくださーい」
ぐいぐいと背中を押して隣のクラスへ追いやってから自分のクラスへ入る。新しいクラスメイト達が一瞬私を見てすぐに自分達の会話に戻っていった。
クラスを見渡して、見覚えのある後姿を見つけてほっとする。数少ない友人の一人と一緒のクラスになれたのは素直に嬉しかった。
「おはよう」
「おはよう恵美。また一年間宜しくね」
「涼子と一緒でほんとよかったぁ。彩ちゃんは残念ながら隣だけどさ。惜しいね、もうちょっとで初の三人一緒のクラスだったのに」
「二クラス合同の授業もあるみたいだし、隣ならすぐ会えるじゃない」
「合同授業!なにそれ楽しみ!」
「愛しの雌黄さんも隣だしね」
「なっ!聡ちゃんはどうでもいいの!」
いつもの涼子とのやりとりでモヤモヤしてたのが気にならなくなってきた。このまま、思い出したことには蓋をしてしまいたい。と、そこでチャイムが鳴り、お喋りをしていた生徒たちが一斉に自分の席へと着く。チャイムが鳴り終わると同時に先生が入ってきた。優しげな雰囲気の若い先生だけど、この先生が担任なのかな。
「皆さんおはようございます」
『おはようございます』
「まずは入学おめでとう。このクラスを担当します黒崎穣です。一年間宜しくお願いします」
『お願い致します』
「今日は入学式で終わりなので、明日初めにHRを行います。そこで皆さんに自己紹介をしてもらいます。では、すぐに総合ホールへ移動なので廊下へ出て下さい」
廊下へ名簿順に並び、先生についていく形でぞろぞろとホールへ向かった。ホールの入り口で上級生から胸に花をつけてもらい、吹奏楽部が奏でる音と生徒の家族や関係者、上級生の拍手にやや圧されながら所定の席へ着く。すると学園長からの祝辞に始まり来賓の皆様からお祝いの言葉という子守唄を長々と聞かされた。さすがに榊高校の生徒ともなると居眠りするような人はいなかったけど、正直あぶなかった。ぐるぐる考えてたこともすっかり忘れぼーっとしていたからだろうか、生徒会長が檀上に上がっても最初は全く気が付かなかった。
「新入生の皆、入学おめでとう。生徒会長の東雲隆司だ」
いかにも偉そうな言葉から発せられた生徒会長の祝辞は、私の耳には全然内容が入ってこなかった。
「ああ、やっぱり……」
モヤモヤと胸の内を覆っていた不安は生徒会長の名前を聞いた途端確信へと変わった。東雲隆司は『rainbow days』の攻略キャラの1人だ。ゲームをやっていない私には攻略キャラの名前すらあやふやなのだけど、さすがに顔を見たらわかる。ゲームの東雲は燃えるような赤髪だったけど、さすがに現実に赤い髪の高校生は無理があるよね。名門で進学校なうちの学校の生徒会長が赤髪はありえない。
偉そうな締め括りで会長の祝辞は終わり、会場中の女子生徒(たまに奥様方も)が会長の堂々とした俺様姿にうっとりとしていた。男子生徒もその威圧感に畏怖の念を覚えたような顔をしている。さすが七家トップの東雲家跡継ぎ。人の上に立つことが自然と身についているが故の俺様なんだろうか。
その後もつつがなく式は進み、またも合奏と拍手に送られながらホールを後にしたころには全力疾走した後のような脱力感が体を覆っていた。式の間ずっと考えていたけれど、やっぱりここは乙女ゲームの世界なんだと思う。ゲームと全く同じ場所、全く同じ顔と名前のキャラがいたらそれはもう偶然とは言えない気がする。難しいことはわからないけど、ゲームが基になってる現実だと考えるほうが納得できる。前世の記憶含めて私が狂ってるっていう怖い可能性は考えたくないから除外っ
「どうしたの恵美。朝からなんか悩んでるみたいだけど」
なるべく顔に出さないようにしてたんだけどな、幼稚園からの付き合いの涼子にはバレバレだったみたい。
「バレた?んー、ちょっとした悩みがあって。もう少し自分で考えてみるね。どうにもならなかったら相談させて」
「相談くらいいつでも乗ってあげるから、あんまり思いつめないように。恵美は明るく元気なのが取り柄なんだから」
「それって暗に馬鹿にしてませんか涼子さん」
「明るく元気なのはいいことじゃない。能天気なくらいが恵美にはぴったりよ」
「馬鹿にしてる!それ絶対馬鹿にしてる!でも、ありがと涼子」
持つべきものはやはり友!涼子のさっぱりとした言い方にしぼんでいた気分が上がってきた。確かに、くよくよ悩むのは性じゃない。こうなったら帰りに聞いてみよう。丁度クラスに帰り着き、今日はこのまま解散と言って先生が教室を出て行ったのを見送って、すぐに鞄を持って教室をあとにする。
「じゃあ涼子、また明日」
「うん、気を付けて」
隣のクラスは素通りして、約束した校門前ではなくその脇に植えられた木に隠れながら聡ちゃんが来るのを待つ。登校の時は色々あって忘れていたけど、学校ではなるべく聡ちゃんと二人きりにならないように気を付けないといけない。クラスに呼びに行くなんてもってのほか。一度聡ちゃんが注意をしてくれたみたいでそれ以来表立った嫌がらせとかは無くなったけど、じとーっとした嫌な目で見られるのは気分が悪い。高校では、涼子と彩ちゃん以外に友達できるかな…。ああ、なんかせっかく上向きになった気分がまた沈みそう。
「ごめん、お待たせ」
声に振り向くといつの間にか聡ちゃんがいた。目立つ髪だからすぐに見つかると思って待っていたら、校舎裏の方から校舎をぐるっと回るかたちで来たみたいだった。
「先生の許可貰って車裏に止めてあるから」
そういえば中学までの登下校も一緒のときは裏門からしてたっけ。表からだと無駄に注目浴びて主に私が攻撃されかねないから。
「あれ?今日の登校の時は表だったから、高校は裏門使用禁止なのかと思ってた」
「あー、桜綺麗だったし、ちょっと見せびらかそうかな、なんて」
「見せびらかす?何を?」
「なんでもない」
車へ私を追いやるとその横へ聡ちゃんが座って、行きと同じように車が滑り出す。さて、車の中なら聡ちゃんと二人きりだし(正確には運転手さんもいるけど)、切り出すなら今なんだけど……。いざ聡ちゃんの顔を見るとまたうじうじ悩みが湧き出て来て、なかなか言い出せない。言い出せずに他の話題で盛り上がったりしているうちにだんだん眠くなってきた。まずい。そういえば前世の記憶を思い出したときもそのあと急激な眠気に襲われて気絶するように眠ったんだっけ。記憶の片鱗を思い出しただけでも結構脳には負担なの……かも……。
「恵美、眠かったら寝ていいよ。家まであと20分くらいだろうから、ちょっと仮眠すれば」
「だいじょうぶ……」
「と、言いつつ上まぶたと下まぶたがくっつきそうなんだけど」
「まぶたどうしがあいしあおうとしてる……はれんちな……」
「ほら、肩に頭乗せていいから」
「おじゃまします……」
ぽすん、と聡ちゃんの肩に寄りかかった。
「ねえ、そうちゃん。わたし、まだそうちゃんといっしょにいていいかな?」
「……。当たり前でしょ」
「そっかあ、よかった」
『rainbow days』の攻略キャラは虹色にちなんで全部で七人。登場する主要キャラクター名には必ず色の名前が入れられていた。雌黄総一朗――聡ちゃんは攻略キャラの一人だ。平凡なモブキャラでしかない私が一緒にいてもいいのか、思い出してからずっと不安だった。
聡ちゃんがそっと頭を撫でてくれるのが心地よくて、私はそのまま眠ってしまった。
ご一読ありがとうございます!