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いちごパフェの紅い色 宮田編

 クラスが離れた。

 

 がっかりした。


 新学期が始まって一月が経つが、一度としてまともに伊崎の顔を見れていない。数学の授業がないクラスだから当然授業で顔を合わせることもなく、担任を受け持っているクラスでもないから接点がなさすぎる。ホワイトデーで苛めすぎたせいで本格的に避けられている。覚悟していたこととはいえ、なかなかつらい。

「先生、元気がないですね」

 休み時間に教えを請う名目でやってきた女子生徒の言葉に俺はうっすらと微笑した。

「……ああ。今年は貴方たちの進路が決まる年ですからね。私も不安なんですよ」

 今年一年間でどれだけ伊崎を引き止められるか。この一月、俺から見事に逃げきったのは賞賛に値するが、いつまでもやられてばかりではいられない。

「あ。先生、甘いもの好きですか。北浦の所に洋菓子喫茶があるんですけど、すごい美味しいんですよ」

「そんなに美味しいのかい」

「はい。今はパフェの特集期間なんです。一緒に行きませんか」

 女子の菓子類に対する評価は意外に当てに出来るものが多い。伊崎を釣り上げてみようか。

「それより解らないところを質問に来たのでしょう。理解は出来ましたか」

「あはは、理解できましたよ。有難う御座いまーす」

 元より予想通りだったのだろう、女子生徒はちょっぴり目蓋を伏せただけですぐに明るい声を上げた。去っていく後姿を見送り、俺は深い溜息を吐く。何がどうして、こんなに嵌ってしまったのか。情けない自分がどうしようも嫌だ。けれど教師の権利を行使して彼女を一時捕らえても、意味がないことが解っている。

 気分転換をしようと数学準備室を出た。青々とした空に腹が立つ。むっとしながら窓枠に手をかけて空を眺めていると、生徒の走ってくる足音がした。誰が走っているんだ。イラついた気分に注意をしようと足音の主を捜せば、それは一月も俺から逃げまくった伊崎だった。

「伊崎さん」

 呼び止めたのはもう反射的だった。彼女は俺の存在に心底驚いた顔を作る。手に持っている教科書から誰かに貸すのか、返すのかで慌てていたのだろうと解る。どもる彼女の様子に顔が勝手に緩んだ。

「廊下は走るものじゃないですよ、伊崎さん」

 やさしく注意すると、伊崎は僅かに俯いた。誰が見ているかわからない場所では彼女を突いて遊ぶことは出来ない。じりじりと身体を俺から離している様に少し淋しくなった。

「あの、行っていいですか」

「……ええ。いいですよ。走らないように」

 苛めすぎたことを今更後悔しても仕方ないが、あまりの反応にさすがの俺も哀しくなる。走り去ろうとする彼女の背を俺は眺めた。結んだ髪が揺れて、俺の傍を離れていく。

 俺に見せる表情はいつにもまして硬いものだった。触れたい、と思って延ばしかけた手を押さえる。呼び止めたい、と開いた口を噤む。でも一目でも元気な姿が見れた。そのことがこの上なく今の俺には重要で幸せなことのように思えた。

「元気そうで、よかった」

 自然と滑りでた呟きはきっと彼女の元まで届いていないだろう。構わない。ただ俺にとって意味のあった再会だったというだけだ。

 今度伊崎に偶然出会えたら、余裕を持って出迎えてやろう。そして出来るなら、美味いと評判の洋菓子喫茶に誘ってみようか。一緒にパフェでも食べたいと心の底から思った。


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