いちごパフェの紅い色 伊崎編
クラスが離れた。
ホッとした。
新学期が始まって一月が経つが、奇跡的にあの宮田と顔を合わせずに済んでいる。ホワイトデーのあの後はすぐに春休みになり、びくびくしながら確認した新クラスも見事に担任でなかったのにとても安堵した。そもそも担任でさえなければ、今年度は接点がほぼ皆無と言って等しい。専門学校を目指すあたしのクラスは数学自体が必要ないのだ。これで気をつけてさえいれば宮田と関わらずに一年すごせるだろう。
「セーイー」
二つ先のクラスからやってきたなっちゃんがあたしに抱きついてきた。
「ね、ね、今度の日曜に遊びに行こう。あか屋って洋菓子喫茶の店があってさ。今パフェが少し安いのよ」
「いいよ。何処にあるお店なの」
「んーとね、南天高の近くにあるんだ。ちょっと遠いかな。でも大丈夫よね」
「ああ、あっちの方なのね。いいよ」
なっちゃんがあたしの答えにニコニコと満面の笑みを浮かべる。南天台高校の近くはあまり行った事がないけど、喫茶なら行ってみたい。あたしも楽しみだ。
「そういえば、さっき羽野ちゃんがセイを捜してたよ。慌ててたけど、会った?」
「あ! 古文の教科書借りたままだった。返してくる」
昼休みに返すと言ったのに忘れていた。あたしは借りた古文の教科書を持って教室から駆け出した。教室にいるだろうか、と覗くが何処かへ行ってしまっているようだ。クラスの者に聞くと職員室に行ったと言われ、あたしもそちらに足を向けた。
パタパタとただ返すことを考えていたから、その時のあたしは周囲に誰がいるかなんて全く気付かなかった。すぐ傍に二ヶ月近く逃げ続けた相手がいることさえも――。
「伊崎さん」
「え」
反射的に振り向いて、顔が引き攣った。
「み、みや、せんせ」
「廊下は走るものじゃないですよ、伊崎さん」
いっそ清々しい程の笑顔に恐怖してしまう。立ち止まったものの一歩後ろに身体を引いた。
「す、すみません……あの、行っていいですか」
少しずつ宮田から離れながら訊ねる。既に逃げの体勢に入っているあたしに、彼は大きな溜息を吐いた。
「ええ。いいですよ。走らないように」
「はい。失礼します」
あたしはそそくさと宮田の傍から去る。けれど少し見ない間に何故か憔悴しているように思えて、背後をそっと窺った。瞬間――――気がつかなければよかった。
妙に真面目な自分の性格が嫌になる。宮田はあたしを見ていた。その視線が何かを惜しむようで、見なければよかったと思った。前触れなく心臓の音が大きくなって、気温が上がったようだった。足早に立ち去るあたしの耳に呟かれた声が微かに届いた。
――元気そうで、よかった。
逃げて、避けて、視界にすら映らない様にした。あたしが選んだことなのに、罪悪感が渦巻く。けれどそれ以上に、宮田のその一言でいちごのように顔を真っ赤に染めたあたし自身が恥ずかしかった。