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幕間――くちづけ、仲良し、告白


【くちづけ】


 口に苦いプディングは、まるで伊崎の心みたいだった。

「宮田先生、いますかぁ?」

「ああ、御堂先生。どうしました」

 既に陽が落ちた数学準備室を訪れたのは社会科教師の御堂だ。彼は俺と最も年齢が近いため、話しやすい。

「明日、飲みに行きません?」

「先生のおごりですか」

「そんな金ありませんよ。先生は心配ないんだろうけど、寂しい男は今日も明日も暇でねえ。明日でいいから飲みに行きませんか」

「二人で?」

 御堂が飲みに誘ってくるのは珍しくない。今日を外して明日に、というのは彼なりに気を使ってくれたのだろう。本当は今日も予定はないのだけど。

「平先生も入れて三人で。どうです?」

「付き合いましょう」

 にっこり微笑むと御堂が指を鳴らした。

「では、明日楽しみにしてますよ。あ、それと学年主任から来年の活動予定表、置いていきます」

 御堂は鼻歌を歌いながら準備室を後にした。俺は足音が完全に消えたのを確認して、伊崎の書いたメッセージカードを再び開いた。丸みを帯びた字が精一杯俺を威嚇している。そっと指でなぞっても何かが浮き出てくるわけではない。

 余計な皺を増やさないように丁寧にカードを折り曲げる。今日、誘われなくてよかった。伊崎の味にひたっていたかったから、誘われなくてよかった。

 俺はそっとカードに口づけて、壊れ物を扱うように鞄の中に忍ばせた。




【仲良し】


 御堂先生と宮田先生は仲がいい。

 聞けば歳が近いためか話が合うのだという。だったら僕を放っておいてくれればいいのに。

 何故かいつも僕は彼らに巻き込まれる。

「平先生、先生たちにもやっぱり仲がいいとか悪いとかあるんですか」

 受け持ちクラスの学級委員がアンケート用紙を持ってきて訊ねてきた。

「うーん。まあ、教師も人間ですから」

 僕は生徒たちにとって話しやすい部類に入るらしい。強く出れない性格がそうさせるのだろう。

 単純にやり込めやすい、なめられた存在なんだろうけど、気軽に話せる方がいい。

「じゃ、……宮田先生の仲がいい先生とか、知ってますか?」

「宮田先生? 御堂先生ですかね。歳が近いですからね」

「へえ。先生は仲良くないんですか? 時々職員室で楽しそうに話てるじゃないですか」

「私は普通ですよ。特別親しくはないですし、仲が悪くもないです」

「そうなんで―」

「たーいらせーんせー♪ 今夜また三人で飲みに行きませんか…って佐古!」

 御堂先生、入る前にノックしてくださいって何度言えばわかるんだろう。

「御堂先生、飲みに行くんですか?」

 苦笑いを浮かべて御堂先生が首を縦に振る。

「内緒な。先生、いいですよね。俺と宮田と先生で」

「佐古さん、本当に内緒で頼むね。御堂先生、どうせ断ろうとしてももう予約してるんでしょ?」

「イエス!」

「はぁー……解りました」

 この先生は相手にすると何か疲れる。

「やっぱり仲いいんですね」

 なにが可笑しいのか、佐古がくすくすと笑う。

「そ、仲良し」「まさか全然」

 僕と御堂先生の科白が被る。笑う彼と佐古に、僕はとても疲れた気分になった。



【告白】


 校舎裏の木の陰。溜息を吐くその人を、俺は手紙で呼び出した。

「伊崎さん」

 振り返った伊崎は俺を目に映して、覚悟を決めたように顔を上げた。やや高い位置で絞った髪が揺れる。長い睫も揺れていた。

「えっと……」

「松原。二組の松原時生。呼び出してごめん」

「ううん。それで松原君、何の用?」

「わかってると思うけど、俺と付き合って欲しい。好きなんだ」

 伊崎が俺の顔を見上げた。少しだけ困ったようにして。呼び出した時に既に答は予想していた。誰にもなびかない高嶺の花。だから伊崎が返事をしようと口を開いたときも緊張はしてなかった。

「ごめんなさい。誰とも付き合う気はないの。本当にごめんなさい」

 答はわかっていた。だけど哀しかった。

「そっか。俺の方こそ、ごめん。でも来てくれてありがとう」

「うん……。じゃあ」

 眉尻を下げて微笑する。その上駆け足で行ってしまった。

 曇ってしまった笑顔が哀しい。可愛くて、頭もよくて、気立てもいい。好きだと思った。何人も告白しては振られている。それでも好きな人。


 ジャリ


 砂を踏む音に背後を振り向いた。

「松原?」

「宮田先生? こんなところで何やってんですか?」

「いや。捜してる奴を見たような気がしたんだが、気のせいだったようだ」

 宮田が溜息を零す。女子にやたらと人気のある宮田は男子にとっても、気安い相手だったりする。その宮田が何故ここにいるのだろう。

「……伊崎さん?」

「………」

 宮田の動きが一瞬止まる。

「いたのか?」

「い、いました」

 何だ、その反応。驚くのは宮田じゃない。俺の方だ。気落ちした様子で去っていこうとする先生をつい呼び止めた。

「なんで伊崎さんを捜してたんですか」

 俺が袖を掴むと、少しだけ体を戻した。けれど、人差し指を口元へ運び、にやりと笑む。

「企業秘密だ」

 俺の腕を払って今度こそ去っていく。その背中がどこか寂しそうだった。

 捜しているってことは避けられてるのかもしれない。でも同情はしない。恋敵に情けは無用だ。俺は振られたけど、だからって他の男に攫われるのも、面白くない。


 どうか伊崎が宮田に捕まりませんように。

 俺は心の中で祈った。



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