最初の扉 第五話 ~ペテン師~
「嘘をついていた……?」
話の内容がまるで読めない。
動揺する俺を見ながら、ライト総理は話をつづけた。
「そう。嘘の軽い、重いに差はなく、嘘をついた人間が次々と消えていったんだ。年代順に消えていく結果となったのはたぶん、昔からずっと嘘をつき続けてきたっていう状況にあった人が、当然ながら生きている年と比例して多いからだろうね。長く生きればそれだけ、後に残る嘘をつく機会も増えるってことだよ」
「じゃあ、今もし俺やノア、ライト総理が嘘をついたら……」
ライト総理は笑って言う。
「うん、その場でたちまち消えてしまうだろうね」
「そんなことって……でも、それならどうして小学生より低い年齢のだけが残る結果になったの?」
ノアがそう呟く。
「その理由は簡単に言えば、僕が動き出したのが遅すぎたから……だね。この共通点に気づいてから世間に人が消える現象の理由を伝え広めるまでにとても時間がかかったんだ。それまでに嘘をついたことのなかった人間も、年齢が高いというだけで国の安定のために駆り出されて、政界にいるうちにいつか嘘をついてしまう。そしてまた次の世代が駆り出されて……といった風に、悪循環ができてしまっていたんだ。」
「……」
俺は何も言えなかった。それじゃあまるで、国は嘘をつくことで成り立っているみたいじゃないか……。
「もっと僕が早くこの共通点に気づいていれば……まだもう少しマシな光景が広がっていたかもしれないね。それと蛇足だけど、小学生以下の子供たちがあまり消えることがなかったのは……さっき言った理由が一つと、もう一つ、小学生くらいの年代だとまだうまく嘘がつけずに、バレバレの嘘しか言えなかったという理由もあるみたいだ。嘘をつくというより、人を明確に騙すことといったほうが、消える条件として正しいかもしれない。皮肉なことだけど……結果として頭のいい小学生がほとんど残っていなくてね。今のレベルまで環境を整えるには苦悩したっ……」
ライト総理がそこで言葉を止める。
そして苦しむ動作を取り始めた。
「あっあああああ!!!」
ライト総理は床に倒れる。
「どうした!」
俺は焦りながらもライト総理に駆け寄った。
その体を抱き起すと。
彼の足はすでに存在していなかった。
「う……あ……」
「おい! しっかりしろ! ノア! 何か手はないのか?!」
「ごめん新! 私じゃどうにもならない!」
そうしているうちにライト総理の姿が消えていく。
ついには体も消え、俺が抱きかかえていたはずの手は、虚空をつかんでいた。頭だけになったライト総理が、一言つぶやく。
「君にあえて……本当によかったよ……フフフ……」
そして、ライト総理は完全に”いなくなった”
「どういうことだよ……」
俺はただ茫然と立ち尽くす。
「嘘をついたって……ことじゃないかな……」
ノアがそう言った。
「それにしてもどうして……ここまで残っている総理が、よりによってこんなときに!」
俺はやりようのない怒りと焦りを、目に入った机にぶつける。
「くそっ!」
ドカッ!
机を足で蹴った。
すると。
ゴトゴト……
と何か物音が聞こえた。
「……?」
その音を不審に思い、俺は机の裏に回り込み、その足元のスペースをのぞき込む。
「ノア……ちょっと来てくれ……」
「え?」
「子供が……男の子が縛られてる。縄をほどくのを手伝ってくれ……」
「……えっ?」
そう。
机の下には、猿轡をかまされ、手足を縛られた少年が一人
横たわっていた。
ノアと協力し、少年の拘束を解く。
「ぷはーっ。新鮮な空気だ」
「助けられて一言目がそれかい」
目の前の少年の一言に、俺はついツッコミを入れてしまった。
「おっとこれはすいません。助けてくださりありがとうございました」
「いや……」
俺が世間で一般的とされている決まり文句を返そうとした瞬間。
「これでいいですか?」
とぼけた顔で子供はそう言った。イラッとくる。こいつ、むかつく。
「あのなぁ……」
「ちょっと新、相手は子供だよっ! そんな怖い顔で睨んじゃダメだって! ほら、おびえちゃってる……」
見るとこの子供は少し目に涙を浮かべていた。
こんな挑発で感情的になるとは俺もまだまだだな……。などと少し反省していると、ノアが小さい子をあやすようにこの子供を抱きしめて、頭を撫でた。きっとこうして大人ぶるのが夢だったのだろう、ああ、そうに違いない。
「ごめんね、このお兄ちゃんたまに性格悪くなるけどいい人だから……」
しばらくノアが少年の頭を撫で続けていると、少年はおもむろにノアの胸を掴んだ。
「ひぁっ!」
「へえ、見た目の割に人並みの胸はあんだね。俺の側室になんない?」
驚いたノアに突き飛ばされながらも、なんとも無かったように少年は立ち上がる。その顔つきは
助けた少年の傍若無人っぷりに閉口していると、少年は習慣づいた手つきで机の引き出しから棒付キャンデーを取り出し、口にくわえながら椅子にふかぶかと座り、黙り込んだ俺たちを見て言う。
「なに? アメ欲しいの?」
「くれるのか」
少年はくわえていた棒付キャンデーを取り出し。
「これなら恵んでやってもいいぞ」
そういいながら俺の目の前にそのアメを突き出した。
「……ノア、俺のポリシーには反するが、こいつは殴っておかないとダメな気がする……」
俺がそういうと、胸を両腕で隠していたノアも、
「うん、私もそう思う……おしおきは暴力じゃないよ……」
と、同意した。
「ちょ、ちょっとまてよ、軽いジョークだろぉ? まてまて、高校生が小学生を殴るのは絵づら的にもマズいって! ちょ、許して、ごめんなさい!」
「慌てて取り繕っても、もう遅いわっ!」
俺は少年に、少し加減をしながらもゲンコツをお見舞いした。