物語の始まりその3
俺は目を覚ました。
真っ先に白い天井が目に入る。
だが、病院ではなさそうだ。なんとなく見覚えのある光景。
俺はベッドに寝かされていて、少し左右を確認すると薄い青色のカーテンがあった。ここは俺の学校の保健室だ。
「おー、いてて……」
ゆっくりと起き上がり、頭の後ろに手を回すと、ズキリとした痛みを感じる。
「ヘルメットしててもコブはできるもんなのか」
ならメットかぶった意味ねーじゃんとか不満を抱きながら、俺はベッドから抜け出した。
「あら、真泉君。起きた?」
するとすぐに、保健の先生が俺に声をかけてきた。たまに保健室の仕事や掃除を手伝うことがあるから、この先生とも面識がある。
「あ、こんにちは」
礼を欠かすまいと俺はすかさず挨拶した。
「こんなときにこんにちはもなにも無いわよ。それよりも大丈夫? 真泉君が助けた男の子はほとんど怪我もなくて、すぐに目を覚ましたけど……。近くにいた女の子の話を聞いたら、真泉君は頭を強く打ち付けたって言うじゃない」
「はあ、まあコブができてるくらいなんで別に……」
近くにいた女の子とは、幼なじみか、あるいはヘルメットを無断で拝借した女子生徒か。まあ、どっちでもいいか。
「だめよ! 頭は何か起こってからじゃ遅いんだから! バカになるわよあんた、バカになる! っていうかあんたもうバカ!」
と、急に幼く高いトーンの声が混ざる。この声は……。
「あ、ノアちゃん。真泉君目を覚ましたわよ」
ノア……。ああ、俺の幼なじみの名前か? その名前に違和感が残るものの、声がしたほうを振り向けば……たしかに幼なじみの姿があった。いつの間にか保健室に入ってきていたようだ。
「新! だいじょうぶ?! ごめんね、ずっとそばで看病したかったんだけど、保険の先生が授業にでなさいって言うからっ!」
勢いのある幼なじみのセリフに、保険の先生が渋い顔をして言う。
「もう、私を悪者扱いしないでよね。お邪魔みたいだから、先生よそに行きます。それと、後で病院に検査は絶対に行かせるからね! 十分くらいで戻りますから」
妙な気を使い、そのまま保険の先生は保健室を出て行った。
「新、もう起きて大丈夫なの?」
とても心配そうな顔で、幼なじみは俺を見つめた。
「ああ、大丈夫だよ」
「とりあえず、まだ寝てたほうがいいんじゃない? ちょっとふらついてる気がするよ?」
「ふらついてる? 俺が?」
「うん、ぜったい!」
気づけば、窓から差し込む光に赤みが混ざっている。すると結構長い時間寝続けていたのだろうか、おそらくそのために体の重心が安定していないのだろう。
「じゃあ、座ることにするよ」
俺はベッドに腰掛けた。
「それにしてももう、新ったら、あんなに体張ってまで助けることないじゃない! 私本当に心配したんだからね!」
「ヘルメットさえかぶってれば大丈夫だと思ったんだ」
「なによそのヘルメット至上主義! ヘルメット被ってても頭から坂道を滑り落ちて無事なわけないじゃない!」
「他に、相手を怪我させずに助ける方法を思いつかなかったんだ。心配させて悪かったな、ノ……」
ノア。そう彼女を呼ぼうとした瞬間、ふと俺の口が止まる。
なんだこの違和感は。まるで……。
コイツは、幼なじみであるはずなのに、俺は今しがたコイツの名前を知ったかのよう。
「なあ……」
止まった口は勝手に動き出していた。どうしてもこの嫌な感覚を解消したかった。
突如口を閉ざし、また開こうとする俺の顔をこの”幼なじみ”
__本当に……?
が不思議そうな目で見つめている。
嫌な感覚は、違和感は、この何とも言えない気持ち悪さは……時間とともに増していく。
そして、俺は。
「お前って……」
発してしまった。
隠し事のない俺の正直な言葉を。
「ノアって名前だったのか。今はじめて知ったよ」
”幼なじみ”の表情が凍り付く。
「記憶……喪失……?」
「そうじゃない。今朝から感じていた違和感だ」
「じゃあ今朝から記憶喪失だったの?」
「だから違うと言って……」
俺がそう言い切る前に。
彼女はどこからか、やや小型の、それでも十分に殺傷能力がありそうなハンマーを取り出した。
「なんだそれ……」
唖然とする俺。真剣な顔をした彼女。
「えいっ!」
急に、その行動と明らかに不釣り合いな可愛らしい声で、彼女はハンマーを振り下ろす。もちろん俺の頭めがけて。
「うわっ!」
声をあげながらも、ベッドに寝転がり、初撃を回避する。
なんだ? 何が起こってる? いや、ハンマーで襲われてるのはわかってるけれども!!
「なんでよけるのっ!」
「だれだって避けるわ!」
続いて2撃目。ベッドに横たわっている俺の頭めがけて彼女はハンマーを振り下ろす。
「せいやぁっ!」
掛け声とともにダメもとで手を出すと、ハンマーの柄の部分を手でおさえることに成功した。
しかし彼女はハンマーを持つ手の力を緩めない。漫画とかでよく見る鍔迫り合いのような体制で硬直した。
「なんだ、何をしようとしてるんだお前は!」
たまらず俺は、彼女を問い詰めた。
「殴ろうとしてるの! 殴って、新の記憶を操作するの!」
するとこれはこれは、素晴らしい答えが返ってきたじゃありませんか。
「お前、普通じゃねえよ!」
「そうよ、私普通じゃないもん! 天使だもんっ!」
「あ~~~っ。わけわかんねえよぉ!」
「とりあえず殴られといて! 大丈夫、ちょっとコブが残る程度で済むからっ!」
「あ、じゃあとりあえず殴られとくか……とか言わんだろ!」
「あーもーなんでわかってくれないのー?! 一発頭を殴らせてくれれば済むんだってばっ!」
「それただじゃ済まないからね?!」
彼女は執拗に俺の頭を狙ってくる。
この状況どう打開しようか……。保険の先生が戻ってくるのを期待するのは遅すぎる……。
そうだ!
と、ここで妙案を思いつく。
一度体をベッドに沈める。すると、彼女は俺がハンマーをおさえる力を抜いて、抵抗をやめたものだと思い油断する。
そしてベッドのバネの力で、俺はハンマーごと彼女を押し返した。
勢いよく押され、後ろずさる彼女。俺はすかさず立ち上がる。
「チェックメイトだ!」
立ってさえしまえば。
彼女の背では俺の頭には届かない!
「とーどーかーなーいー!」
ピョンピョン飛びながら俺の頭を狙ってくる。高さ的にはジャンプしていれば当たるが、この攻撃には速さが足りん。
「あーもー立たないでよ! 昨日もそんなふうにたっちゃって、届かなかったんじゃない! じゃなきゃ、油断してるところを後ろからジャンプして殴ろうだなんて思わなかったんだよ! ジャンプしながらだったから手加減もできなかったし!」
「昨日もお前俺を殴ったのか! ってか、この後頭部のコブ、もしかするとお前だろ!」
「おとなしく殴られてくれればコブなんてのこんないよ!」
この幼なじみ、どうあっても引こうとしない。
こうなったら……。
「実力行使だ!」
そう叫び、彼女の細い腕をつかむ。
そして、カウンターでジャンプ殴りされクリティカルヒットを決められてもたまらないので、なるべく痛くないように、俺は彼女をさっきまで寝ていたベッドに押し倒した。
「きゃあっ!」
そして彼女の右腕に握られているハンマーを奪い取る。
「没収だ」
「あー、かえしてよー!」
「まあ、とりあえず急に俺を殴ろうとした理由を話せ。場合によっては軽いお仕置きで済ませてやる」
「場合によらなかった場合は?」
「……(無言の圧力)」
「ひぇぇぇぇ!」
彼女は怯えている。少し面白くなってくるほどに。
まあ、彼女に危害を加えるつもりは全くなかったのだが。
「さあ、話せっ! 言わないとひどいことするぞ!」
このとき、少し俺のテンションがおかしくなっていたのは内緒だ。その、あれだ。頭……打ったせい。
「言うからぁ……離して……。ちゃんと説明するから、ハンマーも今は帰さなくていいから、離してよぉ……」
「あ……」
しかし彼女の目に浮かぶ涙を見て、俺のテンションはかなりクールダウンした。
「ごめん、調子に乗った」
そう言って彼女を押さえつけていた力を抜く。
「もう、こんなに乱暴だとは思わなかったっ!」
「いやお前に言われたくはねーよ! 人生十余年生きてきて初めての経験したわ!」
彼女はベッドから立ち上がったので、俺もベッドに腰かけ直す。
と、コンコン……とノックの音が聞こえ、続いて保険の先生の声がする。
「そろそろ痴話喧嘩は終わったかしらぁ~?」
「あ、せんせ……」
俺は先生に返事をしようとする。
すると、彼女は焦ったように話し出した。
「説明は、きちんとしてあげる。でも、とりあえず……ついてきて。それと私のこと、お前じゃなくて、ノアって呼んで!」
そう早口でまくしたてた彼女……ノアは俺の手を取り、”ノックされた”保険室の扉を開き、俺と一緒に部屋から飛び出した。
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コンコン……
「そろそろ痴話喧嘩は終わったかしらぁ~?」
保険の先生は、中で真泉新とノアがドタバタしている物音を聞き、少し保健室の中に入るのを遅らせていた。しかし、真泉新の怪我の様子も気になり、物音も収まったため、そろそろかなと、確認のつもりで保健室の扉をノックしたのだが……。
「あ、せんせ……」
真泉新の声が返ってくる。それを聞き、保険の先生は扉を開く。
「あら……」
少なくとも、真泉新はいてしかるべきだ。
が。
保健室の中には、だれも、いなかった。