物語の始まりその二
「おっはよー!」
彼女は元気よく挨拶した。
「おう、今日は遅れずに来たな。えらいえらい」
そういって俺は彼女の頭を撫でる。その気はなかったが、ちょうどいい位置にあるのだ。こいつの頭は。
「新っー! なでるなぁー!」
そしてすぐに怒り出した。俺の手から逃げようとする。
「今更逃げようとしても遅い。俺の本気をおもいしれ!」
「うわー! なでなでがワシャワシャになったぁー!」
彼女の名前は……あれ、なんだったっけ?
思い出せない。まあ、普段からオマエ呼ばわりしていたからうっかりど忘れしてしまったようだ。
ただ、その見た目は忘れようもない。
高校生なのに、身長は140cm(目測)、女子の中でもかなり低い部類だ。
一部の男子には人気があるようだが、彼女自身はそれをとても嫌がっている。
はて、俺の記憶が正しければ、こいつは昨日まで三つ編みツインテールのかなり子供っぽい髪型だったはずだが?
俺のワシャワシャをどうにか両手で食い止めて、彼女は言う。
「もうっ新! やめてってばっ! せっかく今日はいつもと雰囲気かえて、髪の毛下ろしてきたのに、ボサボサになっちゃったじゃない!」
「ああ、違和感があると思ったらそれか」
彼女の頭から手を放してみると、なるほど。
黒髪の長髪で、少し大人っぽい髪型になっていた。
「ふうん、三つ編みほどくとそんな風になるのか。しかし、チャームポイントを捨ててまで子供っぽさから脱却したかったのか?」
「三つ編みはチャームポイントじゃないし、子供っぽくもないっ! もう、新ったら、知らないからね!」
「あ、おいちょっと待てよ。一人じゃ危ないぞ」
「一人でも学校くらいいける! 子ども扱いしないでっ!」
そう捨て台詞を残して、彼女は先に行ってしまった。
すぐに俺も追いかけようとするが……。
「う、うわああああ! 止まらない、止まんねえよぉ!」
背後から大きな声が聞こえる。
それと同時に、俺は動いた。
振り向くと件の急な坂道を、自転車に乗った男子高校生が猛スピードで下っている。
「だれか! 誰か止めて!」
自転車にのっている生徒が、悲痛な声でそう叫ぶ。
くそっ、まさか本当に事故が起こるとは!
だが、今から走ればまだ間に合う!
猛ダッシュで坂を駆けあがる。
横から自転車に体当たりするか?!
ただそれだと、この男子高校生が怪我をするのは違いない。
「くそっ、助けたらお礼はしてもらうからなぁっ!」
もう時間が無い。
俺は近くでその様子を呆然と見ている女子生徒のヘルメットをひったくり、かぶる。そして……
「うおおおおおお!」
暴走する自転車の前に立ちはだかった。
タイヤをかわし、自転車に乗る男子高校生の体を正面から抱きかかえる。
突撃の衝撃をまともに食らい、自転車から男子高校生をおろすことには成功したが、勢いのまま少しの時間宙を舞い、俺を下にして、背中から地面にたたきつけられた。
「ぐぁっ……」
そのまま少しの距離、坂を滑る。背中が熱い。
思っていた以上の衝撃、痛みが俺を襲う。ヘルメットをかぶっていても、頭以外の部位には関係ない。
ガードレールに誰も乗っていない自転車が叩きつけられ、その衝撃で車道まで吹っ飛び、急な障害物に驚き車を急停車させたドライバーが俺たちの存在に気づいた。
助けた男子高校生は気絶しているが、大きな怪我はなさそうだ。
「大丈夫か、君ら!」
車のドライバーが俺に声をかける。それに続いて、幼なじみが血相を変えてこっちへ飛んでくるのが見える。
その状況に安心した俺は、そのまま気を失った。