乱闘
シルヴァーナが十分に戦えることが分かったので、それからは普通に迷宮探索をすることにした。
3階層のボスはチェスナットホロウである。
クルミに代えてイガ栗を投げつけてくる敵だ。
まともに食らうとトゲが刺さって痛そうだが、対処法を知っていればどうということはない。
俺もシルヴァーナも、それぞれ斧と大剣を盾にしてチェスナットホロウの後ろに回り込み、容赦なく切り倒した。
ドロップアイテムはボウル一杯分くらいの栗。
栗は大好物だ。
料理に使ってもいいし、シンプルに焼き栗にするだけでも旨い。
美味しい敵である。
4階層の敵はレッドホッグ。
ちょっと大きい赤い豚である。
豚といって侮ることなかれ。
体重を生かした突進はかなりの威力を誇る。
とはいえ、俺たちのコンビネーションの敵ではない。
接敵すると、まずは俺がマナボルトを撃ちこむ。
最近はマナボルトでは火力不足になってきた。
直撃しても軽く吹っ飛んで裂傷ができるくらいだ。
マナボルトを食らったレッドホッグは、俺に狙いを定めて突進を開始する。
そこに、横合いから加速を付けてシルヴァーナが突撃をかけるのだ。
シルヴァーナは加速を付けて一撃を加える戦い方が得意のようだ。
レッドホッグの横腹に勢いを付けて大剣を突き立てると、
「ウラウラウラウララララーーーー!」
と、声を上げて壁際まで運んでいく。
大抵はこれで片が付く。
まだ生きているようなら、壁に押し付けるようにマナストライクを放って止めを刺す。
でもこれ、想像していた魔法使いと前衛のコンビネーションと違うんだよな……。
ちなみに、レッドホッグを狩りはじめてからシルヴァーナの機嫌が物凄く良い。
なにかこう、狼的な部分が刺激されるのだろうか。
ドロップアイテムはレッドホッグの肉、レアドロップでレッドホッグの皮だ。
4階層をメインに戦い、たまに3階層で栗を拾うという風にして日々を過ごしていた。
好事魔を生ずと言う。
その日は南通りから少し西に入った場所にある酒場にレッドホッグの肉を売りに行っていた。
ちょうどいい時間だったので、たまには外で食べようかということになり、その店で夕食を取ることにした。
店の作りは1階が酒瓶の並んだカウンターと厨房と客席、2階の広さは1階の半分ほどで、手摺越しに1階を見下ろせるようになっている。
2階の席を選んで夕食を食べていた。
「うーん、やっぱりガルドさんの料理のほうがいいね」
「そうですね。量は多いですけど、少し雑な気がします」
レッドホッグの肉を使った煮込みを頼んだのだが、下処理が甘いのか少し臭みが出ている。
野菜や果物も足りないし、栄養バランスが心配だ。
値段が安いせいか、店はかなり混雑してきた。
ちょっとガラが悪いので、早めに店を出たほうがいいだろう。
そう思って席を立とうとした矢先、一際ガラの悪そうな集団に声を掛けられてしまった。
「おい、そこの女。なかなか綺麗な顔をしているじゃないか。こっちへ来て酌をしろ」
集団の真ん中にいた若い小太りの男が偉そうに言う。
驚いた。
赤くて丸くてレッドホッグそっくりだ。
「いや、俺たちはもう帰るところだ」
シルヴァーナに相手にしないよう目配せして帰ろうとする。
「おめぇには聞いちゃいねぇよ。どうだ、姉ちゃん、こちらのテオドシウス様は魔法使い様だぞ。気に入ってもらえればいい暮らしできるぜ」
取り巻きの一人が道を遮る。
物凄い髭面だ。
こいつがナンバー2か。
睨み合っていると、しびれを切らしたテオドシウスがシルヴァーナの手を掴んで連れて行こうとする。
あわててシルヴァーナを掴んでいた手を捩じり上げ、
「悪いな、コイツは俺の女だ」
と言って軽く押した。
体を鍛えていないのか、それだけでテオドシウスは尻餅をつく。
「痛っ、貴様、俺に逆らったな! おい、あいつを捕えろ!」
と叫ぶと、取り巻き達が広がって包囲しようとしてくる。
俺たちは囲まれないようにジリジリと後ろに下がり距離を取った。
もうダメだ。
やるしかない。
「シルヴァーナ! 剣は抜くな!」
それを合図に近くの男が飛びかかってきた。
近くの椅子を掴むと、振り回してそいつの脛に叩きつける。
安物の椅子が一発で砕け散り、相手が悶絶した。
残った背の部分を奥の男達に投げつけると、机の上にあった皿を掴んでフリスビーのように投げつけていく。
シルヴァーナも大立ち回りしているようだ。
掴みかかってきた男を投げ飛ばしている。
投げ飛ばされた男が2階の手摺を超えて1階の机の上に落ちた。
机が衝撃で潰れ、店の客が悲鳴を上げて逃げていく。
次に躍りかかってきた男の頭に、シルヴァーナは飾ってあった花瓶を叩きつけた。
ガシャン!
という派手な音を立てて花瓶が砕け散る。
俺も真似をして、近くにあった花瓶を相手に叩きつけると、
ゴーン……
という音が響いた。
鉄製だった。
「ご、ご主人様……」
シルヴァーナが青い顔をしている。
ならず者たちも青い顔をしている。
俺も青い顔をしているだろう。
「なんて非道な奴だ! みな、抜け!」
髭面が合図すると、敵が懐から短刀を抜いていく。
もう破れかぶれだ。
近寄ってきた男に鉄製の花瓶を蹴り飛ばす。
相手の顔面に当たって跳ね返ってきた花瓶をキャッチして、別の男の頭を横殴りに殴りつけた。
シルヴァーナは1階に飛び降りた。
残りの男たちが追っていく。
シルヴァーナはカウンターに陣取ると、追ってきた男たちに酒瓶を次々に投げつけていった。
俺は大きなテーブルを挟んで、2階に残った髭面と対峙していた。
「てめぇ……ちょこまかと逃げやがって。そこでじっとしていろ!」
そう叫ぶと、髭面がテーブルの上に飛び乗ってこっち側へくる。
俺はテーブルの下を通って反対側へ逃げた。
「へへ、こっちだ」
髭面がまたテーブルの上に飛び乗ってこっち側へくる。
俺はまたテーブルの下を通って反対側へ逃げる。
「おい、のろま髭、こっちだよ~」
今度は髭面はテーブルの下を通ってこっち側へ来ようとしたので、俺はテーブルに飛び乗った。
そのままテーブルの上で相手が出てくるのを待つ。
髭面の頭が見えた瞬間、花瓶を上から思いっきり振り下ろしてやった。
髭面が「うっ」と呻いて気絶した。
「おい、取り巻きの連中は全員倒したぞ」
テオドシウスは顔を益々赤くしている。
「貴様……絶対に許さん!」
そういって杖を構える。
「燃やせ ファイアーボ……」
「バカッ!」
近くの茶碗を投げつけると、見事顔面にヒットした。
魔法なんて、これだけで詠唱が止まってしまう。
クルミの教訓だ。
こんな室内で魔法を使われたらたまったもんじゃない。
鉄花瓶をテオドシウスの頭に被せると、剣の鞘でガンガン叩いてやった。
シルヴァーナの方も終わったようだ。
ちょうど衛兵達もやって来た。
俺達は衛兵達に事情を説明した。




