報酬
「隊長の♪ ちょっとイイトコ見てみたい、あ、それ、イッキイッキ……」
「グワハハハハ」
「ご馳走♪様が聞こえない、あ、それ、イッキイッキ……」
昨夜の捕り物から帰ると、俺は風呂を使ってさっさと寝てしまった。
敵の魔法に倒れた兵士も一命を取りとめ、ユリアさんにヒールを掛けてもらっていた。
ユリアさんはかなり高Lvのアコライトらしい。
神祇官なのだからジョブも上級職なのかと思ったが、社会的な身分とジョブはあまり関係ないそうだ。
今日は一日、代官館に与えられた一室でゆっくりと過ごした。
暇に任せて昨日のことを考える。
昨夜、俺は「童貞を捨てた」訳だけど、これがいまいちピンとこない。
人を殺してもショックを受けない自分にびっくりしていた。
夢中でマナボルトを放ったら相手が死んだ、それだけだ。
剣で殺したのならもっと悩むのだろうか。
倫理的には昨夜の俺は悪かもしれない。
殺されそうだったから殺した、正当防衛だ、と言うことはできる。
しかし、法的に殺人罪が成立するか否かと倫理上の善悪は別問題だ。
殺されないために殺した、というのは生存本能に従った行為だ。
自分で決めたことじゃない。
本能に従っただけだ。
本能に従うだけなら動物と変わらない。
仮に、殺されないために殺す、という判断を理性がしたのだとしたら、その理性の命令は仮言命法だ。
X(目的)の為にY(行為)をする、という風に目的と手段の関係だからだ。
目的とは無関係に命令されるのが定言命法だ。
カント的には定言命法に従う時だけ善になる。
殺人はどう考えても定言命法に反している。
金であれ、感情であれ、なにがしかの目的が必ずあるからだ。
しかし、昨夜は俺が殺さなければ、俺だけでなくガイウスさん達まで死んでいた。
「正当防衛は悪」という結論は直観に反する。
定言命法の例外と考えるべきなんだろうか。
いや、問題はそこじゃない。
問題は俺は人を殺したのに特に罪悪感を覚えていない、ということだ。
形而上の善悪の判断とは別に、俺自身の心に迫るモノがないのだ。
或いは、俺は殺人の「当事者」たることを放棄して、その善悪を語る「観察者」の立場に逃げているだけなのだろうか。
そう言われればそうかもしれない。
しかし、昨夜、あの魔法使いの死体のそばにいっても、罪悪感は覚えなかった。
深呼吸してみても、多少血の匂い、生物の匂いがしただけだ。
当事者たろうとしたのに、心に迫るものがない。
不思議だ。
いや、むしろこのように考え込んでいること自体が、殺人のストレスなのではないだろうか。
なにも殺人のストレスは、身体的な拒否感や不快感だけで表れると決まっているわけじゃない。
大体、昨日の奴隷商たちは悪だ。
疑いもなく悪だ。
人を人として扱ってない。
昨日、あの場所でヒューマニズムを説法しろというのか?
無茶を言うな。
同じ状況に置かれたら、女神だって人を殺すだろう。
女神が人を殺すことが許されて、俺が人を殺すことは許されないなんて理由はない。
道徳なんて関係ない。
もしかして俺は神か英雄なんじゃないだろうか。
いやいや、待て待て。
ロシアの青年の二の舞だ。
分不相応だ。
こうやって思考している時点で、殺人に囚われているのかもしれない……
「しかし、アキト殿。昨夜は大活躍でしたな!」
「そんな、ガイウスさん。アキト殿なんてやめてください」
「昨夜は思わず、アキトなんて呼んでしまいましたな」
「これからも、呼び捨てでお願いします」
「よし! アキト、飲め飲め」
「うっす。頂きます」
夜からは代官が用意してくれた慰労会があった。
昨夜怪我をした兵士達も、包帯を巻いたまま馬鹿騒ぎをしている。
ちなみに、俺は報奨金として金貨15枚を貰えるらしい。
作戦参加で1枚、扉を吹き飛ばしまくったことで4枚、敵の魔法使いを仕留めたことで10枚だ。
「アキト、浮かない顔をしているな」
ガイウスさんが言った。
「探索者にしろ軍人にしろ因果な商売だ。あのな、こういう時は酒飲んで忘れちまえ。人の生き死になんて、神様が考えることだ。俺たちは酒を飲むだけさ」
金以外にも貰ったものがある。
スキルポイントだ。
最初はスライム1匹について1ポイント貰っていた。
ところが、50ポイントを境に、ぱったりとスキルポイントが入らなくなったのだ。
今日自分のステータスを覗いてみたら、スキルポイントが100ほど増えていた。
原因は言う必要がないだろう。
異世界の神様は随分と意地が悪いらしい。
変にシリアスになってしまった…‥
こんなはずじゃなかったのに(´・ω・`)