表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Love W  作者: みねお涼
4/4

第4話


「ユキ、お前なんで逃げないわけ?ねぇ」

「…ケイ?」

唇が離れても、やはりケイの顔は曇っている。

普段とは違うケイの様子に、ユキはそっとケイの頬を包み込んだ。

その瞬間、ケイは弾かれた様にユキを解放し、椅子を蹴りつける。

「お前…!お前は!…トールが大事なんだろ!」

ユキは、ケイの叫びに愕然となってしまう。

トールに謝りたくて、来たはずなのに。

ケイにキスされて、ケイの苦しそうな表情を見て、慰めてあげたくなった。

あの自称天才医師の話を聞いてしまった後だったから…?


ユキは荷物を持って部屋を駆け出していた。




玄関を出たところで、ユキの目から一筋涙がこぼれた。





部屋では、ケイがベッドに頭を預けて意識を沈めていた。

「……ユキはオレでもいいみたいだな。取ってもいい?」

「…だめに決まってるだろ」

昨日のアミューズメントパークでの一件以来、閉じこもって出てこない「トール」と話をするため。

「はぁ?てめぇ、逃げてんじゃねぇか。言える口かよ」

「…」

「ユキも真面目なお前よりも、オレみたいな奴が好きなんだぜ?」

「ユキちゃんを愚弄するな!誰がお前みたいな……」

言いきらないうちに、「トール」の言葉はさえぎられる。

「オレを望んだのはてめぇだろうが!」

ぐっと、「トール」は黙り込んだ。

長い沈黙を破ったのは


「……どちらが好きかなんて、ユキちゃんが決めることだよ…」


トールだった。


そして、今日も一日が始まる。

ユキとトールの、そしてケイの葛藤は、日が変わったからと言って解決されない。

「ユキっち~。今日井出君出てきてるみたいよ?」

「え、ホント?」

ツバサの報せに、ユキはためらいがちな反応を示した。

その行為で、ツバサはユキがトールと仲直りできていないことを見破った。

「裏庭に一人でいたけど、なんだかワイルドなカンジでカッコよかった!」

どうやら、また密かに購買部に買い物に行ったらしい。

ツバサがあの渡り廊下を使うのは、そんな時だけだ。

「ケイなんだわ!」

ユキは、駆け足で教室を後にする。

ケイとも気まずい雰囲気には変わりない。

だが、トールを裏切るような行為をしたと気付いてしまったからか、幾分ケイの方が気が楽だ。

「え?ケイって、誰?何?ちょっと!」

後ろでツバサがなにか叫んでいるのも、もう耳に入らない。

渡り廊下まで出て、目的の人物をみつけた。

「ケイ!」

ケイはゆっくりと、走り寄るユキのほうへと振りかえった。

「あの、昨日本当はわたし…」

ケイは、息を切らしてそう切り出すくユキの腕を引き、抱きしめた。

「ちょと…」

恥ずかしそうに身をよじるユキだったが、強いてその腕を振り払うようなことはしなかった。

「ねぇ、ユキ。拒まないでくれるって事は、オレを選んでくれるわけ?」

「……え」

言葉の意味がわからず、ユキは固まった。

「約束したんだよ、トールと。ユキが、選んだほうがこちら側にいるって」

重たい雰囲気に、ユキは恐れを覚える。

得体の知れない、恐れを。

「どういうことなの…?何?こちら側って何なの?」

妙な不安感を覚え、ケイから離れようと腕に力をこめるが、ケイはしっかりと抱きしめたままユキを放そうとしない。

「トールが、苦しむんだ。ユキを、守る自身をなくして」

「ユキちゃんの、選んだほうだけがこの現実で生きていくから…」

「なぁ、オレと、トールとどっちが大事?」

「選んで。どちらか、一人を」

ケイとトール。

一つの体に宿る、違う人格。

二人に語りかけれらている感覚。


彼らが、求めるモノはただ一つ……。


ユキの目に、いつの間にか涙が浮かんでいた。




(わたし、本当にトールが好き…、だけど、ケイも…好き)

トールとの思い出、ケイとの思い出が、ぐるぐるとユキを取り囲んでいく。

(どちらかを、選ばなければならないの?)


――かつて、生き残るために片方が犠牲になった様に…


「違う!違うよ…!二人とも!」

ユキのその言葉に、ケイはユキを放してやる。

見つめ合う二人。

「どっちも、おんなじ人なんだよ?」

一呼吸おいて

「欲張りでもなんでもいい!どっちも大切なんだから!」

笑顔で言いきるユキに、面食らったかのような顔をしているのはケイか、トールか。

ユキの顔に、迷いは無い。

「は、ははは…」

力なく笑うその様子に、ユキは泣いているのではないかと錯覚する。

「まいるなぁ…。はは、どっちもかよ…」

そう言いへたれこんだのは、ケイだった。

「うん。選べって言われても、選べないくらい大切。こんな答えがあっても良いでしょ?」

ケイは、今までにないくらいの笑顔をユキに、そして内にいる「トール」に向ける。

「自身もてよな?…トール(オレ)」

その消え入りそうな声を、ユキははっきりと聞き取ることはできなかった。

「………ケイ?」

不安が、

「……あーあ、すっごい髪型」

笑みの含まれた、声。

ワックスで整髪された髪の毛を、きちきちといつもどおりに戻していく。

その性格は、トールのもの。

だが、その途中で何を思ったか、注意を受けない程度に軽くスタイリングしていく。

「………トー…ル?…なの?」

「どうだろう…?」

顔を上げた青年は、やわらかで穏やかな目をしていた。

「ありがとう…。僕も、ケイも選んでくれて、ユキ…」

「!!」

ユキはその場で思いっきりトールに抱きついた。

はじめは躊躇していたトールも、しっかりとユキの体に腕を回した。

もう決して、大切な片割れをなくさない様に。



秋の陽気に、公孫樹の実が熟し始めていった。

これから、葉も一層色づいてくるだろう。

その大木の恵みは、何も実や秋の彩りばかりではない。

直射日光を遮って、大きな日陰を生み出している。

そこは、気温が少し低かった。

青年が、ハードカバーの厚い本を読んでいる。

手に持つのも重そうな、だがはっきりと学童向けと分かる大き目の文字。

数年前からブレイク中のファンタジー小説だ。

少女が、後ろの校舎から走ってやってきた。

いつも青年より早く待ち合わせ場所の校門に来ようと心がけているにも関わらず、ついぞ達成できた日はない。

「ごめんトール!」

青年、トールは本を読む時だけにかける眼鏡をとり、笑顔をむけた。

今日は、トールの家の近所にある大病院の跡取息子、自称天才医師、御坂リョウジの診察を受けに行く予定だ。

今はまだ研修医だが、いずれ医院長になること間違い無しの腕と認められているらしい。

それにしてもユキはまだ彼の話を、人格を信用できない。

でも。


「行こうか、ユキ」


差し伸べられた手を握り、ユキはうなづいた。

トールでも、ケイでも。

どっちも大切だという気持ちに偽りなどないから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ