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Love W  作者: みねお涼
3/4

第3話


「どうしよう…。トール怒らせちゃった」

祝日が明け、学校に出てきてもユキの心は晴れない。

一晩経って晴れている様な、簡単な悩みではない。

「あぁ?どうしたのさ、ユキっち」

自分の机に突っ伏して唸る友人に、ツバサが声をかけた。

ユキは、事の一部始終をツバサに相談した。

井出トールが、二重人格で、ケイがどんな奴なのかは伏せて。

「ってそりゃ、品行方正な彼がいきなり暴力振るっちゃったらねー。反省してんじゃない?」

泣きそうな顔をしているユキに、ツバサは平然と言い捨てる。

持参しているお菓子を食べながら、ツバサは続ける。

「ユキの、本当の気持ちをぶつけたら?」

それは、ユキから話しかけなさいということだ。

こくんと小さくうなずくユキ。

一人で悶々としていたが、人に話せたことで身が軽くなった気がした。

「そういえばさ、あたし井出君と若い男の人が話しているの見たんだけどさ、何だったんだろうね?」

「若い…男?」

ユキは怪訝そうに表情を曇らせた。

またケイが起こした事件に関連してのことだろうかと心配になったが、ツバサの話ではそういう雰囲気ではなかったという。

「明日、みせにこいとかなんとか…。でもユキっちとデートしてたってことは、サボったのかもね」

「誰かな…?」

「さぁね。でも男前だったよ?」



今日、トールは学校に姿を見せなかった。


(何か、あったの…?)


一人でとぼとぼと校門を出てきたユキに、若い男が声をかけた。

「なぁ、あんた堤サン?」

偉そうに腕を組んだ男を、ユキは半ば放心状態で見上げた。

男は、いつもトールがそうしているように、校門に背を預けて公孫樹の影にたたずんでいた。

その印象は若い。恐らく20も半ばを超えたくらいではなかろうか。

「オレは御坂リョウジ。近代稀にみる天才医師です」

男はそう名乗って、怪しい笑みを口元に浮かべた。

というか、全体的に怪しい。

自分で自分を天才とか紹介している時点で。

本当に医師だとしても、信用半減どころが無いに等しい。

というか、俄かに信用しがたい。

「ちょっといいかな?」

「……」

ユキは早足に歩き出した。怪しすぎる。

その後を、長いリーチを持つリョウジは難なくついて来ていた。

「一体何なんですか?」

「堤に話たいことあるんだけど」

ユキは、自分の名が堤だと肯定した覚えは無い。なのに、この男はすでにそうだと決め付けていた。

まぁ、間違ってはいない。しかも

「堤は、井出の彼女なんだって?」

そんな情報まで知っているとは…

「!なんで…。あ、あなたもしかして、学校でトールと会ってたって言う人!?」

「あれ?見られてたんだ。まぁ、いいんだけど、そんな話をしたいわけじゃなくてさ」

立ち止まったユキを、今度はリョウジが先導する。

どうやら、ユキの行き先と同じ方へ向かっている。

トールの家の方角へ。

ユキは、リョウジを睨み付けながらもついて行く。

「あいつの腹にでっかい傷があるの知ってる?あれ手術したのオレの親父なんだけど、親父が死んでからはこのオレが診てやっている」

一昨日の夜、初めて見た傷のことだと、ユキは瞬時に判断した。

「それが、昨日の診察の約束やぶってね、夕方来たと思えば傷に爪立てて、しかもいきなり倒れやがった」

「それ、ケイ…が負った傷なんですか?」

ユキはリョウジを警戒しながらも、そう訊かずにはいられなかった。

あの傷のことは、知っておきたい。

「…んー、やっぱ知ってるのか。もう一人の人格のこと」

この医者は、トールとケいの二重人格の事を知っていた。

ごくり、と。

ユキはつばをのむ。

リョウジは、あごに手をやりしばらく考えているようだった。

何を聞かされるのか、ドキドキしながら待つ。


「あの傷は、双子として生まれてくるはずだったモノを取った痕さ」


「双子…?」

「連結胎児って言えば分かるかな?本来別個の胎児が、なんらかの要因で腹のところでくっついてたそうだ」

あっけらかんと。

リョウジは、ジーンズのポケットに手を入れた姿勢で世間話のような感覚だ。

「しかし、心臓をはじめとするほとんどの臓器を共有していたのさ。だから、一人を助けるためには、もう一人の体を切り離さなきゃなんなかった」

残暑のせいでもなく、ユキの首筋を一筋の汗が流れた。

「二人同時には生きられない。そして一人が生き残った。井出、がね」

ちょうどリョウジの話が終わったとき、二人の行く先に、井出と表札の出ている家が見えてきた。

「じゃ、もしかしてケイという人格は、その双子の片割れ…」

目を泳がせながら、ユキは憶測でしかない考えを言う。

そんな大事件、大手術がされたのなら、ニュースになっていてもおかしくはない。

だが、そんな事実、今まで知りもしなかったし、きっと誰も知らない。

半信半疑に、リュウジの話を聞く。

「切断手術が行われたのは幼児の頃だ。意識なんて無いに等しい。だが…」

その手術には、危険と、気の遠くなるような時間が付きまとった。

井出の両親は、子供がいなくなる危険性より、どちらかが生き残る奇跡を信じた。

本来ならば、完全な双子として生まれてくるはずだった胎児。

それが、神のいたずらか悪魔の手引きか…。

連結して、しかも殆どの臓器を共有して生まれた命ゆえに、切り取られた胎児。

「確かに、井出はその存在を感じて感じてたんだろうなぁ」

玄関の前。

リョウジは、立ち止まって話を続けていた。

「だがな、だからといって井出の中に片割れの人格が残ると言うことは無い」

ユキは、トールの部屋を見上げていた。

自称天才医師の言葉が、体を通り抜けていく…。

どんなに考えをめぐらしても、それは憶測でしかない。

二重人格の形成には、いろんな原因が考えられている。



「オレは、ケイ(あれ)は井出の願望だと思っている」



玄関の前に一人立っているユキ。

頭の中には、リョウジの言葉が反芻している。

――井出の願望だと思っている。

リョウジは、トールの過去を伝えるだけ伝えると

『井出の傍にいてやりな』

と意味深な笑いを残し去って行った。

ユキは、言いようのない不安を抱えたまま、呼び鈴に手を伸ばす。


コール。


ドアノブが回り、金属質の扉が開く。

出てきたのは、ユキもよく知った顔の青年。

だが、一体どちらなのかは判断がつかない。

「あ、あの…ケガは…」

「入れば?」

言葉を発したのがトールではないことを悟り、ユキは安心したようにため息を吐く。


――ユキの本当の気持ちをぶつけなよ。


ユキの脳裏には、ツバサの声が浮かんでいた。

(謝りたい。…トールに…)

ユキは、トールの部屋に通された。そこは、ケイの部屋とも言える。

ケイは奥の椅子に、ユキはきちんと整頓されたベッドに腰掛ける。

「何しに来たの?」

ケイは無表情に訊いた。

「え、いや、なんと言うか…」

ケイは、しどろもどろした返事にいらつくでもなく、淡々としゃべる。

「近づくなって言われなかったっけ?」

「それはトールがっ…」

言い終わらないうちに、ユキの視界は傾く。

(―――…えぇっ?)

「わかってねぇだろ…お前」

ユキは、しっかりと肩を押さえられて、ベッドに押し倒されていた。

前髪で、その表情は見えないが、ケイはなぜか苦しそうに言葉を続ける。

「ユキ…」

「…………」

ユキはびっくりしたような表情のまま。

されるがままにキスされていた。


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