第1話
少女漫画のノリで書いてます。
細かい描写がありませんので、ご了承ください。
午後の空気は、夕焼けの熱を孕んでまだ暑い。
秋の足音はすぐ後ろで足踏みしたまま、強い日光が大地の温度を上昇させる。
うだるような熱気は、コンクリートとアスファルト。
そしてエアコンの室外機のなせる技か。
そんな日差しの中、授業を終えた学生達が校門を後にする。
磨き上げられた校門の門柱は、丁度言い具合に公孫樹の日陰に入っていた。
一人の男子生徒が「第一高等学校」と名の刻まれた門に寄りかかって、ハードカバーの本に視線を落としている。
しばらくして、部活動生と受験を控えた3年生達を残す校舎内から、少女は駆け出してきた。
走り寄る少女が、声をかける。
「トール」
呼びかけられた少年は顔を上げ、かけていた眼鏡のブリッジを持ち上げた。
「おそいよユキちゃん」
言葉では少女を非難しながら、微笑で迎える。
2人は一緒に歩き出した。
堤ユキと井出トールのデートは決まって放課後。
自宅へ帰るまでの、20分たらず。
でも、それが毎日の楽しみだった。
楽しそうに談笑する2人の死角から、一台の自転車が近づいていた。
彼女達が、その危険に気付いた時には、既に回避できない状況で。
「危な…!」
自転車に気付いたトールは、咄嗟にユキをかばった。
しかし、カバンが自転車のハンドルにに引っ掛かり、トールの体を強く回転させた。
――ゴン!
横転し、学校の塀に強く頭を打ち付けてしまったようだ。
「トール!」
ユキは、しゃがみこんで声をかける。
身じろぎしないトールの様子を見て、自転車に乗っていた人が、救急車を呼ぼうと携帯を取り出すが。
「ごめんなさい!救急車…!」
直後、トールはむっくりと起きあがった。
「いらねぇよ、そんなん」
トールには、秘密があった。
「だっせぇ…」
トールはそう言い、手櫛で髪を書き上げる。
整髪料もつけていない、清潔な黒髪が乱れる。
その言葉遣いといい、雰囲気といい、直前までのトールであった人物は、何かが変わっていた。
「……ケイ?」
ユキは、恐る恐るトールのことをそう呼んだ。
ケイ、と。
「オレ、ちょっと行ってくるからこれよろしくね」
トール…いや、「ケイ」は、不敵に笑いながら手にしていた学生かばんをユキに放り投げた。
「ちょっ…、待ちなさいよ!」
歩き出そうとするケイに、ユキは強気に声をかける。
中身がトールでないのなら、ユキもそれなりの態度を取る。
振りかえり、じっとユキを見つめるケイ。
「僕を止めたかったら…」
睨み付けるユキに、ケイはにじり寄った。そして、顔を近づけてぼそりと。
「オレにキスしてよ」
そう挑発してやる。
ケイには、ユキとトールがまだ清い仲だと分かっている。
だから、そんなことを言われて顔を赤らめるユキを見るのが楽しい。
「…」
無言のユキと自転車の人に背を向け、ケイは歩き出した。
秘密。
トールは、二重人格なのだ。
【Love W】
ユキは、茫然と自分の前から消えるケイを見つめていた。
自転車の持ち主も、わけがわからず中途半端な位置に携帯電話を掲げたまま。
トールが意識を失うと、ケイは表に出てくる。
品行方正、成績優秀なトールに対し、乱暴暴虐、天真爛漫なケイという人格が生まれたのは、必然なのか…
なんにせよ。
この事態は、付き合い始めた頃から事情を知るユキにとって大きな心配の種であった。
:::
外にはもう、人工の明かりしか灯っていない時間。
ユキは、机に向かい勉強していた。
――コン。…コン。
窓に、何かが当たる音。2階の自室のカーテンを開くと、一人の若者が道路に立ってにっこり微笑んでいる。
(トール?)
まさかと思い、ユキは窓を開ける。
「おい、オレの荷物は?」
(…なわけないよね)
その言葉遣いから、男の意識ががトールでないと悟りがくっときた。
そんなユキを無視し、ケイは勝手に部屋に入ってくる。
器用にも、雨どいをつたってである。
「あんたのじゃないでしょ?ちょと!ってゆうか入らないでよ」
「気にするナって!あー疲れた」
ベッドに倒れこむケイ。その傷だらけの体を見て、
「もう!またケンカなの!?」
ユキは呆れた様に、しかしきちんと声をひそめて注意する。
一人娘の部屋に、意図も簡単に男が侵入しているなどと知られてはまずい。
だが、ケイの反応は返ってこない。しんとする室内。
ケイは、静かに寝息を立てていた。
「…もう寝てる。…ん?」
大きく肩を上下させたユキは、見つけてしまった。
ケイのシャツがはだけている。その下にある、大きな傷痕を。
(まさか、ケイ…。危ない事してないよね?)
その傷は、ケイの下腹部を右下から左の肋骨の下までを大きく横断していた。
傷自体はだいぶ古いもののようだ。
(そう言えば、水泳の授業…出てないけど、コレのせい?)
もちろん清い仲の二人である。
ユキが、ケイの…トールの体に刻まれたその傷を見たのは、初めてのことだった。




