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オオカミ少年

作者: 山中幸盛
掲載日:2011/07/09

 『嘘をつく子供』はイソップ寓話のひとつ。『狼と羊飼い』または『オオカミ少年』というタイトルの場合もあり、この話を由来として、現実の「嘘つき少年」をオオカミ少年と呼ぶことがある。

 羊飼いの少年が、退屈しのぎに「狼が出た!」と嘘をついて騒ぎを起こす。大人たちは騙されて武器を持って来るが、徒労に終わる。少年が繰り返し嘘をついたので、本当に狼が現れた時に大人たちは信用せず、誰も救援に行かなかった。そのため、村の羊は全て狼に食べられてしまう。

 オリジナルでは嘘をつきつづけた少年自身が襲われて狼に食べられてしまう懲罰的な結末だが、近年は残酷さゆえ羊が食べられてしまう話になっているものが多い。また、実際にオオカミが人里で人を襲う事はほとんどない。

 人は嘘をつき続けると、たまに真実を言っても信じてもらえなくなる。常日頃から正直に生活する事で、必要な時に他人から信頼と助けを得ることができる。嘘をつく意図はなくても、結果的に誤ったものとなる場合も例外ではない(天気予報など)。

 原作では村人の羊も何匹か食い殺されており、先入観によって人を信じない事の危険さも教訓としている。

(*インターネット百科事典「ウィキペディア」より)


 二十年ぶりだろうか。平成二十三年の三月十日から四日間の行程で、幸盛は思いきって車で遠出をすることにした。

 行き先はどこでも良かったのだが、同行する伴侶が温泉好きのため、奥州三名湯の一つ、欽明天皇の皮膚病を治したと伝えられる秋保あきう温泉で一泊し、観光気分で日本三景の一つ松島まで出向いて来て、適当な漁港の堤防の一角で、携帯用釣りザオを出していた。

 伴侶が言った。

「こんな頼りなげなサオで、魚が釣れるの?」

「この携帯釣りザオを馬鹿にしちゃいけないよ。二キロくらいまでの魚なら折れやしないし、糸も強靱な奴を使っているから簡単には切れない。だけど心配御無用、どうせメダカみたいな小魚しか釣れやしないから」

「メバルとかグレなら釣れそうだね」

「三陸海岸にしかいない、珍しい魚の顔が見たいもんだ」

 今回のドライブは観光が第一の目的だから、釣り師の血が騒ぐのを抑えるため、あえて本格的な釣り道具や釣った魚を入れるためのクーラーボックスを持って来てはいない。釣りエサも瓶詰めのイカの塩辛だけにすると固く決めている。


 しかしそれでも幸盛の血は騒ぐ。何かの間違いででっかい魚が餌に食いついてサオが折れそうになる光景を夢見てしまう。釣り始めてしばらくすると、地元の漁師らしき二人連れが通りかかったので、幸盛は声をかけた。

「ここはどんな魚が釣れますか?」

 すると二人は足を止めて顔を見合わせ、一人があきれ顔で言った。

「まだ三月だっぺ、水温が低いっがら、なんも釣れねーぞ」

「メバルくらい釣れませんか?」

「んにゃ、」

 と一人が何か教えようとした時に、地面がグラグラと揺れ始めた。

「地震だ」

 と誰もが叫んだ。しかもかなり揺れが激しくてなかなか収まらない。幸盛と伴侶は折りたたみ椅子から離れ、しゃがみ込んで周囲を見回した。後方の松林の松の木の枝がわさわさと揺れ、電柱と電柱の間に張った電線が狂ったように踊っている。そして水銀灯のポールの一本が根本に近い所でへし折れて幸盛の目と鼻の先に倒れてきた。

「やばい、かなり大きいぞ」

 とその時、松林と堤防の間の十メートルくらいの地面が一瞬で割れ、その延長線上にあるコンクリートの堤防にも亀裂が生じた。

「逃げるぞ」

 と叫びながらも、幸盛はその場で高価な携帯用釣りザオを一節一節縮め始めた。伴侶ももどかしげに従う。そして二十五センチの長さに収納して車に戻りかけた時に、やっと地面の揺れが止んだ。漁師たちが声を掛け合う。

「津波が来っかもしれねーがら、船を陸から離すべ」

「んだ、岸壁にガンガンやられた日にゃ、傷だらけになっがらな」

「津波ですか」

と思わず幸盛が声を掛けると、漁師たちは微笑んだ。

「なあに、ここは海面から五メートル以上の高さがあっがらおめたちは安全だ」

「んだ、いつも津波、津波って騒ぐげんど、海面がせいぜい一、二メートル上昇するだけだかんな」

 漁師たちは船に向かって走り去った。

 たしかに、津波警報はちょくちょく聞くが、せいぜい名古屋港で十センチ、尾鷲港で三十センチとかだ。しかし今の地震は半端じゃない。念のため港から離れるに限る。時計の針を見ると、午後二時五十分を過ぎたところだった。 



* 文芸同人誌「北斗」第578号(平成23年6月号)に掲載 

*「妻は宇宙人」/ウェリブログ



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