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地味な勇者と美しすぎる魔王

作者: ヤク男
掲載日:2026/09/02

『地味な勇者と美しすぎる魔王』


第一章 魔王降臨

王都の中央広場。

昼下がりの穏やかな空気を切り裂くように、黒い雲が空を覆った。

広場にいた人々が、一斉に空を見上げる。

雷鳴。

その中心から、ひとりの女がゆっくりと降りてきた。

黒曜石のような長い髪。

透き通るような白い肌。

紅玉を思わせる瞳。

漆黒のドレスの裾が風に揺れ、背中には巨大な黒い翼が広がっている。

誰かが息を呑んだ。

「……魔王」

その呟きが、波紋のように広場へ広がった。

「魔王だ!」

「本物か!?」

「逃げろ!」

悲鳴が上がる。

しかし、魔王は逃げ惑う人々など意に介さず、広場の噴水前へ静かに降り立った。

そして、

「人間どもよ」

凛とした声が響く。

「我が名はリゼリア。魔族を統べる者」

魔王リゼリア。

人類史上最悪の災厄。

広場が静まり返る。

「三十日後、我が軍は王都へ進軍する」

そして。

「それまでに、我を討つ勇者がいるというのなら」

リゼリアは、ゆっくりと笑った。

「来るがいい」

その瞬間。

「待て!」

声が飛んだ。

人々が振り返る。

広場の階段を、一人の少女が駆け上がってくる。

腰まで伸びた茶色の髪。

どこにでも売っていそうな鉄の胸当て。

使い込まれた長剣。

そして、

ものすごく普通の顔。

「勇者……?」

誰かが呟いた。

少女は息を切らしながら剣を抜いた。

「勇者アリシア! 人類代表として、あなたを討つ!」

「……ほう」

リゼリアが目を細める。

アリシアは剣を構えた。

足は震えていた。

手も震えていた。

それでも、魔王から目を逸らさない。

「人間を……守る!」

「なるほど」

魔王は微笑んだ。

そして、ほんの少し首を傾げる。

「そなたが、勇者か」

「そうよ!」

「…………」

リゼリアはアリシアを上から下まで眺めた。

「随分と…」

アリシアは息を呑んだ。

「地味だな」

「ほっといて!」

広場に、どっと笑いが起きた。

「勇者、顔普通だな!」

「装備も中古品じゃないか!」

「魔王様のほうが勇者っぽいぞ!」

「美人すぎる……」

「おい、魔王様こっち見たぞ!」

「死んでもいい!」

「いや死ぬな!」

アリシアの顔が真っ赤になる。

「うるさい!」

剣を振る。

だが、

魔王は避けなかった。

ただ、指一本でその刃を止めた。

「……っ!」

アリシアの腕に衝撃が走る。

「この程度か」

リゼリアは静かに言った。

だが、彼女はアリシアを傷つけなかった。

「三十日後に、もう一度来い」

「え?」

「その時までに、我を楽しませる程度には強くなれ」

そして魔王は空へ舞い上がった。

去り際。

一度だけ振り返る。

「…勇者アリシア」

「な、何よ!」

「そなたは、悪くない」

「……!」

不敵な笑み。

それだけ残して、魔王は雲の彼方へ消えていった。

広場に静寂が戻る。

アリシアはしばらく空を見上げていた。


こうして。

魔王リゼリアによる宣戦布告の日は、人類史に刻まれた。

そして、

勇者アリシアの人生を、大きく狂わせる始まりの日にもなった。

三日後。

王都の酒場。

「勇者様、最近人気ないよね」

「……」

アリシアは黙々とスープを飲んでいた。

「以前はさ、勇者様が歩くだけで『頑張ってください!』って声かけられてたじゃん」

「……」

「今じゃ『あ、地味な勇者だ』だもんな」

「…………」

「昨日なんか子供に『魔王様のほうが美人!』って言われてたし」

「………………」

アリシアはスプーンを置いた。

「……あいつのせいだ」

「誰?」

「魔王」

「まあ、あれは仕方ないよ」

「何がよ」

「だって――」

「美人だし」

「スタイルいいし」

「声も綺麗だし」

「強いし」

「余裕あるし」

「なんかちょっと悪そうなところもいい」

「あと、あの笑い方」

「わかる」

「わかるな!」

アリシアが机を叩いた。

「私は勇者よ!?」

「うん」

「人類を守る英雄よ!?」

「うん」

「なのに何で、魔王のほうが人気なのよ!」

酒場にいた全員が顔を見合わせる。

そして代表して、店主が一言。

「……華がないから?」

「勇者やめようかな」

その夜。

王都では、一枚の号外が配られた。

【速報】魔王リゼリア、王都上空より宣戦布告!

なお、現場に居合わせた民衆からは

『魔王様、美しすぎる』

『あんな魔王なら支配されたい』

『勇者も頑張っていた』

との声が…

「最後の一文、絶対いらないでしょ!」

新聞を握り潰す勇者。

その一方。

王都から遠く離れた魔王城では、

「……勇者アリシア」

玉座に腰掛けたリゼリアが、先日の少女を思い出していた。

「面白い娘だったな」

側近が尋ねる。

「討伐いたしますか?」

「いや」

魔王は微笑む。

「しばらく泳がせておけ」

「しかし、人類の勇者ですぞ」

「だからだ」

リゼリアは頬杖をつく。

そして誰にも見せたことのないような、楽しそうな笑みを浮かべた。

「あの娘が、どこまで私を追ってこられるのか」

まだ二人は知らない。

三十日後。

二人の再会によって、

人類と魔族の戦争そのものが、盛大に予定変更されることを。


第二章 「私に任せなさい!」

「……魔王のほうが人気……」

王都の宿。

鏡の前で、勇者アリシアは深いため息をついていた。

魔王との遭遇から数日。

街を歩けば、

「魔王様、美しかったなぁ……」

「勇者も悪くないんだけどね」

「こう……華がないよな」

そんな声ばかり聞こえてくる。

「……華がない」

アリシアは鏡の中の自分を見る。

茶色い髪。

質素な服。

飾り気のない顔。

「……私だって勇者なのに」

その時だった。

「ふふっ」

背後から声がした。

「な、何!?」

振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

長い銀髪に、上品な服装。

どこか胡散臭いほど優雅な笑みを浮かべている。

「誰よ、あなた」

「まあまあ。そんな怖い顔をしないで」

男はアリシアの顔を覗き込む。

そして、

「なるほど」

顎に手を当て、満足そうに頷いた。

「私に任せなさい! あなた、素材はいいんだから。」

「……素材?」

「そう。磨けばもっと綺麗になる」

「私が?」

「ええ」

男は鏡の前へアリシアを立たせる。

「まず髪。少し整えるだけでも随分変わる」

「……」

「服も、勇者だからって地味である必要はない」

「……」

「それから、」

男が化粧道具を取り出す。

「ほんの少しだけ」

「化粧……?」

アリシアは鏡を見る。

「私が、綺麗に……?」

「なれるとも」

男はにっこり笑った。

「魔王に勝ちたいんでしょう?」

「勝ちたい!」

「なら、剣だけじゃなく、」

男は櫛を手に取った。

「美しさでも負けない勇者になりなさい。」

「…………」

アリシアの目が、初めて輝いた。

「……やってみたい」

「そうこなくては」

それから数時間後。

鏡の前に立つアリシア。

整えられた髪。

ほんのり色づいた唇。

少しだけ華やかになった服。

「…………これ、私?」

男は満足そうに頷く。

「ええ。元々のあなたですよ」

アリシアは頬を赤らめながら、鏡の中の自分を見つめる。

「……悪くないかも」

そして、小さく笑った。

「……もっと、綺麗になりたい」

その瞬間。

彼女の中で、何かが目覚めた。

勇者アリシア。

剣を握ることしか知らなかった少女は、この日。

美しくなることの楽しさを知った。

「よし」

アリシアは鏡の中の自分に向かって微笑む。

「……魔王。次に会う時は」

「少しは驚かせてあげるわ」

その頃、遠く離れた魔王城では。

「……くしゅん」

魔王リゼリアが小さなくしゃみをしていた。

「誰か、私の噂でもしているのかしら?」

勇者の美への戦いが、始まった。


第三章 美のカリスマによる猛特訓

「今日から、あなたは変わります」

謎の男、レオンは、アリシアの前に立って宣言した。

「まず姿勢!」

「歩き方!」

「髪の手入れ!」

「肌の手入れ!」

「表情!」

「お化粧!」

「そして、美しい笑顔!」

朝から晩まで続く猛特訓。

鏡の前で何度も笑顔を作る。


「次は生活習慣!」

「夜ふかし禁止!」

「甘いもの禁止!」

「ビール禁止!」

「冷たいもの禁止!」

「外食禁止!」

「揚げもの禁止!」

「味つけの濃いもの禁止!」

「そ、そんな…」

すべてアリシアの好きなものだった。


最初はとまどっていたアリシアも、数日経つ頃には慣れてきた。

そして、

髪は艶を増し。

肌も整い。

服装も、彼女に似合うものへ変わっていく。

「……笑ってみて」

「こう?」

鏡の中の自分へ、アリシアが微笑む。

レオンが目を見開いた。

「……完璧だ」

「本当?」

「ええ。もう『地味な勇者』とは呼ばせません」

アリシアは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、もっと!」

「よろしい!」

レオンは新たな訓練メニューを取り出す。

「では次は、立っているだけで人を惹きつける練習です」

「そんなの出来るの?」

「美しさとは、顔だけではありません」

レオンは胸を張る。

「雰囲気も大事。醸し出す雰囲気。」

「内面も磨くの。」

「なるほど……!」

アリシアの目が輝く。

「お願いします、先生!」

「任せなさい!」

こうして、

剣の修行よりも厳しい、

『美のカリスマ』による猛特訓は続いた。

そして三週間後。

王都の広場。

人々の前に現れたアリシアを見て、

「……誰?」

「え?」

「……あれ、勇者様?」

ざわめきが広がる。

以前とは違う。

堂々とした立ち姿。

風になびく美しい髪。

そして、誰もが自然と目を奪われる笑顔。

アリシアは胸を張る。

「勇者アリシアです」

広場が静まり返った。

次の瞬間。

「うおおおおおっ!」

「勇者様!」

「綺麗だ!」

「かわいい!」

「勇者様ー!」

歓声が王都中に響き渡る。

アリシアは驚きながらも、嬉しそうに微笑んだ。

その様子を少し離れた場所から見ていたレオンは、満足げに頷く。

「素材が良いと言ったでしょう?」

そして、

その日の王都では、ある噂が広まり始めた。

『勇者が、ものすごく綺麗になった』



第四章 勇者コーディネート


「よし。次は、装備です」

レオンが、アリシアの古びた胸当てを指差す。

「装備?」

「ええ。いくら美しくなっても、その鎧では台無しです」

「台無し……」

アリシアは自分の装備を見下ろす。

使い込まれた鉄の胸当て。 傷だらけの革靴。 腰には年季の入った長剣。

「……これ、結構気に入ってるんだけど」

「分かっています。だから捨てる必要はありません」

レオンは微笑んだ。

「私がコーディネートするわ。」

「……わ?」

「細かいことは気にしない」

「いや、今あなた『わ』って…」

「さあ、着替えてきて」

「聞いてる!?」

しばらくして。

「……どう?」

試着室から出てきたアリシアを見て、レオンは黙り込んだ。

「……」

「ちょっと。何か言ってよ」

「いや……」

レオンは腕を組み、真剣に彼女を眺める。

「思った以上」

「悪い意味?」

「良い意味」

レオンは満足そうに頷いた。

白と青を基調にした軽装の鎧。

動きやすさを残しながらも、女性らしいシルエット。

肩には短いマント。

胸元には勇者の紋章。

そして、腰には愛用の長剣。

「武器はそのまま」

「え?」

「それがあなたらしいから」

アリシアは剣に触れる。

「……なんだか、いつもの剣なのに違って見える」

「装備は強さを誇示するものではありません」

レオンは笑う。

「あなた自身を引き立てるものです」

アリシアは鏡の前でくるりと一回転する。

「……これ、好き」

「でしょう?」

「うん!」

そして鏡に映る自分を見つめる。

以前の自分とは違う。

だけど、

「ちゃんと勇者だ」

その言葉に、レオンは微笑んだ。

「ええ。ようやく外見が、あなたの覚悟に追いついただけですよ」

アリシアは嬉しそうに笑った。

「よし……!」

剣を抜き、軽く振る。

「これなら魔王にも、」

二人は声を揃えた

『勝てる!!』



第五章 いざ、魔王城へ!

「……ついに、この日が来たわね」

魔王城を前に、アリシアは堂々と立っていた。

以前とは違う。

艶のある髪。 洗練された装備。 凛とした姿勢。

そして何より、

「ふふっ」

自信に満ちた笑顔。

隣のレオンも満足そうに頷く。

「完璧です」

「でしょう?」

アリシアは腰の剣に手を添えた。

「今の私なら、魔王だって怖くない」

「その意気です」

「さあ、行くわよ!」

大扉を蹴り開ける。

「魔王リゼリア!」

広大な玉座の間に声が響き渡った。

「人類の勇者、アリシアが来たわ!」

玉座に座る魔王が顔を上げる。

「……勇者?」

リゼリアは目を細めた。

そして、

「……!」

わずかに目を見開く。

「……随分、変わったな」

アリシアは得意げに笑った。

「そうでしょう?」

「髪も……服装も……」

「ふふん」

「以前とは別人のようだ」

「でしょう!」

アリシアの胸が高鳴る。

勝った。

戦う前から、何となくそんな気がした。

「では、魔王!」

アリシアは剣を抜いた。

「今度こそ、あなたを倒す!」

「……」

リゼリアは立ち上がる。

「なるほど」

その口元に、微かな笑み。

「確かに以前より堂々としている」

「当然よ!」

「では、」

リゼリアが手を掲げる。

魔力が玉座の間を震わせる。

「どれほど強くなったのか、見せてもらおう」

「望むところよ!」

アリシアは剣を構えた。

そして、

「えいっ!」

振り下ろす。

リゼリアが軽く横へ避ける。

「……」

「……」

アリシアがもう一度斬り込む。

「やあっ!」

リゼリアはまた避ける。

「……」

「……」

三度目。

四度目。

五度目。

「はぁ……はぁ……!」

アリシアの息が上がる。

リゼリアは無傷。

「勇者よ」

「な、何よ……!」

「……以前と、あまり変わっていないな」

「…………」

アリシアの顔が固まった。

後ろでレオンが小さく咳払いする。

「……まあ」

「美しさの特訓ですから」

「…………」

そう。

この三週間。

アリシアが鍛えたのは、

髪、肌、姿勢、歩き方、表情、立ち振る舞い。

剣の腕は。

ほぼ、そのままだった。

「……」

アリシアはゆっくり剣を下ろす。

しかし、

「……まあ、いいわ」

「?」

彼女は顔を上げる。

「私は前とは違う」

堂々と胸を張る。

「強さはこれから磨けばいい!」

リゼリアは一瞬呆気に取られ、

「……ふふ」

思わず笑った。

「何よ!」

「いや……」

リゼリアは楽しそうに目を細める。

「ずいぶん面白い勇者になったものだ。」

アリシアはムッとしながらも、少しだけ嬉しそうだった。

翌日。

王都では新たな号外が配られた。

『美しくなった勇者、魔王城へ突入!』

そして民衆の人気は、

さらに上がっていた。



第六章 魔王だって努力している

魔王城。

勇者アリシアが帰った後。

玉座に戻ったリゼリアは――

「……ふう」

小さく息を吐いた。

側近が尋ねる。

「魔王様。いかがなされました?」

「……勇者」

「はい」

「綺麗になっていたな」

「……」

側近は答えに困った。

「以前より、ずっと」

リゼリアは頬杖をつく。

「髪も艶が出ていた。肌も綺麗だった。立ち姿も堂々としていた」

「魔王様……」

「何?」

「まさか……」

リゼリアは黙った。

そして、

「私も負けてはいられない」

その夜。

魔王城の一室。

そこには大量の美容道具が並んでいた。

高級な化粧水。

魔界産の美容液。

髪用の魔法オイル。

そして、

「魔王様、こちら新作の美容パックでございます」

「よし」

リゼリアは迷いなく顔にパックを貼った。

「これは何分?」

「三十分ほど」

「では、その間に爪の手入れを」

「かしこまりました」

さらに、

「明日は美容魔法の予約を」

「承知しました」

「あと、最近寝不足だから睡眠時間も増やす」

「はい」

「食事も見直す」

「はい」

「運動も……」

「魔王様」

側近が恐る恐る尋ねる。

「戦の準備は……?」

リゼリアはパック姿のまま振り返った。

「もちろんしている」

「……」

「美容も戦いも、日々の積み重ねだ」

「その通りでございます」

「私は魔王だ」

リゼリアは鏡を見る。

「誰よりも美しく、誰よりも強くなければならない」

そう呟きながら、肌に美容液を塗り込む。

「勇者よ……」

鏡の中の自分に微笑む。

「次に会う時は――」

「私も、さらに綺麗になっているぞ」

その頃。

王都の宿では、

「レオン!」

「何です?」

「美容液、もう一個ない?」

「ありますけど……」

「貸して!」

二人の美への努力は、

どうやら、始まったばかりだった。



第七章 美のツートップ


勇者アリシアが美を磨き始めてから、王都はすっかり様変わりしていた。

街には二人の姿を描いたポスターが並び――

「勇者アリシア」

「魔王リゼリア」

人々は、いつしか二人をこう呼ぶようになった。

「美のツートップ」

男たちは二人に見惚れ。

女たちは二人に憧れた。

そしてついに、

「フィギュア化します!」

玩具職人が宣言した。

「勇者と魔王、どちらが売れるか勝負です!」

王都の店頭に並んだ二体。

凛々しく剣を構えたアリシア。

優雅に玉座へ腰掛けるリゼリア。

発売初日。

「勇者様ください!」

「魔王様を!」

「両方!」

店員は大忙し。

夕方になると、売上集計が始まった。

「勇者アリシア…一万二千体!」

「おお!」

「魔王リゼリア…」

店員が数字を見る。

「……一万二千体」

「同数!?」

王都がざわめく。

そして翌日。

アリシアのフィギュアを買った少女が、嬉しそうに抱えて歩いていた。

「勇者様みたいになりたい!」

一方、別の少女はリゼリアのフィギュアを見つめる。

「こっちも素敵……!」

その頃、男性客は、

「両方買えばいいだろ」

「そうだな」

「むしろ二体並べたい」

「分かる」

結果。

二日目もほぼ互角。

さらに三日目。

「魔王様、追加分完売!」

「勇者様も完売です!」

「またか!」

こうして王都では、

勇者派か、魔王派か。

密かに派閥まで生まれ始めた。

そして当の二人は、

「……負けられない」

アリシアが鏡の前で呟く。

「……次は勝つ」

リゼリアも鏡の前で呟く。

互いに遠く離れた場所で、同じことを考えていた。

「あの女には、負けない!」

人類と魔族の戦争より先に。

二人の美容戦争が始まっていた。



第八章 魔界のカリスマデザイナー

魔界で、その名を知らない者はいない。

カリスマデザイナー、ヴァレンティナ。

彼女が新作コレクションのモデルを探している。

その噂は、瞬く間に魔界中を駆け巡った。

「誰が選ばれるんだ?」

「やっぱり魔王様だろう!」

「当然よ。あのお美しさだもの」

ところが、

発表会当日。

ヴァレンティナは壇上に立つと、堂々と告げた。

「今回、私がモデルに選んだのは…」

会場が静まり返る。

「人間の勇者、アリシアです!」

「な、なんだと!?」

魔界中が騒然となった。

当のアリシアは、

「……私?」

王都でその知らせを聞き、目を丸くしていた。

「なぜ私なの?」

その頃、魔界ではリゼリアが新聞を握りしめていた。

「…………」

無言。

側近が恐る恐る声をかける。

「魔王様……」

「何?」

「お気を悪くされましたか?」

リゼリアは新聞を置いた。

そして静かに立ち上がる。

「……面白い」

「え?」

「人間の勇者が、魔界のトップデザイナーに選ばれたのだろう?」

「はい」

「ならば…」

リゼリアの目が輝く。

「私も負けてはいられない。」

一方、アリシアはヴァレンティナの前で緊張していた。

「本当に私でいいんですか?」

「ええ」

ヴァレンティナは微笑む。

「あなたには、まだ本人も気づいていない魅力がある」

そして衣装を取り出した。

「さあ、勇者アリシア」

「この服を着て」

「魔界のランウェイを歩いてちょうだい」

「魔界で!?」

こうして。

勇者アリシア、魔界モデルデビュー。

そしてそのニュースは、瞬く間に人間界にも届いた。

「勇者様が魔界のファッションモデルに!」

「魔王様はどうする!?」

誰もが固唾を呑んで見守る中、

リゼリアは静かに微笑んだ。

「ふふ……」

「ならば私も」

「本気のドレスで迎え撃とう」



第九章 渾身の一着

「魔王様! できました!」

魔王城の衣装室。

人間界からやってきた無名の新人デザイナーが、興奮気味に扉を開けた。

「ついに完成しました!」

リゼリアが振り返る。

「例のドレスか?」

「はい!」

デザイナーが布を取り払う。

そこに現れたのは…

漆黒を基調に、深い紅の刺繍を施したロングドレス。

魔王の威厳を残しながらも、細部は驚くほど繊細。

「……」

リゼリアは言葉を失った。

「どうでしょう?」

「素晴らしい……」

リゼリアがドレスに近づく。

「これほど美しい衣装を、人間が作ったのか」

「はい。魔王様のために、私の全てを込めました!」

「そうか……」

リゼリアは微笑む。

「気に入った」

「ありがとうございます!」

「では…」

リゼリアはドレスを手に取る。

「着てみよう」

しばらくして。

衣装室の扉が開いた。

「……お待たせ」

デザイナーは固まった。

「…………」

「どうした?」

「……魔王様」

「何?」

「これは……」

震える声で呟く。

「反則です。」

リゼリアは鏡の前に立つ。

漆黒のドレス。

紅い瞳。

艶やかな黒髪。

その姿はまさに…

「……魔王」

デザイナーは思わず息を呑んだ。

「これなら……勇者にも……」

リゼリアは鏡越しに微笑む。

「勝てるか?」

「勝てます!」

「ふふ」

その時。

廊下から側近の声が響く。

「魔王様! 勇者アリシアのランウェイ衣装が発表されました!」

「……」

リゼリアの笑顔が消える。

「どんな衣装だ?」

「それが――」

側近が新聞を差し出す。

そこには大きく、

『勇者アリシア、魔界ファッション界を席巻!』

「…………」

リゼリアは新聞を見つめる。

そして、

「……面白い」

再び微笑んだ。

「ならば、この衣装で…」

裾を翻す。

「私が王座を奪い返す。」

魔王城に、静かな笑い声が響いた。

一方その頃。

王都ではアリシアが、まだ自分の衣装を見ていた。

「……これ、ちょっと大胆すぎない?」

デザイナーは満面の笑み。

「勇者様。今のあなたなら大丈夫です!」

「……本当に?」

「ええ」

「じゃあ……」

アリシアは頬を赤らめながら、衣装を抱きしめる。

「……着てみる」

美のツートップ。

次なる舞台は…

ファッションショー。



第十章 ひと目だけでも!

魔界最大のファッションショー。

会場の外には、魔族だけでなく人間まで押し寄せていた。

「勇者様を見たい!」

「魔王様を!」

「一目だけでも!」

入場券は即日完売。

会場の外には、入れなかった者たちが長蛇の列を作っている。

そして――開演。

「さあ、最初のモデルが登場します!」

照明が落ちる。

音楽が響く。

舞台の奥から、一人の影が現れた。

「……来た!」

「誰だ!?」

「勇者様だ!」

アリシアが姿を現す。

魔界のカリスマデザイナーが仕立てた渾身の一着。

美しく整えられた髪。

凛とした表情。

そして堂々とした歩み。

「…………」

会場が静まり返る。

誰もが見惚れていた。

やがて…

「勇者様ぁぁぁ!」

大歓声。

アリシアは驚きながらも、教わった通りに微笑む。

そして舞台の端で振り返った。

「……!」

その瞬間、歓声がさらに大きくなる。

「すごい……」

「本当に綺麗……」

「勇者って、あんなに美しかったのか……」

アリシアは少し照れながら舞台を去っていく。

そして司会者が告げる。

「続いて…」

会場の空気が変わった。

「魔王リゼリア様です!」

照明が一斉に灯る。

舞台奥から現れたのは

漆黒のドレスを纏ったリゼリア。

一歩。

また一歩。

ゆっくりと歩く。

「…………」

観客は完全に言葉を失った。

そして。

「魔王様ぁぁぁぁ!」

割れんばかりの歓声。

リゼリアは優雅に微笑む。

「……ふふ」

勇者に負けない美しさ。

いや、それどころか、

二人が同じ舞台に立つと、会場の誰もが思った。

どちらが上なのか、もう分からない。

男たちは息を呑み。

女たちは目を輝かせる。

そして会場の外では、

「見えない!」

「一瞬だけでもいい!」

「頼む、誰か出てきてくれ!」

「魔王様の姿をひと目だけ!」

「勇者様も!」

警備兵が叫ぶ。

「押さないでください!」

その時、舞台のカーテンが開いた。

勇者アリシアと魔王リゼリアが、

並んで立っていた。

「…………」

二人は互いを見る。

「……綺麗になったな」

「あなたこそ」

そして同時に微笑む。

「負けないわよ」

「こちらの台詞だ」

会場が揺れるほどの歓声。

その瞬間、

人間と魔族、誰もが二人の美しさに魅了された。

「ひと目だけでも!」

その願いは、ついに叶った。

だが。

この日から二人の人気は、さらにとんでもないことになっていく。



最終章 地味な勇者と美しすぎる魔王

魔王が王都に現れてから、三ヶ月。

人類と魔族は、いまだ戦争をしていなかった。

理由は…

「勇者様の新しい衣装が発表されたぞ!」

「魔王様の美容本、売り切れだ!」

「フィギュアの再販はいつですか!?」

すっかり二人の美しさを競うことに夢中になっていたからである。

そして今日。

再び王都の広場に、勇者アリシアが立っていた。

以前とはまるで違う。

美しく整えられた髪。

洗練された勇者装備。

自信に満ちた立ち姿。

そして…

「魔王リゼリア!」

空から漆黒の翼が舞い降りる。

美しいドレス姿の魔王が、アリシアの前に降り立った。

「久しぶりだな、勇者」

「ええ」

二人は向かい合う。

広場には大勢の人間と魔族。

誰もが息を呑んで見守っている。

「……そろそろ決着をつけるか?」

リゼリアが微笑む。

アリシアも剣に手をかける。

「そうね」

そして、

「美しさの勝負で!」

「望むところだ!」

「……」

見守っていた民衆が、一斉にずっこけた。

結局。

剣による決闘ではなく、

衣装。

髪型。

立ち姿。

笑顔。

そしてフィギュアの売上まで巻き込んだ、壮大な「美の勝負」が始まった。

しかし、その勝負に決着がつくことはなかった。

勇者には勇者の美しさがあり。

魔王には魔王の美しさがある。

そして、


二人は二人でいる時が、一番美しかった。


やがて人々は気づく。

魔王は人類を滅ぼすために現れたのではない。

勇者も魔王を倒すためだけに剣を抜く必要はない。

「……魔王」

「何だ、勇者」

「戦争、やめない?」

リゼリアは少し考えて、

「そうだな」

微笑んだ。

「そのほうが美容にも良い」

「そこなの!?」

こうして、人類と魔族の戦争は…

美の競争によって、なぜか平和的に終結した。

それから一年。

王都では毎年、大きな祭りが開催されるようになった。

祭りの目玉はもちろん…

勇者アリシアと魔王リゼリアのファッションショー。

男たちは二人に見惚れ。

女たちは二人に憧れる。

そして舞台裏。

「今年は私が勝つわよ」

「去年も同じことを言っていたな」

「今年こそ!」

「ふふ。楽しみにしているぞ」

二人は笑い合う。


少し離れた場所では、レオンが満足そうに頷いていた。

「……最初はどうなることかと思いましたが」

アリシアが振り返る。

「レオン!」

「はい?」

「ありがとう」

「何がです?」

「私に、自分が綺麗になれるって教えてくれたこと」

レオンは微笑む。

「私は磨いただけですよ」

「あなた自身が、もともと持っていたものをね」

アリシアは少し照れながら笑った。

そして、

かつて「地味な勇者」と呼ばれた少女は、もうどこにもいない。

いや。

正確には、

地味だった勇者が、自分の美しさを知った。

そして彼女が初めて向き合った魔王もまた、

誰よりも美しくなるために、努力を続けていた。

二人は今でも、どちらが美しいか競い続けている。


互いを認め合う、最高のライバルとして。



――完――



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