追放されたバフ術師の契約解除 〜肩代わりしていた三年分の疲労、利息付きでお返しします〜
選んでいただきありがとうございます。
ゆるっとふわっと設定も多いと思いますが、お楽しみいただければ幸いです。
この世界の勇者は、自分が表明し、ある程度能力があれば「勇者になれる」そんな世界観です。
「ジーク、お前は本日をもってクビだ。我が勇者パーティから出て行ってもらう」
王都でも指折りの最高級宿、その貸し切り談話室に、アレンの傲慢な声が響いた。
暖炉の火が赤々と燃え、上質な絨毯が敷かれた部屋の空気は、ひどく冷え切っている。
私は背負い袋の紐を握り直し、静かにアレンを見つめた。
彼の隣には、薄桃色のローブをまとった若い女術師が寄り添っている。名をマリアといった。彼女はアレンの逞しい肩に細い手を回し、勝ち誇ったような、実に見事なドヤ顔を私に向けている。
談話室の隅では、重戦士のガースと神官のルシアが、気まずそうに視線を落として黙り込んでいた。彼らも、リーダーであるアレンの決定に逆らうつもりはないらしい。
「アレン、彼のバフ魔法は確かに役立っていましたよ? でも、ただバフをかけるだけなら、わざわざこの男である必要はありませんわ。私の方が、魔力の純度も基本出力も上ですもの」
「その通りだ、マリア」
アレンは嬉しそうにマリアの腰を引き寄せ、鼻で笑った。
「ジーク、お前のバフ自体は確かに優秀だった。だがな、お前はいつも『疲れた』だの『眠い』だのとぼやいてばかりで、戦闘中も後ろで突っ立っているだけ。覇気というものがまるでない。それに比べてマリアは、基本の強化出力が『百』を超える天才だ。お前の『九十』など、もはや我がパーティには不要なんだよ」
アレンの言葉に、私は内心でプライドを刺激されることもなく、ただ深い吐息をもらした。
悲しみでも、怒りでもない。
ただ、心の底から「やっと終わる」という解放感が、炭酸水の泡のようにフツフツと湧き上がってきたのだ。
私のバフ魔法は、対象と魔力の回路を繋ぐ『接続契約』を結ぶことで発動する。
その真の対価は、バフ発動中、対象が受けるはずの「肉体的疲労」や「睡眠不足による精神摩耗」を、術者である私自身がすべて引き受け、肩代わりするというものだ。
アレンが三年間、傷一つ負わず、疲労も知らずに魔物を斬り続けられたのは、私が裏で彼の「過労」をすべて代わりに背負って、泥をすするように眠れない夜を過ごしていたからに他ならない。
(……それに、バフをかけている間、あんたの魔力をほんの少し、私の魔力に充電させてもらっていたしね。おかげで結構な額の魔石が貯まった。お互い様さ)
私は懐から、一枚の「パーティ脱退合意書」を取り出した。ギルドで発行された、ごく一般的な書類だ。
「わかりました。アレン、そして皆さん。今までお世話になりました。これが脱退の書類です。ここにサインと魔力捺印をお願いします」
「ふん、物分かりが良いな。もっと見苦しく縋り付いてくるかと思ったぞ」
アレンは書類を引ったくると、羽ペンで乱暴に署名し、親指の魔力を押し当てた。
淡い光が走り、魔導契約の解除申請が受理される。
「よし、これで終わりだ。さっさと荷物をまとめて出て行け」
「はい。それでは、お元気で」
私は一礼し、踵を返した。
背後でマリアが「うふふ、せいせいしましたわね、アレン」と甘い声を出すのが聞こえたが、私は振り返らなかった。
『接続契約』の解除には、術式が完全に消滅するまでに「数時間」のタイムラグがある。
今すぐにアレンの体に何かが起こるわけではない。だからこそ、私がこの宿を出て、王都の門をくぐり、彼らの手が届かない場所へ行く時間は十分に確保されているのだ。
私は王都の門を出ると、乗合馬車に乗り込み、かねてより計画していた辺境の街『レムル』へと向かった。
数時間後。ちょうど馬車が王都の影も見えない森の街道を進んでいた頃、アレンの接続契約は完全に切れたはずだ。
三年間、私がせっせと肩代わりし、私の体を経由して「保留」にされ続けていたアレンの疲労と睡眠不足のすべてが、利息付きで彼本人の肉体へと逆流したことだろう。
さらに、アレンとマリアは既に深い仲のようだ。本人は隠せているつもりなのだろうが、魔力の回路が濃厚に混ざり合っている。
アレンに逆流した凄まじいデバフの濁流は、その魔力の回路を通じて、隣にいるマリアの肉体にも流れ込むはずだ。
(自慢の天才術師が、私以下の性能になって、どんな顔をするんだろうね)
私は馬車の窓から流れる景色を眺めながら、フッと口元を綻ばせた。
◇
それから一ヶ月後。
辺境の街レムルの一角に、小さな店がオープンした。
看板には、無骨な文字で『疲労吸引サロン・ジーク』と書かれている。
開店当初は「疲労吸引」という名前が怪しすぎて誰も寄り付かなかったが、今ではすっかり冒険者たちの御用達店だ。アレン一人の無茶な疲労や睡眠不足を肩代わりしていた時とは違い、大勢から少しずつ肩代わりしているだけなので、私にかかる疲労も以前とは段違いに少ない。
「おい、ジーク! 今日も頼むぜ! 昨日の討伐で肩がバキバキなんだ!」
「おう、ジーク! 俺もだ! 腰のあたりに魔力が淀んでやがる、吸い取ってくれ!」
昼下がりの店内は、汗の臭いと、筋肉質な大男たちの野太い声で満ち溢れていた。
革鎧を身につけた大柄な冒険者、髭面のドワーフ戦士、傷だらけの拳闘士。
むさ苦しいことこの上ない空間だが、私は笑顔で彼らを迎え、施術台へと案内する。
「はいはい、順番にね。ボルドさん、うつ伏せになってください。……おっと、これはひどいな。魔力繊維が凝り固まってますよ。バフを接続しますね」
私はボルドの背中に手を当て、魔力の回路をつなぐ。
ジワリと温かい光が走り、彼の筋肉の緊張が解けていく。同時に、彼の肩に溜まっていた魔力の淀みが、魔力の回路を通じて私の体へと流れ込んでくる。
ツンとするような軽い痛みが走るが、アレンの「三年間不眠不休の戦闘疲労」に比べれば、日帰りの討伐疲労など、冷たいお茶を一杯飲むようなものだ。
とはいえ、身体が楽になったからといって、そのまま体たらくに甘んじていたわけではない。今後の収入の不安もあったため、引き受けた疲労を自分の魔力に変換する工夫をし、余剰分は魔石へと移して蓄えておくことも忘れなかった。
(まあ、今となっては店自体が大繁盛しているので、魔石の副収入をあてにする必要もなくなったのだけれど)
「おおお……! これこれ! ジークのこれだよ! すっと軽くなりやがった!」
「ありがとうございます、ボルドさん。銀貨三枚になります」
「安いもんだ! ほらよ、釣りはとっときな!」
ボルドは嬉しそうに銀貨を弾き、私の手のひらに載せた。
直接手渡される硬貨の重みと、男たちの嘘偽りのない「ありがとう」の言葉。
王都でアレンたちの後ろを歩き、どれだけ完璧に強化を施しても「バフ魔法なんて地味だ」「お前は戦闘で何もしていない」と罵られていた頃とは、天と地ほどの差があった。
施術の合間、常連の冒険者たちが木製の丸椅子に腰掛け、エールを飲みながら噂話を始めた。
「そういや、聞いたか? 王都の『天才勇者パーティ』の話」
ハゲ頭の重戦士が、ニヤニヤしながら言った。
「ああ、あの『アレン』ってやつのパーティだろ? 最近、めちゃくちゃらしいな。なんでも、勇者アレンと新入りの女術師が、急にサボり始めたって話だ」
「サボる?」
私はタオルで手を拭きながら、何食わぬ顔で会話に混ざった。
「そうなんだよ、ジーク。あの勇者、一ヶ月前くらいから、急に昼過ぎまで起きてこなくなったらしい。たまに依頼を受けても、ダンジョンの中で立ったままいびきをかいて寝ちまうんだと。前線で戦う重戦士のガースってやつが怒鳴り散らしたらしいが、勇者は『うるさい、体が重いんだ』って言って、逆ギレしてまた寝るんだそうだ」
「へえ、それは困った勇者様ですね」
「それだけじゃねえぞ。新しく入った女バフ術師も、使い物にならないらしい。バフの倍率が以前のバフ術師の時より明らかに低くて、しかも呪文を唱えるだけでゼェゼェ息を切らして座り込んじまう。神官のルシアって女が『しっかりしてください!』って回復魔法をかけても、肉体の疲労だから魔力回復じゃどうにもならねえ。二人は『急に怠惰になった』って、ギルドでも大不評だ」
(ふぅむ。アレンとすでに深い仲だったからか、マリアの方にも巻き込みでデバフがかかってしまったのかな)
「彼らは、何か言わなかったんですか?」
「それがさ、プライドだけは高いから、『俺たちが不調なわけがない』『少し寝れば治る』の一点張りで、原因を絶対に言わないんだと。まあ、言えないわな。自分たちのサボり癖だと思われてるんだから。で、結局、痺れを切らしたガースとルシアが『こんな怠け者たちとはやっていられん』って、愛想を尽かしてパーティを抜けたそうだ。勇者パーティは事実上の解散だな」
冒険者たちはゲラゲラと笑い声を上げた。
私は冷えた果実水を口に含み、喉を鳴らした。
なるほど、プライドが邪魔をして「ジークの契約解除のせいだ」と言い出せなかったわけか。他メンバーからすれば、ある日突然、リーダーと新入りが揃って「サボり魔」になったようにしか見えない。見捨てられるのも当然だ。
◇
その日の夕暮れ時。
サロンの営業を終え、片付けをしていた時だった。
カラン、と入り口のベルが弱々しく鳴った。
「すまない、もう営業は終了して――」
私が入り口を振り返った瞬間、言葉が途切れた。
そこに立っていたのは、見る影もなく落ちぶれた二人の男女だった。
目の下に死人のような漆黒のクマを作り、頬はこけ、泥まみれの服を着たアレン。かつての輝かしい金髪はボサボサに荒れ、立つことすらままならないのか、店の柱に寄りかかっている。
その隣には、やはり顔色の悪いマリアが、疲れ果てた表情でアレンの服の袖を掴んでいた。
「……ジーク……。見つけたぞ……」
アレンの声は、掠れ、震えていた。
かつての傲慢な響きは微塵もない。
「アレン。それにマリアさん。こんな辺境の店に、勇者様が何の御用ですか?」
「頼む……ジーク。もう一度、俺と『接続契約』を繋いでくれ……!」
アレンは私の前に進み出ようとしたが、足がもつれ、その場に崩れ落ちるようにして床に両手をついた。
「この一ヶ月……まともに眠れないんだ……。どれだけ寝ても、泥のような眠気が襲ってきて、全身の関節が引きちぎれるように痛い……! マリアのバフも、昔のお前のバフにすら遠く及ばないんだ! 頼む、お前が回路を繋ぎ直して、この疲労を吸い取ってくれ! 金なら払う! 王宮に掛け合って、お前を宮廷魔法使いにしてやってもいい!」
アレンは床に額を擦り付けるようにして、必死に懇願した。
マリアも、すがるような目で私を見上げている。
「ジークさん、お願いします……。私、もうバフを唱えるだけで、心臓が止まりそうに苦しいんです……。あなたが戻ってくれれば、私はアレンの隣の席をあなたに譲りますから……!」
二人の悲惨な姿。
かつて私を「不要な無能」と呼び、勝ち誇った顔で追い出した者たちの、見るも無惨な成れの果て。
私は彼らをゆっくりと見下ろし、そして――
これまでで最も飛び切りに爽やかな,美しい笑顔を浮かべた。
「嫌に決まってるじゃないですか」
アレンの体が、ビクリと硬直した。
「な、何だと……? お前、俺を見捨てるのか? 世界を救う勇者を――」
「私はもう、勇者パーティのバフ術師ではありません。ただのサロンの店主です。それに――」
私は店の窓から、夕暮れの街並みを眺めた。
さっきまでここで笑い合っていた、汗臭くも実直な冒険者たちの顔が思い浮かぶ。
(冒険の旅も悪くはなかった。だが、誰に縛られることもなく自分の歩幅で働き、目の前の人から直に『ありがとう』と言ってもらえる。この穏やかで満ち足りた日々の方が、私にははるかに大切だ)
その言葉は、口には出さず、ただ胸の奥でしっかりと噛み締めた。
彼らのような独善的な人間には、この平穏の価値など、逆立ちしても理解できないだろうから。
「どうぞ、お引き取りください。うちのサロンは、真面目に働く冒険者専用ですので。お二人みたいな『怠け者』の疲労は、お門違いですよ」
「ジーク! 待ってくれ! ジーク――!」
すがるアレンの叫び声を遮り、私は冷徹な手つきでドアを閉めた。
カチャリ、と鍵が閉まる音が、静かな店内に小さく響いた。
しばらく外で騒いでいたようだが、騒ぎを聞きつけた通りがかりの冒険者たちが、二人を引きずって行ってくれたようだ。
明日も明後日も、私はここで疲労を吸引していくのだ。
追記。「『怠け者』の疲労は、お門違いですよ」と言っていますが、皮肉もありますが、3年間ジークの肩代わりに胡坐をかき、無茶をして自分で自分の管理をせず好き放題していること自体が『怠け者』だと思うのでこのまま書きました。
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