消えたホームランバッター
「さぁ、迎えた最終回。裏。4-1でワンナウトツースリー。皇帝高校、やはり王者は強い。"怪物"藤本が締めに入ります。その背中を追うは高田井高校、残すバッターはあと2人。下位打線。厳しい展開です。ここでチャンスを掴めるのか?」
「やー、皇帝は藤本で終わらせにきましたね。調整でしょうね」
「藤本投手はプロ入り確実と呼ばれるこの世代期待一の選手です。甲子園決勝常連の皇帝高校有する投手の中でも群を抜いた球を放ちます」
バシュッ…‼︎‼︎
「ットライクスリー…‼︎」
「決まりました。藤本投手の鋭い球がミットに収まります」
「高田井高校も今年は悪くないんですがねぇ。まぁ、相手が悪いですよ。同じ地区に皇帝がいちゃ厳しいもんですよ。それにあの藤本がいちゃさらに厳しいですよ」
「さぁ、高田井高校。残すバッターはあと1人。なかなか厳しい展開となりました」
「今季の藤本は手がつけられないぐらい好調ですからねぇ。これまでの試合で藤本の失点はなく初回から登板していれば何回か完全試合をしていてもおかしくないぐらいの調子。しかし、ここまではクローザーとしての登板のみ、さすがの皇帝も大切に扱っていますねぇ」
「お〜っと?高田井高校、ベンチの方で動きがありそうです。お、出て来ました!高田井高校3年、本田選手。今大会、初打席に立つようです」
「今季の藤本は手がつけられない、試合はもう終盤。申し訳ないけど控えの3年を記念に出させたってところでしょうね」
「さぁ、今大会初打席、高田井高校3年本田選手がバッターボックスに入りました」
バシュッ…‼︎‼︎
「ットライク…‼︎」
「9回裏、ツーアウト、ノー・ワン。藤本投手は手を抜きません」
バシュッ…‼︎‼︎
「ボール…‼︎」
「お互い、ここは1球見ました」
「本田としては最後ぐらい振って終わりたいところですねぇ」
「さぁ、ピッチャー投げます」
カキーンッーーー‼︎
ガコンッ
「「………。」」
「なんと!なんと入りました!本田選手、今大会初打席にしてあの藤本投手に一矢報いる…!!ダークホースはここで声を上げるぞ!!!会心の一撃、単独HR、決めましたー!!!ここから巻き返しなるか??高田井高校ー!!!」
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「バッターアウッツ‼︎ゲームセット…‼︎」
試合終了の合図が鳴る。
「いやー、良い試合でした。高田井高校対皇帝高校、2-4。皇帝高校、さすが王者の貫禄を見せました。高田井高校も立派に戦い抜きました」
「本田が決めた時はびっくりしましたねぇ。しかし、さすがの藤本。動揺する様子もなく次のバッターに全力投球、冷静に抑えましたねぇ。本田もあの藤本から1本決めたのは人生で誇れるものになるでしょう」
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あれが俺の高校野球で最初で最後の立った打席だった。さすがに手の震えはあれど冷静だった。ボールもハッキリと見えていた。
あれは"まぐれ"なんかじゃない。
俺が1点決めたあと回ってきた上位打線、1番バッターは力んだ様子でバットを振り呆気なく1球で打ち取られた。
試合が終わり、学校に戻れば俺はヒーローになっていた。あの藤本からHR取ったんだぞと。新聞にも載った。
ただそれが俺は気に食わなかった。
褒めてもらえた。労ってもらった。それ自体はありがたかった。喜ぶ素振りを見せてヒーローの役は演じた。それでも…
ただただ勝ちたかった。
もっとあの震える手とともに公式戦に、あの四角い白線の中に、バッターボックスに立ちたかった。
俺の高校野球は総合するまでもなくクソみたいなものだった。皇帝高校に行きたかった。でも、それ以上に皇帝高校に勝ちたかった。高田井高校に名将古井監督が戻ってくると聞いて胸が鳴った。強豪だった高田井高校が帰ってくる。ピースは揃ったじゃないか。
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「えー、今日からかつてこの高田井高校を甲子園に何度も導いた。古井監督が戻って来られました。失礼のないように精一杯練習に取り組むように」
「「「よろっしゃぁーすー!!!」」」
「これから監督をやる古井だ。挨拶はこれぐらいにして…」
「明日から全員坊主にしてこい」
監督からの最初の指示はこれだった。次の日、坊主にしてきたのは半分にも満たなかった。当然、俺もして来なかった。
「お前ら!勝ちたくねぇのか!気合い入れてこいよ!全員、校庭10周して来い!」
日にちが経つにつれ坊主が増えていった。実に高校球児らしい。俺は坊主にはしなかった。そもそも練習にも参加しなかった。
素振り1000本に、タイヤ引き、うさぎ飛び
出来が悪ければ1人立たされ怒鳴られる。連帯責任で校庭をひたすら走る。
この練習に俺は意味を見出せなかった。一人一人の持ち味を活かすどころか潰す前時代的な根性練習だった。監督や顧問に何度か掛け合ったがその折り合いはつかなかった。
俺は部活には参加せず独自で研究し黙々と練習した。プロの練習方法、スポーツに関する論文を読み漁った。部活には、試合の時のみ顔を出すようになった。
監督はそんな俺が気に食わなかった。
練習には参加せず練習試合にだけ顔を出す。そんなやつはドミノを並べず押しに来るようなやつに見えるから。
練習試合に出てそこそこの結果を残す。さらに干されるようになった。2年間、公式試合ではベンチにすら入れてもらえなかった。
身体を見ればわかる。ただサボっているわけではない。やることはやっている。
3年になった頃、ラストイヤーと同情からかベンチに入れてもらえた。それでも、出場することは出来なかった。
藤本は150のストレートを得意としたカーブ、フォークを持ち、様子見でカーブを投げることの多い選手だった。データは頭の中にあった。
俺だったらこうするのに。藤本は次、この球を投げそうだな。考えた。考えた。考えた。出たい。出たい。出たい。
俺は初めて古井監督に頭を下げた。もう手遅れだとわかっていた。でも、勝ちたい。
カキーンッーーー‼︎
ボールの縫い目まで見えた。これは入る。
「気持ちいいーーー!!!!!」
俺はゆっくりとベースを踏み締めた。すぐに負けたけど。
いくら努力しても打席に立たなきゃHRは打てない。バットを振らなきゃ当たらない。
俺はこのHR1本を、この1打席を、この3年間を忘れないでいよう。
次は、打席に立つ努力もするから。




