第94話 調査という名の散策
夜。
山岳要塞都市ブロックンの酒場は、いつもより騒がしかった。
「おお、来たか!」
広場で戦っていた勇士たちが手を振る。
大斧の戦士が笑った。
「今日の英雄様だ」
ルークは苦笑する。
「やめてくれ」
「たまたまだ」
リーナが横から言う。
「たまたまであんな戦いできないでしょ」
ミカサはすでに席に座っていた。
「はよ座り」
ジョッキを指す。
「今日は奢りやて」
勇士の一人が笑った。
「街を守ってくれた礼だ!」
ジョッキが並ぶ。
肉。
パン。
酒場の空気が一気に熱くなる。
「乾杯!」
ジョッキがぶつかる。
酒が回り、空気も柔らぐ。
勇士の一人が聞いた。
「お前ら何者なんだ?」
ルークは肩をすくめる。
「旅人だ」
ミカサが言う。
「商人や」
リーナが笑う。
「一応、戦えるけどね」
大斧の戦士が頷く。
「納得だ」
「普通の旅人じゃねえな」
酒が進む。
話題も増える。
ブロックンの交易。
山道の危険。
最近の魔物。
そして――
ルークが聞いた。
「さっきのゴーレム」
「よくあるのか?」
勇士たちの顔が曇る。
「いや」
「普通はあり得ない」
大斧の戦士が言う。
「街の防衛兵器だ」
「勝手に動くはずがない」
ミカサが言った。
「核も変やった」
ルークが頷く。
「補助核が入ってた」
勇士たちが顔を見合わせる。
「……やっぱりな」
リーナが聞く。
「何か心当たりあるの?」
戦士が声を落とす。
「最近、妙な連中が動いてる」
「カルト教団だ」
ミカサが眉を上げる。
「宗教か?」
勇士は頷いた。
「災害を神と崇める連中だ」
リーナが顔をしかめる。
「災害を?」
「神?」
「地震も洪水も魔物災害も、全部神の怒りだとか言ってる」
酒場の空気が少しだけ重くなる。
ルークの頭に浮かぶ。
歴史館の石板。
黒き四柱
災厄。
そして今日のゴーレム。
胸に埋め込まれていた異質な核。
ルークが静かに言った。
「……その教団」
「最近動き出したのか?」
勇士は頷く。
「ああ」
「ここ数ヶ月だ」
ミカサが腕を組む。
「ほな」
「さっきのゴーレム」
「そいつらが関わってる可能性あるな」
ルークも同意した。
「あり得る」
少しの沈黙。
そしてミカサが言う。
「とりあえず」
「この街に少しおるか」
ルークが頷く。
「調べる必要はある」
リーナも言う。
「うん」
「私も気になる」
ミカサがジョッキを置いた。
「ほな決まりやな」
「明日から動くで」
リーナが聞く。
「どうするの?」
ミカサは笑った。
「うちは商人や」
「市場回る」
「ついでに情報も拾う」
ルークが言う。
「ついでじゃないだろ」
ミカサがニヤリと笑う。
「商売はついでの情報戦や」
リーナが笑う。
「絶対逆」
ミカサは肩をすくめた。
「ほな」
「ルークとリーナは街見てき」
「調べるついでに」
ルークが言う。
「調査だな」
リーナも頷く。
「街の様子も知れるしね」
ミカサが立ち上がる。
「ほな明日や」
翌日。
朝。
ブロックンの通りは活気に満ちていた。
市場。
商人。
荷車。
山岳都市特有の賑わい。
ミカサは別の通りへ向かう。
「ほな」
「うちは市場行くわ」
ルークが言う。
「気をつけろよ」
「うちに言うことやないやろ」
ミカサは笑った。
「ほなまた後でな」
そう言って人混みに消える。
残ったのは――
ルークとリーナ。
少しの沈黙。
リーナが言う。
「じゃあ」
「調査?」
ルークが頷く。
「そうだな」
二人は通りを歩き出す。
市場を抜ける。
石橋を渡る。
高台へ続く坂。
ブロックンの景色が広がる。
山。
城壁。
石の街並み。
リーナが言う。
「この街、綺麗だね」
ルークも頷く。
「要塞だけどな」
二人はさらに歩く。
露店を見る。
武具屋。
香辛料。
山の果実。
リーナが立ち止まる。
「ねえ」
「これ美味しそう」
串焼きを買う。
ルークにも一本渡す。
「調査だからね」
ルークが言う。
「わかってるって」
二人で食べる。
香ばしい肉の匂い。
「うん、美味しい」
リーナが笑う。
そのまま通りを進む。
すると――
少し変わった屋台があった。
木の箱の中に氷。
その上に並ぶ白い塊。
リーナが足を止める。
「あれ何?」
「おいしそう」
屋台の店主が声を張る。
「冷たくておいしい!」
「ヤギのミルク仕立てのアイスンだよ〜!」
ルークがすぐ言った。
「一つください」
店主が手早く盛る。
ルークはそれをリーナへ渡した。
リーナが驚く。
「え」
「いいの?」
ルークはあっさり言う。
「食べたそうだったし」
リーナは一瞬黙る。
少し下を向く。
「……ありがとう」
アイスンを口に運ぶ。
ひんやりした甘さ。
リーナの頬がほころぶ。
「……おいしい」
歩きながら食べる。
そのまま坂を登る。
城壁の上へ続く道。
風が吹く。
山脈が遠くまで見える。
ブロックンの街並みも一望できた。
リーナがふと立ち止まる。
「……」
ルークが振り返る。
「どうした?」
リーナの顔が赤かった。
「ちょっと待って」
「これ」
周囲を見る。
市場。
屋台。
景色。
二人きり。
「……調査だよね?」
ルークは頷く。
「そうだな」
リーナが指折り数える。
「市場歩いて」
「食べ歩きして」
「景色見て」
「二人で散歩して」
沈黙。
リーナの顔がさらに赤くなる。
小声で呟いた。
「……これ」
「デートじゃない……」
ルークが首を傾げる。
「どうした?」
リーナが慌てて顔を上げる。
「なんでもないわよ!!」
ルークは本気で考える。
「……?」
「何怒ってるんだよ」
リーナが顔を覆う。
「この鈍感男!!」
ルークは困惑した顔だった。
「何がだ?」
リーナはそっぽを向く。
「もういい!」
「別にデートとか思ってないし!」
「勘違いしないでよ!」
完全にツンだった。
ルークは苦笑する。
「リーナはほんと可愛いな」
ルークの頭の中では、
ツンデレの猫とリーナが完全に重なっていた。
リーナが固まる。
「……は?」
「かっ……かわいい?」
顔が一気に赤くなる。
「なに言ってんのよ!!」
「ばっかじゃない!」
だが、怒ってはいない。
むしろ少し嬉しそうだった。
リーナは歩き出す。
ルークの横を。
ほんの少しだけ。
近い距離で。




