表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/116

第92話 石に刻まれた警告

山岳要塞都市ブロックン。


 石造りの通りを、3人は歩いていた。


 城壁の内側を沿うように建つ古い建物。その入口の上には、風化した石の文字が刻まれている。


 歴史館


 リーナが足を止めた。


「ここ?」


 ミカサが頷く。


「せや。ここは前にも来たことあるからな」


「ブロックンの歴史は大体ここに残っとる」


 リーナが少しだけ感心したように見る。


「さすが商人ね」


 ミカサは肩をすくめた。


「商人は情報が命やからな」


 ルークは建物を見上げた。


 重い石造り。窓は小さく、全体がやけに堅牢だ。


 まるで砦のようだった。


「……歴史館というより」


「保管庫だな」


「それは間違ってへん」


 ミカサが先に立ち、3人は中へ入った。


 扉が軋む。


 中は静かだった。


 冷たい空気。石壁。古い棚。書物や石板が、整然と並べられている。飾るための場所ではなく、残すための場所。そんな空気があった。


 管理人らしい老人が、椅子に座ったまま顔を上げる。


「見学か」


 ミカサが軽く手を挙げた。


「ちょっと調べもん」


 老人は興味なさそうに頷いた。


「壊すなよ」


 それだけ言って、また本に目を落とす。


 3人は奥へ進んだ。


 壁には巨大な地図が掛けられていた。


 古い大陸地図。


 リーナが指を差す。


「これ……」


「今の地図と違う」


 ルークも近づく。


 確かに違った。


 山脈の形が少し違う。海岸線も違う。今では存在しない国名が記されている場所もあれば、今あるはずの国がどこにも見当たらない場所もある。


「古い地図だな」


 ミカサが頷く。


「多分300年より前のもんやろな」


「300年で、ここまで変わるの?」


 リーナが眉をひそめる。


 ミカサは地図の端を見ながら答えた。


「戦争もある。崩落もある。街そのものが消えたこともある」


「山岳地帯は特にな。地形ごと変わることもある」


 その言葉に、ルークの視線が横へ流れた。


 地図の隣。


 そこには石板が並んでいた。


 ルークの足が止まる。


 石板の彫刻。


 巨大な影。街を覆う黒い雲。逃げ惑う人々。崩れる塔。裂ける地面。


 リーナが小さく言った。


「……これ」


「災害?」


 ミカサが腕を組む。


「ブロックンはな、昔から何回も大災害を食らっとる」


 ルークが石板を見たまま問う。


「魔物災害か」


「それだけやない」


 ミカサは別の石板を指さした。


 そこには――


 巨大な竜のような影が刻まれていた。


 山より大きい。


 街を踏み潰すように、空の半分を埋めるほどの巨影。


 ルークの目が細くなる。


「……」


 ミカサが言う。


「古い記録や。真偽は分からん」


 リーナが呟く。


「でも……」


「竜って……」


 ルークは答えず、石板を見つめた。


 刻まれた文字。


 古い文字だ。


 見たことのないはずの形なのに、なぜか意味だけが頭に入ってくる。


 ぞわりと背筋が冷える。


「……読める」


 ミカサが振り向いた。


「ほんまか」


 ルークは指で文字をなぞる。


 ゆっくりと、確かめるように口を開いた。


「……空が裂けた日」


 リーナが顔を上げる。


「空?」


 ルークは続けた。


「山が燃え」


「海が沸き」


「黒き四柱が現れた」


 ミカサの顔色が変わる。


「四柱……?」


 ルークは石板の文を追いながら読み上げる。


「人はそれを――」


「災厄と呼んだ」


 沈黙が落ちた。


 リーナが慎重に聞く。


「四体の魔物?」


 ルークは首を横に振る。


「魔物じゃない」


 石板の絵を見る。


 巨大な存在。


 逃げる街。


 並ぶ兵。


 何もかもが小さすぎる。


「……災害そのものだ」


 ミカサが低く言う。


「この街が山の要塞になったのは、その後や」


 リーナが振り返る。


「逃げるため?」


「耐えるためや」


 短い答えだった。


 だが、それで十分だった。


 この都市の分厚い城壁。狭い出入口。複雑な内部構造。全部が敵を拒むための作りに見えていた。だが本当は違うのかもしれない。


 外から来る軍ではなく。


 もっと巨大で、もっと理不尽な何かに耐えるため。


 ルークは別の棚へ向かった。


 そこには巻物や記録書が収められている。


 1本抜き、広げる。


 記されていたのは断片的な記録だった。


 戦い。


 崩壊。


 都市消滅。


 避難。


 飢餓。


 そして、ある頁でルークの手が止まる。


「……」


 リーナが近づく。


「どうしたの?」


 ルークは無言で巻物を向けた。


 そこには絵が描かれていた。


 空を飛ぶ騎士。


 その下に、巨大な竜。


 さらに左右にも、同じような騎士と竜の姿。


 ミカサが目を見開く。


「竜騎士……?」


 ルークは首を振った。


「いや」


「俺のとは違う」


 少しの間を置いて、絵を見つめる。


「こいつらは……竜を使ってる」


 リーナが息をのむ。


「乗ってる、ってこと?」


「多分な」


 絵には3人の騎士。


 それぞれが別の竜に乗っていた。


 そしてその正面には、4つの巨大な影。


 空を覆うもの。


 山を裂くもの。


 地を這うもの。


 形すら曖昧なまま、ただ圧倒的な脅威として描かれている。


 ミカサが呟く。


「……対抗戦力」


 ルークも頷く。


「そんなところだろうな」


 リーナが聞いた。


「その後、どうなったの?」


 ルークは次の頁をめくる。


 何もない。


 破れていた。


 その先もない。


 ミカサが眉をひそめる。


「消されとる」


「いや、違う」


 ルークは破れた端を見た。


 古い。


 無理やり最近剥がされたものではない。


「最初から残ってない」


 3人の間に沈黙が落ちる。


 リーナが小さく言う。


「じゃあ……」


「どうやって終わったの?」


 ルークは石板を見上げた。


 巨大な影。


 四柱。


 竜に乗る騎士たち。


 そして、途切れた記録。


「……終わってないのかもな」


 ミカサが即座に反応する。


「は?」


 ルークは淡々と続けた。


「もし完全に終わった災害なら、こんな街は作らない」


 分厚すぎる壁。


 閉じすぎた構造。


 避難路のような通路。


 備蓄前提の区画。


 この街全体に漂っていた違和感が、ここへきて1本の線になる。


 リーナが不安そうに言った。


「……また来るって思ってる?」


 その時だった。


 地面が微かに揺れた。


 ゴン。


 鈍い振動。


 3人が同時に振り向く。


 外。


 城壁の方向。


 ミカサが呟く。


「……またゴーレムか?」


 ルークは窓を見る。


 空。


 雲。


 見える範囲には何もない。


 だが、理由のない違和感があった。


 背筋が、わずかにざわつく。


「……違う」


 ルークが低く言う。


「嫌な感じがする」


 リーナが息を潜めた。


「どういうこと?」


 ルークは空を見たまま答える。


「昔の記録ってのは、大体誇張されてる」


「せやな」


 ミカサも同意する。


 ルークは視線を外さないまま続けた。


「でも」


「誇張じゃなかった場合――」


 静かな声だった。


 だからこそ、余計に重かった。


「それは」


「まだ終わってない話だ」


 歴史館の窓の外。


 山脈の奥。


 遠く。


 ほんの一瞬だけ。


 雲が渦を巻いた。


 空の奥で、何かが動いたように見えた。


 だが、その異変に気づいた者は、まだ誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ