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第60話 腐った果実

翌朝。


リーナはまだ眠っていた。


呼吸は穏やかだ。


ルークはそっと部屋を出る。


向かう先は――メールカリ邸。


昨夜と違い、門は開いていた。


護衛もいない。


覚悟を決めた家の空気だった。


最上階の部屋。


メールカリは椅子に座ったまま、動かなかった。


「……終わったか」


「ヤーフは死んだ」


短い報告。


メールカリは目を閉じた。


長い息を吐く。


「そうか」


涙は出なかった。


もう枯れているのかもしれない。


ルークは一歩前に出る。


「なぜこんなことになった」


「お前たち家族のせいで、どれだけの命が奪われたか」


メールカリは俯いたまま語り始める。


「仕事が軌道に乗り始めた頃」


「貴族の仲間入りを果たした」


「その直後、妻が死んだ」


静かな声。


「残されたのは息子だけだった」


「大切に育てようと思った」


「だが貴族の学校は試験がある」


「一代成り上がりの子は入れない」


「家庭教師を付け、必死で商人になるため勉強をさせた」


「いつしか外に出なくなった」


「会話も減った」


ある日帰ると。


「家庭教師が死んでいた」


「理由は……言わなかった」


だがわかっていた。


「私は守るものができた」


「仕事」


「地位」


「妻の忘れ形見」


「守らねばならなかった」


地下室に死体を隠した。


黙っていた。


次はメイド。


次は街の娘。


止められたはずだった。


「だが止めなかった」


「環境を変えれば治ると」


「そしてブリッセルへ移った」


「仕事も与えたのだ」


「責任ある立場に置いた働けば違う方向を見てくれると」


「だが……」


すべて裏目に出た。


「守るものが増えるたび」


「私は引き返せなくなった」


従業員。


顧客。


商会。


守るために、黙認した。


守るために、目を逸らした。


沈黙。


ルークが口を開く。


「同情はする」


「だが許せない」


メールカリは目を上げる。


「皆、悩みは持っている」


「逃げられない現実もある」


「立ち向かう奴もいる」


「だがあんたは簡単に逃げた」


「守ものがあると言いながら」


「自分に都合のいい理屈を並べた」


「見て見ぬ振りをした」


その声は冷静だった。


「やってることは息子と変わらない」


メールカリは崩れ落ちるように俯く。


否定はしなかった。


だが――


ルークは続ける。


「それでも」


「あんたの商会は民衆に受け入れられている」


「なくてはならない仕事になっている」


「それで前を向けた人間もいる」


それは事実だった。


「だから死なれては困る」


メールカリの肩が震える。


「調べさせてもらった」


「悪い取引もある複数確認した」


「それは罪を認めろ」


「すべて清算しろ」


「それでも利用してくれる人間がいるなら」


「それが今のあんたの価値だ」


ルークは背を向ける。


「俺は見ている」


「逃げれば、次はない」


部屋を出る。


残されたメールカリは、椅子の上で小さくなっていた。


息子は死んだ。


守ろうとしたものは壊れた。


だが。


まだ終わっていない。


罪を背負って生きる道だけが残った。

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