第59話 死の幕開演
地下室。
壊れた壁の向こう。
血の匂いがまだ残る空間。
倒れ伏したヤーフが、息を荒くして這おうとしていた。
「な……なぜ……」
「なぜお前が……」
ルークは冷たく見下ろす。
「答えろ」
「なぜリーナを攫った」
ヤーフの唇が歪む。
「……綺麗だったからだ」
「最初にぶつかった時」
「目を見て、欲しくなった」
「今まで欲しいものは全部手に入れてきた」
「女も、命も」
「あいつもその一つだ」
一瞬、空気が凍った。
ルークの中で何かが切れる音がした。
「……そうか」
声は静かだった。
だが地下室の温度が落ちる。
「じゃあ、お前は」
「今まで殺した人間と同じように」
「欲望で踏み潰しただけだな」
ヤーフが笑う。
「それがどうした」
「俺は捕まらない」
「親父が全部――」
言葉は最後まで続かなかった。
影が床に広がる。
ルークの瞳が闇に沈む。
「普段は使わない」
「だが――」
「お前には必要だ」
ゆっくりと詠唱。
「ポストアム・プレリュード」
闇が脈打つ。
空気が悲鳴を上げる。
次の瞬間――
壁から、床から、天井から。
黒く歪んだ霊たちが這い出てきた。
無数。
泣き叫ぶ顔。
怒りに歪んだ目。
「や……やめろ……!」
霊がヤーフの体に突き刺さる。
胸から入り。
喉から抜け。
頭から這い出る。
次々と。
「やめろおおおお!!」
霊たちは囁く。
叫ぶ。
責め立てる。
――痛かった
――助けて
――なぜ殺した
――返せ命を
生前の記憶が、感情が、絶望が、
一気に叩き込まれる。
ヤーフは自分がしてきたすべてを“体験させられていた”。
拷問。
恐怖。
絶望。
死。
心が耐えきれない。
心臓が暴れ、悲鳴を上げ――
そして。
バン、と音を立てて止まった。
静寂。
霊たちはまだ憎悪に満ちていた。
ルークは両手を広げる。
「もう終わった」
「帰ろう」
光が溢れる。
神聖浄化。
霊たちは苦しみから解放され、次々と消えていく。
最後に、穏やかな表情だけが残った。
壁が崩れる。
中から現れる無数の骨。
やはり――ここでも殺されていた。
ルークは目を伏せた。
「……安らかに」
光で包み、すべてを浄化する。
振り返る。
震えるリーナ。
ルークは自分の上着を脱ぎ、そっと肩にかけた。
「寒いだろ」
抱き上げる。
リーナは抵抗せず、胸に顔を埋めた。
屋敷は静まり返っている。
動ける者はもういない。
夜風の中。
二人はそのまま宿へ戻った。
部屋に入り、ベッドへ寝かせる。
リーナは安心したように眠りに落ちた。
ルークは隣に座り、しばらく見つめてから横になる。
同じ部屋で。
同じ空気で。
闇を越えた夜。
罪は裁かれた。
命は守られた。
そして――
二人の絆は、もう戻れないほど強くなっていた。




