第54話 すれ違う影
ブリッセルの通りは人で溢れていた。
漁師の籠。
農民の荷車。
商人の呼び声。
活気はある。
「人、多いね」
「迷子になりそう」
歩いていると――
ドン。
リーナの肩に誰かがぶつかった。
「っ、ごめんなさい!」
中年男性の声。
振り向くと、黒髪の中年が軽く頭を下げている。
「いえ、こちらこそ」
一瞬、目が合うだけ。
それで終わった。
「大丈夫?」
ルークが振り返る。
「うん、平気」
「よそ見ばっかしてると危ないよ」
自然にリーナの手を取る。
人波から引き寄せる。
「ほら、こっち」
「……うん」
胸が少し跳ねる。
ルークはまったく意識していない。
ただ守るように手を引いただけだ。
少し人通りの少ない通りへ出る。
ようやく落ち着く。
「ブリッセルって賑やかだね」
「トリビエンより人が多い」
「平民が大半ね」
「だから物流が命なんだ」
ルークは言った。
「ここには有名な商会がある」
「メールカリ商会」
リーナが首をかしげる。
「聞いたことないけど」
「ルークやるじゃない」
「この界隈じゃ知らない人はいないはずだよ」
「ほら、トリビエンの港にも、大きな倉庫と船が何艇も止まってるよ」
「市長の資料にも書いてあった」
「利用者に資産がなくても貿易ができる仕組みを作った商会だ」
「船も登録も輸送も全部商会が請け負う」
「個人は行き先と商品を預けるだけ」
「商会は在庫を抱えない」
「利用者が増えるほど手数料で儲かる」
「かなり頭のいいやり方だよ」
「へぇ……」
ルークは少し声を落とした。
「ここからは憶測だけど」
「大量輸送だから国外検査も緩くなる」
「個人貿易だといろいろな手続きと荷の確認は厳しいけど」
「大手は優遇される」
「商会の規模を考えればなおさらだ」
リーナが眉をひそめる。
「強すぎじゃない?」
「今じゃ小規模商人にとって欠かせない存在だ」
「だから一気に広がった」
「ブリッセル支店もその一環だろう」
「地方都市にまで手を伸ばしてる」
つまり――
メールカリは今も健在。
しかも繁盛している。
だがルークの声は低くなる。
「問題は中身だ」
「商会は手数料さえ入ればいい」
「何を運んでいるかは黙認」
「違法品」
「盗品」
「偽物」
「人も――」
「前に捕まえた人身売買の盗賊が言ってた」
「国外なら高く売れるって」
リーナの背筋が冷える。
「……人身売買」
「可能性は高い」
「検査が緩い仕組みを作った時点で」
「悪用されるのはわかっていたはずだ」
「それでも止めない」
「ある意味、見越していたのかもしれないね」
街の喧騒が遠くなる。
活気の裏に潜む闇。
「つまり」
リーナが静かに言う。
「メールカリは今も黒ってことよね」
「ほぼ確実に」
「しかも自分の手は汚さない狡猾な人物だ」
ルークの目が細くなる。
ブリッセルの街は今日も賑わっている。
だがその下で、確実に闇は動いていた。




