第49話 止まっていた時間
平民地区の外れ。
角にぽつりと建つ一軒家。
庭木は最低限の手入れはされているが、整っているとは言えない。
人の気配は薄い。
だが――
玄関には、可愛らしい少女の人形が飾られていた。
風化しているが、大切にされ続けてきたことがわかる。
リーナが小さく息を呑む。
「……ここ」
「レイラちゃんの家だと思う」
二人は伸びた草を払いながらアプローチを進んだ。
風に揺れる人形。
記憶と一致する。
間違いない。
ルークが扉をノックする。
――コンコン。
返事はない。
もう一度。
沈黙。
「留守かな……」
引き返そうとしたその時。
中から物音がした。
確かに人がいる。
「すみません!」
ルークが声をかける。
「レイラさんのことでお話があって――」
中でガタガタと慌ただしい音。
しばらくして扉が開いた。
現れたのは、白髪混じりの60代ほどの男性。
疲れ切った目。
だが必死な表情。
「……レイラの話ですか?」
「レイラが……見つかったんですか?」
ルークは静かに首を振った。
「残念ですが――」
その瞬間、男は扉を閉めようとした。
逃げるように。
「亡くなっていました」
はっきり伝える。
再び扉が開く。
「……なぜですか」
「どこで……」
声が震えている。
リーナが一歩前に出た。
「私たちは」
「レイラちゃんの最後の言葉を届けに来ました」
そして屋敷で起きていたこと。
地下室のこと。
レイスとなっていたこと。
すべてを語った。
リーナは目を閉じ、記憶を辿る。
「……お父さん」
「ひとりにしてごめんね」
その言葉を、心を込めて伝えた。
その瞬間。
父親パウロの目に、リーナの姿とレイラの面影が重なる。
膝から崩れ落ちた。
「……あの時」
「仕事が忙しくて」
「レイラを家にひとりにしていたんだ……」
「もう少し早く帰っていれば……」
後悔の言葉が溢れ出る。
リーナはそっと手を伸ばした。
「レイラちゃん」
「それを責めてはいませんでした」
「最後まで男手一つで育ててくれたお父さんのことを」
「とても大好きだった」
「ご飯ちゃんと食べてるかなって」
「髭、ちゃんと剃れてるかなって」
「そればかり心配していました」
涙を浮かべて続ける。
「だから――」
「前を向いてください」
「レイラちゃんの分まで」
「レイラちゃんの大好きだったお父さんのままで」
パウロは声を上げて泣いた。
長い間止まっていた時間が、ようやく動き出した。
ルークは名刺を差し出す。
「何かあれば、ギルドへ来てください」
「いつでも力になります」
二人は静かにその場を後にした。
帰り道。
リーナがぽつりと呟く。
「あれで……良かったのかな」
「知らなくていい真実もあるのかも」
ルークは首を振った。
「今回は伝えて正解だ」
「お父さんの時間は止まってた」
「このままじゃ、レイラちゃんも救われない」
「前に進むために必要だったんだ」
リーナは小さく頷いた。
翌日。
ギルドにパウロが現れた。
「昨日は……取り乱してすみませんでした」
頬には剃り損ねた髭の跡。
変わろうとしている証だった。
その視線が、ギルドの片隅で話す子供たちへ向かう。
「……あの子たちは?」
リーナが答える。
「事情があって親がいなくて」
「今はギルドで面倒を見ているんです」
「孤児院を作ろうとしていて」
「人手も探しているところで……」
パウロの目が優しく細まる。
一人娘を失った父だからこその眼差しだった。
リーナがふとひらめく。
「……もしかして」
「お仕事の相談もありました?」
パウロは照れくさそうに笑う。
「正直、その日暮らしでして」
「でも昨日言われて……」
「前を向かなきゃ、レイラに叱られると思って」
その瞬間。
リーナは即答した。
「じゃあ、孤児院の管理者になりませんか?」
「えっ?」
豆鉄砲を食らったような顔。
「私に……そんなこと……」
「大丈夫です」
「パウロさんなら」
迷いのない声だった。
そして――
新しい一歩が始まった。




