第47話 地下に残されたもの
隠し扉の奥。
そこには下へと続く螺旋階段があった。
一人がやっと通れるほどの幅。
石造りの壁に囲まれ、光は上から差すわずかなものだけ。
「……行く?」
「ここまで来て帰る選択肢ある?」
リーナが少し強気に言い放つ。
二人は慎重に降りていった。
やがて階段が終わる。
その瞬間――
ツン、と鼻を刺す匂い。
鉄の匂い。
いや、違う。
血が混じった、重たい空気。
部屋は地下牢のようだった。
石壁。
中央には手術台のような台座。
革の拘束具が四肢を縛る位置に取り付けられている。
壁には拷問器具と思しき道具が整然と並んでいた。
二人は言葉を交わさず理解した。
「……ここで何かやってた」
その時。
ガタガタガタ――
器具が揺れる。
冷たい風が頬を撫でた。
空気が一気に重くなる。
「……っ」
リーナが顔を歪める。
「苦しい……」
「痛い……」
「殺して……」
声が変わる。
目の焦点が揺らぐ。
「リーナ!」
ルークは即座に理解した。
取り憑かれている。
壁から透けた影が滲み出る。
数体のレイス。
ゆらりと宙を漂い、地下室を満たす。
このままではまずい。
「ホーリーブレス」
神聖な光がルークの掌から広がる。
柔らかく、だが確実な浄化の力。
スゥッ――
リーナの体から黒い靄が引き剥がされる。
レイスが苦悶の声を上げ、空間に散る。
だが消えない。
レイスたちはある一点へ集まり始めた。
壁の一角。
「……助けて」
「助けて……」
微かな声が重なる。
ルークは近づく。
違和感のある壁。
叩くと鈍い音が返る。
中に空間がある。
迷わず拳を叩き込む。
石壁が崩れる。
中から現れたのは――
複数の人骨。
積み重ねられ、無造作に放置されていた。
ルークは静かに両手を合わせる。
「浄化サンクチュアリ」
神聖な光が骨を包む。
レイスたちが光に吸い寄せられ、溶けるように消えていく。
「……ありがとう」
確かに、声が聞こえた。
地下室は静寂に戻った。
ルークは倒れたリーナの元へ駆け寄る。
「リーナ」
意識はあるが朦朧としている。
そっと抱き上げた。
体温が伝わる。
――リーナ視点
暗い。
寒い。
苦しい。
誰かの記憶が流れ込む。
痛い。
助けて。
お父さん。
ごめんなさい。
……あれ?
あったかい。
腕に触れる感触。
抱き上げられている。
視界はぼやけているけど、わかる。
ルークだ。
安心した瞬間、思わずぎゅっと抱きついていた。
離れたくない。
怖かった。
でも、それ以上に安心してしまった。
意識が闇に落ちていく。
気がつくと、館のソファに寝かされていた。
横を見る。
ルークが隣に座り、前を向いている。
「……」
状況が一瞬理解できない。
「え……私……ルーク……私?」
「目覚めた?」
「ちょっとレイスに取り憑かれちゃったみたいで」
「大丈夫。浄化しておいたから」
「えぇ……」
記憶がぼんやり蘇る。
抱きついた。
ぎゅっと。
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
黙る。
でも少しだけ微笑んでしまう。
私……ルークに抱きついちゃった。
「……そうだ」
リーナがぽつりと呟く。
「レイスに取り憑かれてたなら、あれはレイスの記憶かもしれない」
「名前は……レイラ。18歳」
「平民地区に住んでたみたい」
「“お父さんをひとりにしてごめんなさい”って」
ルークの目が静かに変わる。
「そっか……」
「それじゃ一旦、市長に報告しよう」
「それからレイラちゃんのお父さんに会いに行こう」
リーナは小さく頷いた。
「うん」
その顔はどこか清々しかった。
怖さは消えている。
今は、やるべきことがある。
地下の闇は祓われた。
だが、この屋敷の真相はまだ終わっていない。




