第34話 救われなかった夜
それから数日。
港町の空気が、明らかに変わり始めた。
昼間でも、包帯を巻いた人間を見かけるようになった。
腕を押さえて歩く商人。
顔に痣を残した漁師。
子どもを抱えて泣く母親。
小さな怪我ではない。
誰もが怯えた目をしている。
「最近、強盗多くねえか?」
市場の片隅で男たちが話している。
「隣の家の家族も襲われたらしいぞ」
「夜中から大騒ぎだったって」
「怖くて外出れねぇよな」
別の男が吐き捨てる。
「警備隊も目の前で起きたことしか動かねぇからな」
「終わってるよこの街」
「金持ちの通りだけは守るくせに」
不安と怒りが入り混じった声が広がっていた。
ルークも、夜になると街を歩き続けていた。
路地で脅されていた老人を助ける。
港近くで囲まれていた商人を救う。
時には殴り合いになり、時には追い払うだけのこともある。
できる範囲で、止め続けていた。
(……間に合わない)
一人では限界がある。
被害は減らない。
むしろ増えている。
ある夜。
三人組の男たちをねじ伏せたあと、ルークは息を整えながら周囲を見渡した。
倒れた男たちの動き。
合図。
逃げ方。
連携。
(……おかしい)
これまでのチンピラとは違う。
(烏合の衆じゃない)
(動きが揃ってる)
(役割分担してる)
胸が冷える。
(こいつら……組織だ)
(しかも訓練されてる)
ただの強盗じゃない。
狩りをしている集団だ。
(これ、街全体を狙ってる)
(誰かが裏でまとめてる)
リーナの距離。
暗殺者の影。
街の急激な悪化。
すべてが一本につながり始める。
(……嫌な予感しかしない)
港町は、静かに戦場へ変わりつつあった。
夕方。
ギルドの喧騒が少し落ち着き始めた頃。
リーナは受付に立ちながら、何度も指を握りしめていた。
今日も怪我人が運び込まれてきた。
血の匂い。
泣き声。
怒鳴り声。
それを見るたび、胸が締めつけられる。
(私が……止めてたのに)
(私が動かなくなったから……)
自分を責める思考が止まらなかった。
「……リーナ」
声に顔を上げる。
ルークだった。
「最近さ」
少し迷ってから続ける。
「この街、おかしくなってきてると思わない?」
「強盗が増えてる」
「怪我人も増えてる」
「今回の街の強盗行為とか、どうも組織的なんだ」
「誰かが糸を引いてるみたいに見える」
リーナの指がわずかに震える。
「リーナ、何か知ってる?」
「知ってるなら教えてほしい」
「長年住んでるリーナだから、知ってることもあるって言ってたじゃないか」
間を置かず続ける。
「それと最近の君……ずっと変だよ」
「よそよそしくなったというか」
「最近じゃ会話もめっきり減った気がする」
一瞬、言葉を選んでから。
「俺のこと……避けてるのかな?」
「……知らない」
か細い声。
リーナは視線を落とした。
「私はただの受付嬢だよ」
「裏のことなんてわからない」
唇が震える。
「リーナ」
「嘘ついてる」
優しいが逃がさない声。
「前はもっと心配してた」
「もっと怒ってた」
「もっと……そばにいた」
「今は距離がある」
胸に突き刺さる言葉。
「お願い……」
声が揺れる。
「これ以上首突っ込まないで」
「危ないから」
「街のことは……私たちじゃどうにもならない」
言葉が詰まる。
「放っておけないだろ」
ルークが静かに言う。
「君だってそうだった」
「誰かが傷つくのを見るの、嫌なんだろ」
その一言で堤防が崩れた。
「もう限界なの!」
声が裏返る。
「毎日怪我人が増えて!」
「泣いてる人がいて!」
「私が止めてたのに……!」
「動けなくなったら全部崩れた!」
涙が溢れる。
「怖いの!」
「でも放っとけないの!」
「でも……」
唇を噛みしめる。
「誰かが傷つくのは私のせいみたいで……」
ルークは一歩近づく。
「一人で抱えるな」
「相談して」
「俺がいる」
その言葉に、リーナは顔を覆った。
嗚咽が漏れる。




