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第32話 張られた罠と、黒い影

 倉庫街の奥。


 港の灯りも届かない闇の中で、男たちが集まっていた。


「またやられた」


「三人まとめてだ」


「噂の“夜の奴”だろ」


 吐き捨てるような声。


 だが、ひとりが低く続ける。


「……いや、どうも違う」


「黒装束の影と、若い風貌の男」


「別働隊みたいだ」


「別人らしい」


 一瞬、空気が凍る。


「二人いるってことか?」


「どっちにしろ邪魔だ」


 頭目が歯を鳴らした。


「遊びは終わりだ」


「罠を張れ」


「派手に餌を撒け」


「一人でも来たら囲め」


「正体なんぞ関係ない」


 男たちの目が獣のように光った。


 その夜。


 港裏通りを、大きな袋を抱えた商人が歩いていた。


 わざと音を立て、足取りも遅い。


 完全な“餌”。


 屋根の上を、黒い影が走る。


 小柄な体。

 音を殺した動き。


 次の瞬間――


 周囲の扉が一斉に開いた。


「かかったな!」


 弓が向けられ、短剣が光る。


 男たちが影を取り囲む。


 一方その頃。


 少し離れた通りを歩いていたルークは、空気の異変を感じ取った。


(……騒がしい)


 怒鳴り声。

 足音の数。

 殺気。


(この数、普通じゃない)


 反射的に走り出す。


 倉庫街に近づいた瞬間、男たちの集団が見えた。


 中心にいるのは――あの黒い影。


(囲まれてる……)


 迷う暇はなかった。


 ルークは背後から一人の首元へ一撃。


 崩れ落ちる。


 次の男の足を払う。


 肘で顎を打つ。


 さらに二人。


 音もなく沈黙。


「なっ!?後ろだ!」


 混乱が走る。


 その隙を突いて、ルークは影の腕を掴んだ。


「今だ、行くよ!」


 反論を待たず走り出す。


 二人は暗い路地へ滑り込んだ。


 影は壁にもたれ、血を滴らせる。


「……無茶しすぎ」


 ルークが低く言う。


「あなたがしてることは素晴らしい」


「誰かを守ろうとしてる」


「でも、命あってのものだ」


「倒れたら意味がない」


 影は悔しそうに唇を噛みしめた。


「放っとけないでしょ」


 その瞬間、ルークの胸が強く鳴った。


(……女の人?)


 低く抑えた声の奥に、確かな女性の響き。


 しかも――


(この言い方……どこかで聞いた)


 昼間の受付で聞いている、あの声がよぎる。


 だが影は顔を逸らしていた。


 肩が震えている。


 明らかに痛みに耐えていた。


 ルークは腰袋から小瓶を取り出す。


「これ、ポーション」


「使って」


「傷、深いよ」


 一瞬ためらい、影は受け取った。


「……ありがとう」


 液体が傷に触れると、肉がゆっくり塞がっていく。


 呼吸が落ち着いていった。


「今日のこと、誰にも言わないで」


「見てないことにして」


 短い沈黙。


「……わかった」


 ルークが静かに答える。


 影は一歩離れかけて、ふと立ち止まった。


 振り返らずに言う。


「あと……軽い気持ちで首を突っ込まないで」


「中途半端な偽善なら、やめた方がいい」


 一瞬の間。


「人はね」


「期待したときに裏切られるのが一番辛いの」


 その声には、怒りよりも深い痛みが滲んでいた。


 ルークは何も言えなかった。


 ただ、その背中を見つめることしかできない。


 影は屋根へ跳び、夜に溶けていった。


 残されたのは、夜風とわずかな血の跡だけ。


 ルークはそれを見つめる。


(この街……本当に荒れてきてる)


 そして胸に残る、消えない違和感。


(あの声……)


 答えには、まだ辿り着けなかった。

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