第31話 路地裏の噂と、久しぶりのギルド
夜の港町。
倉庫裏の薄暗がりで、男たちが集まっていた。
「……聞いたか?」
「最近、路地でやられてる奴らの話」
ひげ面の男が酒瓶を置く。
「ナイフも出せずに転がされたってよ」
「嘘だろ」
若い男が吐き捨てる。
「警備隊か?」
「違う」
別の男が声を潜めた。
「一人だ」
「魔法も使わねぇ」
「素手で、一瞬」
一瞬、沈黙が落ちる。
「そんな馬鹿な……」
「だが事実だ」
包帯を巻いた腕を見せる男が、低く唸った。
「仲間がやられたんだ」
「手も足も出なかったってな」
「怪物だろそれ……」
酒瓶を持つ手が、わずかに震える。
「顔は見えたのか?」
「いや……暗くて」
「ただ――」
「なんていうか、普通に威圧感もないただの若そうな男だったらしい」
また沈黙。
港の風が吹き抜ける。
「……この街に、何か起こり始めてる?」
誰かが呟いた。
男たちは知らない。
その“普通の兄ちゃん”が、もうこの街の空気を読み始めていることを。
数日後。
ルークは久しぶりにギルドの扉をくぐった。
昼のギルドは相変わらず賑やかだ。
依頼掲示板の前に群がる人々。
酒の匂い。
怒鳴り声。
(夜の静けさとは別世界だな)
そんなことを思いながら、中へ進む。
受付の奥で、リーナがこちらに気づいた。
一瞬だけ目を見開き――
すぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻る。
「……久しぶりじゃない」
「ちゃんと生きてた?」
「ひどいな」
「心配してたんだから」
「……別に」
そっぽを向く。
けど、口元はほんの少し緩んでいた。
ルークがカウンターに近づくと、リーナの視線がふと上下する。
服。
靴。
手元のリング。
そして顔。
一瞬、止まった。
「……なに、その格好」
「え?」
「いや、その……」
言葉が詰まる。
リーナが咳払いして、つんと顎を上げた。
「前より……普通じゃない」
「普通?」
「悪い意味じゃないから!」
慌てて付け足す。
「その……前よりちゃんとしてるっていうか……」
頬がじわっと赤くなる。
視線が泳ぐ。
「……に、似合ってるし」
「え?」
リーナはびくっとして顔を背けた。
「聞こえなかった!」
「いや、聞こえたけど」
「聞こえなかったって言ってんの!!」
勢いで言い切ってから、さらに追撃するように怒鳴る。
「と、とにかく!」
「変な魔導士みたいな格好!」
「いつの時代のファッションって思ってた」
「そ・れ・よ・り・かは全然いいってこと!」
「そ、そう?」
「当たり前でしょ!」
「今までがひどすぎたの!」
「ひどいな!」
「褒めてるの!!」
腕を組んでぷいっとそっぽを向く。
でも耳が真っ赤だ。
ルークは思わず笑ってしまう。
「ありがとう、リーナ」
「……う、うるさい!」
「べ、別に喜ばせようとかじゃないから!」
でもその声は、さっきより少し柔らかかった。
ルークが受付前に立っていると、背後からざわめきが聞こえてきた。
「なあ……知ってるか?」
「最近の夜の話」
冒険者たちが掲示板の前でひそひそと話している。
「路地で強盗がやられてるらしいぞ」
「しかも一人で」
「警備隊でも騎士団でもない」
別の男が声を潜める。
「魔法も使ってないって話だ」
「素手で、一瞬」
「ありえねぇよな……」
ルークは聞こえていないふりをしながら、依頼書を眺める。
(へぇ……そんな人がいるんだ)
心の中では思う。
(物騒だなぁ)
もちろん、原因は自分だとわかっている。
「怪物だって噂だぞ」
「影みたいに現れて消えるって」
「顔もはっきり見えなかったらしい」
「普通の兄ちゃんだったって話もあるけどな」
「逆に怖ぇわ……」
冒険者たちは身震いする。
「この街、何か始まってるぞ」
「夜に出歩かないほうがいいな」
その会話を聞きながら、ルークは首をかしげた。
「へぇ……」
「怖いですね」
わざとらしく呟く。
「そんな人がいるなんて」
リーナがちらっとこちらを見る。
一瞬だけ、疑うような視線。
「……ほんとに?」
「え?」
「知らないの?」
「初耳ですけど?」
きっぱり。
目を逸らさず言い切る。
「最近、夜は宿で寝てますし」
「ふーん……」
リーナは腕を組んでじっと見る。
数秒。
そしてふいっとそっぽを向いた。
「ま、いいけど」
「夜は危ないから出歩かないでよ」
「はいはい」
「その返事が腹立つ!」
冒険者たちはまだざわついている。
「正体わからねぇのが不気味だよな」
「味方ならいいけど……」
「敵だったら終わりだぞ」
ルークは内心で苦笑した。
(味方だと思うんだけどなぁ)




